第三話 ユージ、コタローとオオカミのボスの決闘を見守る
エルフの里にリーゼを送り届けるため、ひとまず川に向かったユージとアリス、リーゼ、コタロー、ケビン、ゲガス、ハル。
6人と一匹は、たどり着いた川原で戦闘態勢に入っていた。
オオカミの足跡を見つけ、開拓地へのリスクを排除するためここで殲滅することにしたのだ。
コタローの遠吠えにつられたのか、ユージの光魔法で明るく照らされた川原に大小14匹の土狼とそのボス・日光狼が姿を現す。
半円を描いてコタローを囲む土狼。
中央に日光狼とコタローが進み、一騎打ちの様相を呈していた。
気高いのか野生なのかよくわからないところである。
「がんばれコタロー!」
彼我の戦力差をようやく理解したユージが、アリスとリーゼとともに声援を送る。
そして。
コタローと相対した日光狼が駆け出した。
「は、はや!……くない? あれ? なんか遅くありません?」
「ユージさんも成長しましたねえ。身近にコタローさんがいるから、よけいでしょう」
思わず疑問の声をあげるユージ。
左手は大盾を構えているが、右手はカメラを持っている。
先端にカメラを取り付ける木製の棒、ブレを抑えるスタビライザー、重さを肩にかけるパーツ付き。
掲示板住人とアメリカ組が本気を出し、木工職人のトマスが腕を振るった成果である。
冒険者というよりも、盾持ちのカメラマンであった。余裕か。
ユージに遅いと言われながら、日光狼はコタローに向かって駆ける。
悠然とたたずむコタロー。
いまだに最初の位置から動いていない。
駆けた勢いのまま、日光狼が地を蹴ってコタローに飛びかかった。
と、ようやくコタローが動きを見せる。
横に跳んで日光狼のかみつきをかわし、ワンッ! と吠えて空中を蹴る。
かつてプルミエの街のギルドマスター・サロモン、王都の冒険者ギルドのグランドマスター、二人を驚かせたコタローの得意技。
風魔法を使った空中三角跳びである。
かみつきがかわされた日光狼が体勢を立て直す前に、コタローが横から跳びかかった。
体重を乗せた前脚での攻撃。
いや。
肉球パンチである。
横から押され、日光狼はゴロゴロと川原を転がっていった。
外傷はなく、血は出ていない。
「え? は、速すぎません?」
「普段は速度を抑えてるんでしょうねえ」
日光狼の遅さに驚き、今度はコタローの速さに驚くユージ。
コタローは王都のグランドマスターとやり合った時よりもさらに速くなっていた。
ユージを驚かせるほどに。
日光狼を弾き跳ばしたコタローは、追撃せずにその場に悠然とたたずんでいる。王者の余裕か。メスだけど。
起き上がった日光狼は、ふたたびコタローに向けて駆け出す。
顔を歪め、鋭い目つきで睨みつけながら。怒り心頭のようだ。
だが。
日光狼の前脚による渾身の一撃は。
身を低くして前に出たコタローにあっさりとかわされた。
今度は下から突き上げるような体当たりで日光狼を吹き飛ばすコタロー。
日光狼はゴロゴロと転がっていく。
コタローはまたも追撃せず、ただ立ち上がるのを眺めるのみ。
『やるわねコタロー! 圧勝じゃない!』
「すごーい! コタローは強いねユージ兄!」
「そ、そうだねアリス」
はしゃぐ二人の少女、引き気味のユージ。
それでもユージは右手のカメラを動かさない。ユージ、すっかりカメラマンが板についている。
「……お義父さん、これはどういうことでしょうか?」
「実力差を教え込んでるんだろうな。獣が争いでよくやるらしい」
「風魔法を足場に! なるほど、今度ボクもやってみよう!」
ケビン、ゲガス、ハルも余裕である。
まあ三人は最初から余裕の態度であったが。
6人をよそに、一匹はいまも戦いを続けていた。
向かってくる日光狼を最小限の動きで何度も転がす。
これを戦いと呼ぶのならば。
「あ、あの、コタロー? そ、そろそろいいんじゃないかな」
コタローに声をかけるユージ。
ほかの5人はユージの行動に疑問の表情を浮かべている。
敵は殺すのが当たり前、がこの世界の価値観ゆえ。
コタローを半包囲していた14匹の土狼はすっかりうなだれていた。
頭を下げ、尻尾を足の間に巻き込んでいる。
何度も何度もコタローにあしらわれている群れのボス・日光狼も最初の威勢はない。
体力も尽きてきたようで、スピードなくコタローに向かっては転がされている。
かわいがりか。
それでも立ち上がって戦う意志を見せているのは、群れのボスとしてのプライドだろう。
見上げた漢である。いや、まだ性別は不明だが。
コタローはあえて日光狼に傷を付けていないのだろう。
日光狼は土にまみれているが、いまだに血は流れていない。
ユージ、いいようにあしらわれる日光狼がかわいそうになってきたらしい。
モンスターとはいえ、被害があったわけではない。
あげく、コタローのこの仕打ちである。
しょぼくれたオオカミたちの姿も同情を誘ったのだろう。
日光狼を転がしたコタローが、チラリとユージに目を向ける。そうね、そろそろおわりにしましょうか、と言わんばかりに。
そして。
また立ち上がった日光狼を転がして、うつぶせの背中を両前脚で押さえつけるコタロー。
地に伏せる日光狼に向けて、ワンッ! と強く吠える。
意味が通じているのだろうか。
グォウッと鳴いた日光狼。
コタローが身を離すと、日光狼はゴロンと転がって仰向けになり。
コタローに、腹を見せた。
服従のポーズである。
アオーンッ! と、周囲の土狼が遠吠えをあげる。
それは、ひどく哀しげな声色であった。
「ほらユージさん、ボクらが出るまでもなかったでしょ?」
ニコニコと笑顔を浮かべるハル。
アリスとリーゼは、やったー! コタロー、つよーい! と手を取り合って大喜びである。
「え、ええ、そうですね……あれ? ひょっとして、このチームくっそ強いんじゃ……」
ユージが日常的に訓練で相手をするのは元3級冒険者、元5級冒険者、コタロー、ケビン、ケビンの専属護衛。
これまでの旅の途中や開拓地では、『血塗れ』ゲガスと現役の1級冒険者のハルにも訓練をつけてもらっていた。
気がつけば、ユージのまわりは自分よりも強い者ばかり。
モンスターとの戦闘も少なくなったいま、適切な比較対象はほとんどいなかったのだ。
ユージ、ようやく過剰戦力な現状を把握したらしい。
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「すごかったなコタロー」
スタスタと足下にやってきたコタローをしゃがみこんで撫でまわすユージ。
アリスとリーゼ、二人の少女も腰を落としてコタローの背中を撫でている。
そのコタローは気持ち良さそうに目を細め、ブンブンと尻尾を振っていた。わたしにかかればこんなものよ、とでも言いたいようだ。
ひとしきりコタローを撫でまわした後、ふっと視線をあげたユージ。
6人と一匹は囲まれていた。
座り込み、しょんぼりと視線を落とす14匹の土狼と一匹の日光狼に。
「あの、ケビンさん、これどうしましょうか? どういうことなんですかね?」
「さあ、私も経験がないので……お義父さん、知ってますか?」
「俺も経験はねえが……まあコタローさんがボスになったってことじゃねえか?」
「え?」
「まあそういうことでしょうね。ボスが惨敗したわけですから、勝った方がボスになったと」
「うわあ、うわあ! すごいねコタロー!」
『コタローには子分がいっぱいできたのね! 立派なレディだわ!』
動揺するユージ、なぜか大喜びのアリスとリーゼ。
それにしてもリーゼ、そんなレディで大丈夫か。
胸を張ったコタローが、ウォンッ! と一鳴きする。
すると、ユージたちを囲んでいたオオカミたちが揃って転がり、腹を見せた。
満足げな目線で一瞥した後ユージに向き直るコタロー。
ドヤ顔である。
「マ、マジかよ……どうしようコレ……」
どうやらコタローは、己に付き従う信奉者を得たようだ。
優秀な女である。獣だが。
いや、肉体言語の獣ゆえに。





