第十話 ユージ、開拓地までの道造りに協力する
プルミエの街から開拓地までの帰路、その二日目。
ユージたちは順調に歩みを進めていた。
このあたりも道が整備されたため、もはやピクニック状態である。
「ユージ兄、切りかぶはまだかなー?」
「どうだろうねアリス。思ったよりも進んでるなー」
アリスと手を繋いで森を行くユージ。
索敵役にはコタロー、エンゾのほか、現役の1級冒険者であるハル、『血塗れ』の二つ名を持つゲガスが同行している。
それも、それぞれが守る人を連れて。
雑談しているようだが、索敵組の警戒範囲は広い。
ユージが気を抜くのも仕方ない構成であった。
「ユージさん、道の先に冒険者の姿が見えた。たぶんあれは道の整備に来てるヤツらだな」
先頭を歩いていた元3級冒険者の斥候・エンゾが声をかける。
プルミエの街を出てから二日目の昼過ぎ。
どうやらユージたちは、荷車が通れる道を造るための作業チームの下へたどり着いたようだ。
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「おお! 開拓団長のユージ様、それにケビン商会のケビン様! サロモンから話は聞いております!」
「えっと……?」
「ユージさん、冒険者ギルドの職員の方ですよ。この前もサロモンさんの執務室に書類を置きにきていたでしょう?」
ワイワイと騒がしく切り株と戦う集団。
ユージたちが近づいていくと、一人のおっさんが飛び出してユージたちに挨拶する。
首を傾げるユージだが、ケビンは見覚えがあったようだ。
「ははは、無理はありません。言葉を交わすのは初めてですからね! それで、その……」
キョロキョロとユージたちのまわりを見まわし、ダダッと横に駆けてユージたちの後方を確認する冒険者ギルドのおっさん職員。
それはまるで、隠れてついてきている人間がいないか探しているような振る舞いで。
「安心してくれおっさん。サロモンのおやっさんはついてきてねえよ」
「ほんとかエンゾ! よし、よくやった!」
どうやらおっさん職員は、ギルドマスターのサロモンがまたサボりに来ていないか確認していたようだ。
まあ不在だった間もサロモンはサボっていたわけではないのだが。邪な者に狙われやすいエルフの少女の護衛という名目があったので。
「あ、思い出しました! でもなんかギルドで見かけた時とずいぶん顔が違うような?」
「ふふふ、ギルドマスターが帰ってきましたからね! 今度は私が、工事の監督という名目で気分転換しにきたのですよ」
「ああ、それでですか。このところ暖かいし、外は気持ちいいですもんね!」
「ええ、本当に。書類の山から解放されて、自然の中に身を置く。身も心も洗われるようですよ。まだ二日目ですが、もうちょっと滞在しようかと」
晴れやかな笑みを浮かべるおっさん職員。どうやらユージたちがプルミエの街でサロモンと打ち合わせた後に、この現場に向かったようだ。
目を血走らせ、鬼気迫った表情はそこにはない。
まるで憑き物が落ちたかのようなすっきりした顔つきである。
代わりに今ごろはサロモンが憑かれたように疲れているようだが。
「ちょうどよかったユージさん、ここで休憩にしましょうか。馬の貸し出しの件もお話ししたいですしね」
「あ、はいわかりました」
「ユージ兄、そろそろアリスお手伝いする? 魔法でえいってやる?」
「アリスちゃん、ちょっと待っててね。ユージさんと一緒にそのへんも聞いておくから」
「はーい! 一緒にがんばろうね、リーゼちゃん!」
『魔法? 切り株……炎で燃やすのかしら、でもそれじゃ抜けないわよね。用水路を造ったあの魔法? うーん……』
『お嬢様、いまは休憩しましょう! アリスちゃんの魔法を見てから考えればいいじゃないですか!』
「ケビン! 馬はどの辺りに繋いでおけばいいのかしら?」
「イヴォンヌちゃん、妹さん、こっちこっち!」
「まあエンゾ、ありがとう!」
ギルド職員、それに冒険者たちと同行したユージたちは打ち合わせ兼休憩に入るのだった。
それにしても会話が噛み合っているようで噛み合っていない。ただ自分が思ったように振る舞っているだけ。
どうやらユージのまわりは自由人だらけのようだ。
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「ではそういうことでよろしくお願いします」
「ありがとうございます。四頭も貸し出していただけるのですから、世話はこちらにお任せください!」
「あまり気にしないでください。道が早く完成すれば、ケビン商会にも益があるのですから」
「それじゃあ俺が抜いたり、アリスが魔法を使ったら切り株に印を付けておくだけでいいんですね?」
「ええ、印があったら私が状態を確かめて査定します。遠慮せずお好きなだけやっちゃってください!」
おっさんギルド職員との話し合いが終わり、ケビンが四頭の馬を引き渡す。
どうやら貸し出し中の飼葉や水をはじめとした世話は冒険者ギルド側で請け負うらしい。
ユージもまた、作業した切り株には印を付けておくだけでよいと伝えられた。
あとはギルド職員が状態をチェックして、報酬を計算しておいてくれるらしい。
ユージとアリスが5級冒険者だから特別扱いした、というわけではない。
道造りの依頼を受けた中には5級冒険者も存在するのだ。
冒険者の引退先として、すでに9人を受け入れた開拓団の団長。
その立場に配慮した便宜である。
まるで公的機関と天下り先の……いや、組織同士の信頼関係がなせる業であった。
「よーし、じゃあ出発しますか! アリス、この先の切り株は好きにしちゃっていいってさ!」
「やったー!」
ユージの呼びかけに諸手をあげて喜ぶアリス。
おっさんギルド職員同様にストレスでも溜まっていたのか。
いや、単純にお手伝いできることがうれしいようだ。
アリス、9才。
まだまだ子供であった。
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「土さん、ちょっと下にいってー!」
アリスが切り株に近づき、しゃがみ込んでえいっと両手で土を叩く。
と、切り株の周囲2メートルほどの地面が、切り株を残して1メートル程度へこむ。
落とし穴というほど深さはないが、根に絡む土を減らし、根を露出させるには充分な深さである。
『あ、あいかわらずアリスちゃんの魔法は意味がわからないわ……』
『ははは、なにコレ! なにこの魔法! お嬢様は水魔法の次に土魔法が得意だったでしょう? どうです、できますか?』
『ハル、わかってて言ってるでしょう? どんなイメージすればこうなるかわからないもの、すぐには無理よ』
『ですよねえ。いやあ、ニンゲンってほんとおもしろい!』
ギルド職員、そして作業を続ける冒険者たちと別れたユージたち。
進んでいくうちに道はだんだんと狭くなってきていた。
木は切り倒されているものの、両側には放置された切り株も見える。
プルミエの街を出て二日目の午後。
ユージたちは、整備が終わっていない道に差し掛かったようだ。
「おお! やっぱりアリスの魔法はすごいなあ!」
「へへへー」
「アリスちゃんの魔法がすごいから、みんな助かりますよ」
「おいケビン、それで済ませていいのか。なんだありゃ」
魔法に長けたエルフの反応も、物知りな元行商人の反応も気にすることなくアリスを褒め、頭を撫でるユージ。
ワフワフッと呆れたようにコタローが吠える。ゆーじ、ありすのまほうはふつうじゃないみたいよ、と言いたいようだ。
いまさらである。
『あれ? そういえばハルさんは魔法を使えるんですか? リーゼは水と土が得意みたいですけど』
『そういえば言ってなかったっけ! ボクが得意なのは風魔法、次に水魔法かなあ。お嬢様は魔眼持ちだけど、いまならまだボクの水魔法のほうが優れてると思うよ!』
『ちょっとハル! ふ、ふふん、まあ時間の問題よ。リーゼだって成長してるんだから!』
『ああ、ユージさんはまだ見たことねえのか。ハルの風魔法は王都でも一、二を争うほどよ。貴族の中でも魔法に長けたヤツじゃなけりゃ相手にもならねえ』
アリスの魔法を見て思い出したのだろう。
そういえば、と尋ねたユージ。
いまさらである。
どうやらハルは風魔法の使い手らしい。それも、ゲガスの補足によると相当な。
だが。
『そうですか……じゃあ切り株はアリスが魔法でやるぐらいしかないかなー』
ユージ、スルーである。
話を聞いていたのか、ワンワンッ! と吠えるコタロー。ちょっと、せっかくだからみせてもらいなさいよ、と言いたげに。
サロモンと王都のグランドマスターいわく、風魔法を使っているコタロー。同系統の魔法の使い手として興味があったのかもしれない。
が、ユージもハルもスルーである。
コタローはしゃべれないので。
開拓地への旅、その二日目。
はしゃいで魔法を連発するアリスを微笑ましく眺めながら、一行はのんびりと進んでいく。
無事にギルド職員と遭遇して、ユージたちは最後の用事も済ませた。
あとは帰るだけである。
ひさしぶりの開拓地、ひさしぶりの自宅へ。
それにしても。
エルフで、イケメンで、コミュ力が高く。
現役の1級冒険者で、得意なのは弓、目を奪う剣舞を舞うほど剣を使いこなし、王都でもトップクラスの風魔法使い。
どうやらハルは、掲示板住人に報告するのをためらわれるほどの存在であるようだ。
いや、出来過ぎで嫉妬すらされないかもしれないが。
もはや「住む世界が違う」ので。
次話、明日18時投稿予定です!
…明日には着くはず!





