第九話 ユージ、開拓地に向けて旅立つ
「おーい、ユージさん!」
「あ、エンゾさん、早かったですね! イヴォンヌさんはいいとして……その子は?」
「ユージさん、よろしくお願いします! この子は私についてた見習いだったんだけど……連れてきちゃった! 私の付き人……ううん、違うわ。今日から、また私の妹よ!」
「……え? イヴォンヌさま?」
「さまはもう終わり! 昔みたいにお姉ちゃんって呼んでいいのよ」
「お、お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
ふえええん、と声を上げてイヴォンヌちゃんに抱きつく少女。年の頃は12才ほどだろうか。
イヴォンヌちゃんの横にいたエンゾは、感慨深そうに目を閉じてうんうん頷いていた。
ユージは眼前で繰り広げられているドラマをポカンと口を開けて見つめるのみ。
開拓団長、置いてきぼりである。
まあ少女が一人増えたところでユージが問題にすることもない。
そもそもエンゾは元3級の冒険者。しかも、ケガや衰えを理由に引退したわけではないのだ。戦闘力に陰りはない。
一人増えたからとその分の食い扶持を求められたところで、エンゾが稼ぎ出す方法はいくらでも持っているのだ。手に職を持つ者は強い。
プルミエの街、北門前。
謎のドラマはともかく、ユージたちはエンゾと合流できたようだ。
合流したエンゾ、イヴォンヌ、その妹の足下には大小それぞれの背負子が置かれている。
ユージたちはついに開拓地への帰路につくのだ。
ユージに同行している開拓民はアリスとコタロー、ユルシェル。
開拓地に寄ってからエルフの里に向かうため、リーゼとハル。
エルフの里とニンゲンを結ぶ橋渡しのお役目を引き継ぐために同行するゲガス。
そして、引き継ぎを受ける側のケビン。
ケビンの専属護衛二人に加え、新妻のジゼルも同行するようだ。
まだまだ新婚、ようやく結ばれたケビンと離れたくないのだろう。違う。ホウジョウ村は、ケビン商会の生産拠点を作る予定なのだ。その下見である。
そのケビンとジゼル、そしてゲガスは馬の手綱を引いていた。
宿場町・ヤギリニヨンで馬を替えなかったため、馬車を引いて峠を越えられる馬力のある馬が四頭。
サロモンとの約束通り、切り株の処理のために貸し出す予定であった。
途中で別行動となるため、馬の背に乗せた荷は水袋と飼葉、保存食のみ。
総勢で13人と一匹、四頭の大所帯。
プルミエの街から三日かけて、開拓地に向かう予定である。
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「背負子もひさしぶりだな。やっぱり俺は馬車よりこっちのほうが性に合う!」
「お義父さん、ムリはしないでくださいね!」
「おいケビン、そのお義父さんってのはやめろや!」
「もうパパ、しょうがないじゃない! 実際パパはケビンのお義父さんになるわけだし?」
最後尾を行く三人の親子。
ひさしぶりに背負子を背負ったことで昔を思い出しているのか、ウキウキと楽しそうなゲガス。ちなみに禿頭で長いあご髭、傷だらけの海賊顔である。
横に並んだケビンとジゼル、新婚夫婦も背負子を背負っている。どうやらジゼルは戦闘能力だけではなく、荷を負っての道行きも鍛えられているようだ。
それぞれが馬の手綱を引いているため、三人の距離は離れている。
わざわざ大声を出しての会話は仲の良さの表れだろう。
決して油断しているわけではない。
まあ油断していたところで、襲われてもあっさり撃退可能な戦力なのだが。
「そういえばエンゾさん、移住するのに荷物はそれだけでよかったんですか?」
ケビンたちの前を歩くユージが、前方に声をかける。
最前列を歩いているのは、エンゾ、すぐ後ろにイヴォンヌとその妹であった。
ユージとアリス、リーゼ、ハルは隊列の真ん中を歩いている。
コタローは前後左右をさまよっていた。自由な女である。犬なので。
「いまはとりあえず生活できる分だけ持ってきたからな。あとは開拓地でトマスさんに作ってもらうか、ケビンさんのところから買うか。まあ道がもうすぐ完成するらしいから、あとは荷車で運ぶ予定よ」
「そうか! そういえばずいぶん道が広くなってますもんね」
「ええユージさん。サロモンさんが言っていた通り、このあたりはもう荷車も通れますね。二日目あたりから切り株が残っているようです」
「ほんと、人数かけると速いんですねえ……」
重機がないこの世界において、作業の進行スピードは人の数に比例する。
まあまれに、木を一刀で斬り倒すサロモンや切り株を魔法で処理しやすくするアリスといった例外もいるのだが。
領主からの資金援助を受け、開拓地まで荷車が通れる道を造るために、春から常時20〜30人の冒険者たちが伐採に精を出していた。さらにもともと道造りの役務についていた木こりと猿、犯罪奴隷の7人もいる。
ギルドマスターのサロモンから報告を受けた通り、道はしっかり切り拓かれていた。いまのところは。
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パチパチとたき火が爆ぜる。
プルミエの街から開拓地までの道のり、その初日の夜。
獣道だった道の横には休憩場所も整備されていた。
30人規模の集団が森に分け入って作業していたのだ。とうぜん休憩場所、野営場所も必要となる。
木を切り倒しただけの空間に、土と石で作られた簡易なかまどがあるだけの場所だったが、それでもこれまでと比べたら格段の進歩である。
「そういえば、イヴォンヌさんはよかったんですか? 開拓地には何もないですけど……」
「ああユージさん、心配すんなって」
あらためてと切り出したユージに、エンゾはニヤリと笑う。
ユージ、それにしても今更である。
イヤだと言われたらどうするつもりなのか。
家から出るようになって五年目とはいえ、やはりコミュ力は鍛錬不足であるらしい。
「ユージさん。私は、いえ、私たちはもともと小さな農村出身なの。私はお店に出る前に鍛えられたから、そう見えないだけでね」
「ああ、そうなんですね」
「最初は恨んだりもしたけど、街で暮らした今ならわかるわ。名物も何もない小さな農村。だからちょっと不作になっただけで……ね」
よくある話である。
この世界においても、あるいはユージが元いた世界でも。日本においても、ちょっと昔に遡るだけである話なのだ。
「そんな顔しないでいいわよユージさん。当たり前の話だし、私はいいところに売られたから。それに私は、こんな私を愛してくれる人に出会えて、妹も引き取れたんだもの」
腕を組んでいたエンゾにそっともたれかかるイヴォンヌ。逆の手は、その妹がぎゅっと握っている。
イヴォンヌの言葉を聞いて、エンゾはでへへとばかりに鼻の下を伸ばしていた。チョロい。愛する女から頼られた男などこんなものである。
「ねえケビン?」
「ええジゼル、いいと思いますよ。もちろん同意を得られれば、ですが」
ユージの隣に座っていたのは、ケビンとジゼルの新婚夫婦。
僅かな言葉とアイコンタクトでたがいの意志を読み取ったようだ。結婚して間もない二人だが、一緒にいた時間は長い。以心伝心というヤツである。
「イヴォンヌさん、農作業はできるんですか?」
「10才まで農村育ちだったから、たぶんって感じね。開拓村でカンを取り戻さなくっちゃ!」
ケビンと意志を通じ合ったジゼルがイヴォンヌに話しかける。
もちろんジゼルは農作業の経験を聞きたかったわけではない。あくまで話の前フリだ。
「そうですか。じゃあ針仕事はどうですか?」
「繕ったり仕立て直したりするぐらいかしらね。私のお下がりを妹が着られるように縫い直してたから」
ケビンとジゼルの目がギラリと光る。まるで獲物を見つけた肉食獣のように。
「やっぱり! ちなみにイヴォンヌさんの服を選んだのは自分ですよね? いま妹さんが着てる服は?」
「え? ええ、もちろん私よ。お店の服も自分で選んでたし、いまの妹の服は私が縫い直したものだけど……あんまり見ないでください、裾と袖をちゃちゃっと縫っただけだから」
「いやったあ! 思わぬ掘り出し物ね!」
「ジゼル、落ち着いて。喜ぶのは話がまとまってからです。悪いクセですよ」
ガッツポーズを決めるジゼル、まだ早いとたしなめるケビン。
ちなみにゲガスは見張り中のため、近くにはいない。
リーゼとアリスはすでに夢の中、ハルはその横で護衛中であった。
「イヴォンヌさん、ケビン商会は開拓地で服を作っています。ユルシェルさんもそこで働く針子ですね。ほかに針子が一人と見習いが四人いますが……増員しようと思ってるんですよ。イヴォンヌさん、それに妹さんもいかがですか?」
「え? え?」
「ねえお願い! ユルシェルはいい腕だし、ほかの針子も見習いもみんな一生懸命やってくれてるんだけど……問題はね、センスなのよ。みんな農村育ちで、仕立て屋で修業したのは針子の二人だけ。それにしたって技術の勉強が中心だから……」
「ユルシェルさんの発想はおもしろく、ユージさんが提案してくれるデザインは型破りです。特別な一着や農村向けの作業服はそれでいいんですが……街の女性が着る普段着、もしくはちょっと背伸びしたデザインが難航してまして」
「つまり、一番売りやすい主力商品がないの。私がその辺を見ようかと思ってたんだけど、販売のほうも人が足りなくって」
「え? あの、私も農村の生まれで……それに、針仕事は趣味程度しか」
「充分ですよ。あのお店なら、服は季節ごとに仕立てていたでしょう? それにさまざまな贈り物もあったんじゃないですか? 見る目は養われているはずです。その証拠に」
「そう、充分! その服は自分で選んで、妹の服も縫い直したって言ってたでしょ? 技術は一般の人並でも最初は充分。私とユルシェルと一緒に、イヴォンヌさんのそのセンスを活かしてみない?」
「そ、その、エンゾからは開拓地で農作業のお手伝いとか、家事をするって聞いてて……」
「イヴォンヌちゃん、やりたいようにやりゃいいさ。なあユージさん?」
「あ、はい。その、どっちにしろ忙しい時はみんなで農作業するし、ケビンさんたちが誘うぐらいなら、好きなほうでいいんじゃないかと」
ユージ、適当である。
まあ開拓団長のユージは、何もしなくても知識を提供した保存食や服の利益がケビン商会から入ってくるのだ。
缶詰の量産化はまだだが、オートミールと薫製はすでにかなりの利益を出している。
さすがにそろそろ別の商会から類似商品が出ているようだが、服飾工房の本格稼働や缶詰の量産化が控えている。
ユージの収入は途切れない。
ついでに言うと、開拓以外に大金を使うアテもない。
戦力、資金力ともに開拓地としては考えられないほど恵まれているのだ。
ユージが適当でも問題ないほどに。
でなければ、副村長のブレーズに任せて気軽に長旅に出られるわけがない。
「デザインとか試作品を見たりアイデアを聞いて、良いと思ったらそう言えばいいの! 縫製は私やヴァレリーがやるし、デザインはユージさんや私がいるんだから! どう? 自分が着たい服を作れるのよ?」
センスについては自分でも自信がなかったのか、針子のユルシェルも追い打ちをかけていた。
まあユージがデザインしているわけではないのだが。ユージはいまだにネットの存在やできることを明かしていない。
「わ、私、やってみます!」
着たい服を作ればいいという言葉が効いたのか、あるいはエンゾ以外の人にも自分の能力を認められたことがうれしかったのか。
ついにイヴォンヌは、決断するのだった。
ユージが持ち込む知識、ユルシェルの技術と発想、ジゼルの販売力、そしてイヴォンヌのセンス。
どうやらケビン商会の服飾部門は、人員が揃ったようだ。
そして。
後にユージとエンゾ、ケビンはこの決断を認めた自分たちの慧眼に涙することになる。
なにしろイヴォンヌちゃんは夜の店、それも立ち居振る舞いまで教え込まれる高級店で働いていたのだ。
仕事の上で身につける物への理解もこだわりも美意識も鍛えられてきた。
最後の一枚に関しても。
いや、最後の一枚に関してこそ、特に。
最後の一枚が手抜きだったら男の気持ちが萎えてしまうので。
下着革命も、人員が揃ったようだ。





