第四話 ユージ、ペットのコタローの配下に懐かれる
「えっと、どうしましょうコレ」
「ユージさん、日光狼も土狼も、獣ではなくモンスターです。獣より知恵がまわると思いますが……」
「え? じゃあ言うことを聞いてくれますかね。コタロー、とりあえず服従のポーズをやめさせてくれる?」
半信半疑のユージがコタローに告げる。
それにしてもこの男、モンスターの知能は疑うくせにコタローの知能は疑わないのか。……いまさらである。
日光狼と土狼に向き直ったコタローが、ワンッ! と吠える。
寝そべって腹を見せていたオオカミたちは一斉に起き上がり、おすわりのポーズをとった。
軍隊並に統率されている。あるいは恐怖政治。
かわいがりの効果は抜群なようだ。
「マ、マジかよ……ケビンさん、コイツら何を食べるんですかね? こんなにたくさん飼えるかなあ……」
元ボスを含めて15匹のオオカミを眺め、頭を抱えるユージ。
ペットの行動の責任は、どんなものであれ飼い主が取る。
ユージはそう思っているのだろう。
コタローの中で序列がどうなっているかはともかくとして。
「ユージさん、モンスターは普通の獣よりも食べる量が少ないと言われています。食べ物に含まれる魔素を吸収できるからだと考えられていますね」
「じゃ、じゃあいける……のかな?」
「ユージさん、別に食料ぜんぶを手配しなくていいんじゃない? コタローさんに負けたけど、コイツらだって狩りはできるわけで」
「あ、なるほど」
ハルの言葉を聞いてホッと安堵の表情を見せるユージ。
いかに金があるとはいえ、これだけの頭数を飼うとなると物量がシャレにならない。
自分たちで狩らせればいいという案を聞いて、ユージはようやく落ち着いたようだ。
「でもいまは旅の途中だしなあ。どうしよう……ん? どうしたコタロー?」
それでも悩みはなくならない。
というかユージ、見捨てる選択肢はないようだ。
甘い男である。
足下にいたコタローが、スタスタと歩いてユージの背嚢を鼻面で小突く。ゆーじ、ちょっとなかのものをだして、と言うかのように。
「えっと、何か欲しいのかな?」
コタローの指示に従うかのように背嚢を手にしたユージは、一つ一つ荷物を出して並べていく。
と、コタローが一つの物を咥えた。
「これ? コタロー、これは一番のお気に入りだったじゃないか。いいの?」
ユージの問いかけにワンッと返事するコタロー。いいのよゆーじ、と答えるように。
賢い女である。犬、なはずなのに。
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コタローが示したのは、お気に入りのブラシであった。
子分の汚れが気になったようだ。コタローはキレイ好きな女なのだ。犬だけど。
観念したようにおすわりしたまま項垂れる元ボスのブラッシングをはじめたユージは、早々に手を止めた。
間近で眺め、触ったことで気づいてしまったのだ。
あ、コイツらけっこう汚れてるわ、と。
当たり前である。
野生なので。
そして。
ユージの指揮の下、五人が動く。いや、二人の少女が動く。
「んー、このへんでいいかな。じゃあアリス、お願いね」
「はーい! 土さん、たくさん下にいってー!」
そんな声とともに、ぺたっと川原に手をついたアリス。
魔法が発動し、2m四方の土が1mほど下がる。
ここまで用水路造りに活躍したアリスの土魔法である。
「おお、やっぱりアリスはすごいね! 『次はリーゼか、どう? できそう?』」
ユージに褒められて、へへーっと笑顔を見せるアリス。
続いてユージが声をかけたのはもう一人の少女だった。
『ユージ兄、リーゼには水の魔眼があるのよ? 水辺ならさいきょーなんだから!』
へへんと胸を張ったリーゼ。
水の魔眼は、水辺では最強であるらしい。これまで欠片もその気配はなかったが。いや、きっと披露する機会がなかっただけなのだ。きっと。
『万物に宿りし魔素よ。我が命を聞いて其を動かせ。水流操作』
川に向かって右手を突き出すリーゼ。
と、リーゼから離れた場所、川面が盛り上がって一部が離れ、水だけが浮いてくる。
アリスが造った穴の上にたどり着くと、リーゼはそっと手を下ろしていく。
その動きに合わせるように水が落ち、穴に水が溜まる。
「おお! リーゼもすごい!」
ユージの褒め言葉を聞いて、リーゼはまんざらでもなさそうにニヤついていた。素直なレディである。
アリスとリーゼの共同作業で、1分と経たずに川原に即席の小さなプールができていた。魔法さまさまである。
「ユージ兄、できたよ! あっついから気をつけてね!」
リーゼが水を魔法で運んでいる間に、穴を造ったアリスは別の場所でまた魔法を使っていた。
今度は得意の火魔法である。
「ありがとうアリス! じゃあ二人とも、ちょっと下がっててね。アリスはいちおうほかの石も熱くしてくれるかな?」
ようやくユージの出番である。
といっても、アリスが熱した石を小さなプールに投げ入れていくだけの簡単なお仕事だったが。
ユージは大盾の端に焼けた石をひっかけて、ポンポンと即席プールに投げ込んでいた。
焼け石に水である。
違う。
だいたいその通りの行動だが、ここには火魔法の使い手・アリスがいるのだ。
「あはは! こんな魔法の使い方が! あはははは!」
「熱した石で煮る調理法は聞いたことあるが……」
「まあ火にかけられる大きな容器もないですし、大量にお湯を沸かすにはいいかもしれませんね。……まあ、火魔法の使い手がいないとムリですか。いや、根気強くやればできるでしょうけど」
ユージの発想と二人の少女の魔法に大喜びするハル。
ゲガスとケビンは呆れ顔である。
そんな三人をしり目に、小さなプールの横ではコタローがオオカミたちを並ばせていた。
大人しく従うあたり、獣よりも知性が高いというケビンの言葉は真実のようだ。
「うん、こんなもんかな! 準備よし! さあコタロー、誰からいく?」
手を入れてお湯の温度を計ったユージは、満足げに頷いてコタローに声をかける。
ようやく水が温まったらしい。
土狼と日光狼の汚れを落とすべく、ユージはお風呂を作ったようだ。
一番風呂はコタローであった。
見本を示すかのようにユージに洗われて、アリスの手で乾かされる。
コタローのブラッシングはリーゼの担当。
三人掛かりでケアされたコタローは、キレイになった毛並みを見せつけるかのように15匹のオオカミたちの前をゆっくりと往復していた。
キャットウォークを歩くモデルのように。犬だが。
ケビンとゲガスは、そうは言ってもモンスターだからと、危害を加えようとしたらすぐに殺れるように警戒中。
ハルは二人の少女の横に立っていた。
「あはは! そうだね、熱した石の上の空気は暖かい! ほんとよく思いつくなあこんなの。アリスちゃん、ボクも風を吹かせるよ! 一緒にやってもいいかな?」
季節は春の終わり。
暖かくなってきたとはいえ今は夜。
ユージの光魔法は明かりだけで熱は発さない。
アリスとハルは、オオカミたちの濡れた体を乾かすために火魔法で熱した石を使って暖かい空気を送っていた。即席のドライヤーである。
「あ、じゃあハルさんはそれでお願いします! あと、二人が襲われないように見ててください」
「任せてユージさん!」
「あっちはコレでよしっと。犬用のシャンプーがないのが残念だけど。ん? オオカミって犬用でいいのかな? ……まあいっか、ないものはないんだし。コタロー、次は?」
15匹のオオカミの前を往復して戻ってきたコタローにユージが問いかける。
チラリと振り返るコタロー。
その目は、元ボスの日光狼を捉えていた。
「やっぱり元ボスが最初なのかな? うーん、慣れてないから怖がるのはしょうがないか」
尻尾を足の間に巻き込み、小さな風呂の前におすわりしていた日光狼。
意を決したように目を閉じて、バシャンと風呂に飛び込む。
元ボスだけあって勇敢なオオカミであるらしい。
いまや視線一つでコタローに動かされていたが。
温くなったお湯に焼けた石を追加投入し、お湯が汚れきったため途中で一度張り替えて。
コタローの子分となった日光狼と土狼の洗浄は進んでいく。
怖がりなのかプルプルと震える土狼を、コタローがお風呂に突き落とす一幕もあった。容赦ない新ボスである。
「よし! これで終わり!」
ようやく最後の一匹を洗い終えたユージが振り返る。
すっかりキレイになったオオカミたちは、思い思いに行動していた。
ゲガスとケビンの前でゴロンと転がって腹を晒す小柄な土狼。
アリスとリーゼの足に頭をこすりつける土狼たち。手や口を舐めようとしてはハルに止められている。嫉妬か。いや、敵意はなさそうだが相手はモンスター。ハルは急な噛み付きを警戒したようだ。
コタローは新しい子分たちの様子を見まわるように、集団の中をうろうろしていた。
作業を終えたユージの横に、元ボスの日光狼が並ぶ。
「お、待っててくれたのかな? おまえは賢いな」
そっと頭を撫でるユージ。
日光狼は目を細め、大人しく撫でられるがままとなっていた。
どうやらユージは上位者であると認識されたようだ。
コタローより上かどうかは置いておいて。
エルフの里への旅。
予想外の邂逅はあったものの、ユージたちは誰一人傷付くことなく乗り越えた。
いかに元ボスが日光狼とはいえ、しょせんは一匹。
日光狼は群れでこそ力を発揮するのだ。
あるいはボス以外の14匹の土狼がすべて日光狼だったなら、ユージたちにもちょっとは脅威を感じさせたかもしれない。
15匹の日光狼が集まれば、『サンウルブズ』になるだろうから。
ラグビー好きで観戦に行ったりしますが、
モンスターの名前の由来とは一切関係がありません。
フィクションですからね、ええ。





