第二話 ユージ、西の川原でオオカミの群れと遭遇する
「どうすっかなあ……ケビン、開拓地に流れる可能性もあるし、ここでやっとくか?」
「お義父さん、ですが陽が落ちましたからねえ。ああ、ユージさんは明かりの魔法を使えるんでしたっけ?」
「え? はい、光るだけの魔法も使えますけど」
「オオカミは夜行性ですからね。昼よりは夜のほうが誘いやすいでしょう。明るくできるなら……ユージさん、やっちゃっていいですかね?」
「え? やる? あ、殺るですか。でも危なくありませんか? アリスもリーゼもいるし」
「ユージさん、ボクがいるから何がきても問題ないよ!」
「ユージさん、私たちでやっておかないと、開拓地を襲われたら……まあ撃退は余裕でしょうが、非戦闘員はアチラのほうが多いですしね。ここで仕留めませんか?」
「ユージ兄、アリス魔法でバーンってやる?」
『ユージ兄! リーゼ、水の魔眼持ちなのよ? 川のそばでリーゼの水魔法に勝てるヤツなんていないわ!』
陽が落ちて、夜。
川原で野営しているユージたちは、オオカミの群れの痕跡を見つめていた。
闇夜ならともかく、ここには明かりの魔法を使えるユージがいる。
それに気づいたケビン、殺る気満々である。
いや、ユージ以外のメンツは全員殺る気満々であった。
とりわけ、一行の中で一番森に近い場所に陣取るコタローが。
「そっか、開拓地が危ない可能性もあるのか……あっちには戦えない人もいる……よし。ケビンさん、やりましょう」
5人と一匹の熱気にあてられたのか、あるいは開拓団長 兼 村長として開拓地の安全が気になったのか。
ユージは交戦の決断を下すのだった。
ユージの声が聞こえたのだろうか。
コタローが、アオーンッ! と大きく一つ、森に向かって遠吠えする。わたしはここよ、なわばりにするつもりならさっさときなさい、とばかりに。
呼び出しである。屋上でも体育館の裏でもないが。
「コ、コタロー?」
「おや、コタローさんが怒ってるようですね。これで現れるでしょう。ユージさん、明かりの魔法をお願いします。持続型のもので」
「あ、はい。光よ光、この地を明るく照らし給え。宙に浮かぶ光」
ユージ、ひさしぶりの明かりの魔法である。
ふよふよと浮かぶ光の球が、川原を照らす。
続けて何発も同じ魔法を発動するユージ。
6つの光球が川原を照らし、開けた空間が明るくなる。
「ユージさん、ばっちりです! これだけ明るければ見落とすこともないでしょう」
「くくっ、オオカミ程度じゃ物足りねえけどな」
背負子から二本の短剣を取り出すケビン。
腰に佩いたカットラスに手をかけ、ゲガスは好戦的な笑みを浮かべる。
ずいぶん血の気の多い商人コンビである。
まあこの世界において、獣もモンスターも賊も行商を邪魔する怨敵なのだ。
勝てる相手なら見つけ次第殺す。
それが二人の行商人の考え方である。だてに『血塗れ』だの『万死』だの呼ばれているわけではないのだ。
「アリスちゃん、ちょっと下がっててね。『お嬢様も下がっていてください』」
現役の1級冒険者、『不可視』のハルは、武器を構えることなく二人の少女の前に移動する。
どうやらハルがアリスとリーゼの護衛を担当するつもりのようだ。
護衛役が必要かどうかは置いておいて。
「ハルさん、俺が二人を守りますよ。これでも盾役なんです」
大盾を手にしたユージがハルに声をかける。
いまやユージも5級冒険者。元3級冒険者たちと行う訓練、位階が上がったことで高まった運動能力により、ユージもいっぱしの戦闘力を身につけているのだ。
左手の盾はいいとして、右手はなぜかカメラ付きの自撮り棒を手にしていたが。
余裕か。
そして。
戦いの準備をはじめた6人を一瞥もせず、先頭に立った一人の女。いや、一匹のメス。
顔をしかめて牙を剥き出し、尻尾を逆立てている。
グルグルと低いうなり声をあげるコタロー。
マジ切れである。
6人と一匹が見守るうち、森から音が聞こえてきた。
「ケビンさん」
「ユージさん、見えました。こげ茶色の毛並み、オオカミにしては小柄な体躯。土狼の群れですね」
「土狼? 土魔法を使うんですか? モンスター?」
「いえ、土魔法は使いません。毛並みの色が焦げ茶で、湿った土の色に似ているため土狼と名付けられたのです。いちおうモンスターですよ」
「は、はあ」
「おや? おかしいですね」
ユージに解説していたケビンが頬に指先をあてて首を傾げる。かわいさアピールか。違う、ケビンは既婚のおっさんなのだ。
土狼の群れ。
そう断じられたオオカミたちは、森から出て姿を現し、6人と一匹を見つめながら足を止める。
土狼の視線をたどるユージ。
6人と一匹を見つめているのではない。
土狼たちの視線の先にあるのはただ一匹。
コタローである。
「えっと……これがコイツらの習性なんですか?」
「いえ、土狼は暗がりで姿を隠し、夜目と速度、連携を活かして集団で狩りを行うはずですが……」
大小14匹の土狼の群れとコタロー。
グルグルとたがいにうなり声をあげ、歯を剥き出してにらみ合う。
やがて土狼の群れの後ろから、さらに一匹のオオカミが姿を現した。
「あれは……」
「こいつは珍しい。ボスは上位種か」
「そのようですね」
「知っているのかケビン?」
ユージ、余裕か。
まあ珍しいと言いつつ余裕の態度を崩さないハル、ゲガス、ケビンに釣られてのようだったが。
「ユージさん、ボスの毛並みを見てください。こげ茶色の土狼と色が違うでしょう? くすんだ橙色。あれは土狼の上位種、日光狼です」
「日光狼? 上位種? ってことは、アイツは魔法を?」
「いえ、日光狼も魔法は使えません。土狼の位階が上がると日光狼になると考えられているんです。土狼から日光狼へ、大地から太陽が昇るように」
「あ、なるほど。……な、なんかムダにかっこいい」
ユージに解説しながらも、いまだ鞘から短剣を抜かないケビン。
ゲガスも同様である。
そして。
「ねえねえユージ兄、アリス、おじいちゃんに教えてもらった魔法使う? 炎の輪っかが、ばーって広がるんだよ!」
「ア、アリス? それは止めておこうな。ほら、火事になっちゃうしね?」
ノリノリなアリスを止めるユージ。
その横にいたハルは、ユージたちの会話をエルフの言葉に訳していた。余裕か。
『ユージ兄、大丈夫よ! これだけ川が近いんだもの、リーゼの魔眼を使った水魔法ですぐ消してあげるわ!』
『だってさ、ユージさん。どうする? それともボクがちゃっちゃと片付けちゃう?』
「あ、あれ? これ、ひょっとして余裕なんですか? 土狼も日光狼も?」
「ええまあ。開拓をはじめた頃のユージさんならいざ知らず……いまのユージさんなら、誰かを守りながらでなければ一人でも勝てると思いますよ。目つぶしの魔法を使って、あとは盾と短槍でチクチクと」
「え、俺だけでも? じゃ、じゃあケビンさんとかゲガスさんとかハルさんは?」
「余裕ですね。相手は集団ですし、ユージさんや私だと軽く傷つけられるかもしれませんが……お義父さんとハルさんは無傷で殺り切るでしょう」
「ふふ、ケビンさん、1級冒険者を舐めないでほしいな。ボクならこの場からぜんぶ仕留めてみせるよ! お嬢様もアリスちゃんも魔法でやれるんじゃないかな?」
「え、そんなに? ハルさんちょっと強すぎませんか? ふ、二人も? あれ?」
「そりゃあね! でもユージさん、ほら」
そう言ってすっと腕を伸ばし、前方を指さすハル。
暢気に雑談を交わしていたユージの目に入ったものは。
森から出てきて、半包囲するように広がる大小14匹の土狼。
隊列の中央を割って、ゆっくりと近づいてくるボス・日光狼。
そして、こちらもゆっくりと。
半包囲の中央に足を進めるコタローの姿であった。
「コタロー? どうしたの?」
そんなユージの言葉に反応し、コタローがチラリと振り返ってワンワンッと吠える。ゆーじ、てだしはむようよ、と言うかのように。男前である。犬だけど。
「ユージさん、これはオオカミたちとコタローさんの縄張り争いなのかもしれません」
「ああ、そうかもな。ハル、コタローさんが危なくなったら頼む。飛び道具を使うのはお前だけだ」
ケビンとゲガスは、向かい合う日光狼とコタローの姿になにやら納得顔で頷いている。それでいいのか。
「もちろん! 安心して、2秒あればぜんぶ射抜けるから!」
「に、2秒? 10匹ちょっとはいるのに?」
ユージ、動揺しきりである。
「ただまあ……大丈夫なんじゃないかなあ」
そしてハル、ずいぶん気の抜けた言葉である。
「えっと……じゃあアリス、リーゼ、俺たちはコタローを応援しようか」
暢気か。
いや違う。
ユージはコタローのことを信頼しているのだ。
ユージがこの世界に来てから5年目、ずっと一緒に歩んできたコタローのことを。
何度も助けられてきたコタローのことを。
ユージの明かりの魔法と月に照らされた川原に。
がんばれコタロー! と、少女とおっさんの声援が響く。場違いである。
三人の声を背に受けて、コタローは悠然とたたずむ。
やがて堪えきれなくなったのか。
オオカミの群れのボス・日光狼が、コタローに向けて駆け出すのだった。
牙を剥き、咆哮をあげて。
ラグビー好きで観戦に行ったりしますが、
モンスターの名前の由来とは一切関係がありません。
フィクションですからね、ええ。





