第八話 ユージ、引き続きリーゼとハルを連れて市場を見てまわる
「いやあ、いい取引でした。やっぱりこまめな市場調査は欠かせませんねえ」
ニコニコとご満悦なケビンが一行の先頭を歩く。
プルミエの街、青空市場。
布と中古の服を売っていた露店でケビンはいい契約を結べたようだ。
ユージたちはジゼル、ユルシェル、ゲガスと別れ、ふたたび市場をまわっていた。
エルフのリーゼとハルを連れて、エルフが欲しがるものがないか探しているのだ。
「残るはこの一画ですが……交易となると厳しいかもしれません。見てて楽しいし、商人としての目が鍛えられるのはここなんですけどね」
そう言ってケビンが市場の一画を指し示す。
いくつも並ぶ露店。
中古の家具、食器、絵画、額縁、置物、古ぼけた書物。
アンティークといえば聞こえはいいが、ガラクタ一歩手前の物も並んでいる。
どうやらここは骨董品を売買する場所のようだ。
蚤の市、文字通りのフリーマーケットである。
「うーん、俺にはよくわかんないからなあ」
「ユージさん、欲しい物があったら言ってください。まあ気負わずに、見てるだけでも楽しいものですよ」
「うわあ、うわあ! ユージ兄、あれなにかな? わっ、木のくまさんだ!」
『あ、ちょっとアリスちゃん! ハル、行くわよ! 遅れずついてきなさい!』
『はいはいお嬢様。まあはしゃぐ気持ちはわかりますけどね! さて、何かいいものないかなー』
さっそく気になるものを見つけたのか、アリスはリーゼの手をグイグイ引っ張って店先に向かっていた。
アリスをたしなめながら、リーゼの目も輝いている。
二人の少女の足下では、コタローもブンブンと尻尾を振ってキョロキョロしていた。
どこの世界でも、女の子はかわいい雑貨が好きなのかもしれない。コタローは犬だが。
「どうですユージさん、何か気になるものはありました?」
「あ、ケビンさん。安ければ本は買っていこうと思って。やっぱりいろいろ知りたいですからね」
「なるほど、では交渉はお任せください。この2冊でいいですか?」
「あ、はい、ありがとうございます」
一見するとガラクタが並ぶ露店の骨董屋。
アリスとリーゼが足を止めた店、そこに並ぶ商品をユージも物色していた。
ユージはぽつりと置いてあった本に興味があったようだ。
この世界に来てから5年目とはいえ、ユージが知らないことはまだまだ多い。写本でしか作れない本は、値段よりも存在自体が貴重なのだ。
それにしても、この手の店で無知な人がぼったくられるのは世界が変わっても共通なようだ。
値札などなく、値切り交渉をして当然なのである。めんどい。
「あ! ユージ兄、ほらあそこ! エンゾさんだ!」
『あら、エンゾさんね。隣にいるのは例のイヴォンヌちゃんかしら? うふふ、きっとデートってヤツね!』
「あ、ほんとだ。おーい、エンゾさん!」
アリスは開拓民にして元3級冒険者の斥候・エンゾを見つけたらしい。
エンゾの隣には女性の姿があった。
発見を報告したアリス、大声で呼びかけたユージに向けてワンワンと吠えるコタロー。ふたりとも、でーとをじゃましちゃだめよ、でりかしーがないわね、と言いたいようだ。
どうやらコタローは、デートを楽しむ二人に気を遣って無視していたようだ。できる女である。いや、こっそり覗くつもりだったのかもしれない。出歯亀である。犬なのに。
「おう、ユージさんたち! こんなところで会うなんて奇遇だな!」
「ユージさん? ということは、こちらの方が開拓団長なのかしら?」
「ああ、ちょうどよかった! 紹介するぜユージさん! この女がイヴォンヌちゃんだ!」
「はじめましてユージさん。エンゾの妻として開拓地に移住するイヴォンヌです。よろしくお願いいたします」
ゆるやかなウェーブがかかった長い髪は濃いブラウン。
黄色がかった瞳、目尻を下げて微笑む表情は柔らかい。
上品な物腰のイヴォンヌちゃんに、ユージの腰が引ける。
夜の蝶は、昼でも美しかったようだ。
「イヴォンヌちゃん、ユージさんには普段の感じのほうがいいぜ! ユージさんはあんまり女慣れしてないみてえだからな」
「あら? 先に言ってよエンゾ! もう、開拓団長だからかしこまっちゃったじゃない! あ、ユージさん、地はこんなんですけどよろしくお願いしますね!」
「え? あれ? あ、はい」
「うわあ、おねーちゃんすごーい! ちがう人みたい!」
『レディがレディじゃなくなったわ……ニンゲンって不思議ね!』
『うーん、ボクはこっちのほうが好きかな! まあ他人の恋人には興味がないんだけど! いや、愛でるのは別だよ?』
余所行きのベールを脱いだイヴォンヌちゃんの豹変っぷりに呆気にとられるユージ。
アリスとリーゼはなぜかキャッキャと喜んでいる。
ハルの言葉は、誰も聞いていなかった。
ユージのまわりの人員は、あいかわらずツッコミが不足しがちであるようだ。
「やっぱイヴォンヌちゃんはお店よりもそっちのほうがかわいいからな!」
「エンゾに身請けしてもらったし、開拓団長がそういう人ならもう猫かぶらなくていいわね! ずいぶんラクになるわ。ありがと、エンゾ」
ラブラブである。
イヴォンヌちゃんが働いていたのは高級店。
見た目だけではなく、言動もイイ女であることが求められていたようだ。
もちろん「男にとっての」イイ女、だが。
「くっ、その自然な笑顔! ああ、俺、稼いできた甲斐があった……」
「うふふ、冒険者が本気で夜の女を口説くなんてねえ。疑ってたら冒険者をやめて開拓民になるって言い出すんだもの。ありがとうエンゾ。感謝してるのよ?」
感慨深げに目を閉じたエンゾの腰にそっと手をまわすイヴォンヌちゃん。
どうやらエンゾの言葉や贈り物を、よくある口だけの口説き文句だと思っていたらしい。
だがエンゾは危険な冒険者を引退して開拓民となり、あらためてイヴォンヌちゃんを口説きにきた。
開拓地なら柵もねえし、自由に暮らせるだろ。なあに、モンスターが来たって元3級冒険者の俺が守ってやる、危険はねえよ。だから、俺と一緒に暮らしてくれ、と。
そこまでされてようやくイヴォンヌちゃんは、エンゾは他の客と違って真剣なのだと理解したようだ。疑り深い女である。いや、職業柄とうぜんなのだ。似たような口説き文句の口だけ男など、掃いて捨てるほどいたので。
そしてエンゾは、決して安くはない身請け金を用意し、開拓地に住む場所まで準備して迎えに来た。
自分のためにそこまでしてくれた男、そしてようやく射止めた女。
二人はすっかりバカップルとなっていた。
ちなみにエンゾは、すでに自分たちの分の家ができたとケビン商会の店員に聞いたらしい。先走り気味である。
元3級冒険者の斥候は、恋に盲目であるようだ。
「お、おめでとうございますエンゾさん。ってことは、また独身が減ったのか……」
「キレイなおねーちゃんも開拓地に住むの? やったあ! アリスはアリスです! 9才です!」
「ふふ、よろしくねアリスちゃん。挨拶ができるいい子ね」
幸せそうなエンゾを祝福しつつ、現状を噛み締めるユージ。
ニコニコと笑顔を浮かべて挨拶するアリス。
どうやらイヴォンヌちゃんは、あっさり開拓地に溶け込みそうだ。
『リーゼ、ハルさん、どうでしたか?』
『ユージ兄、やっぱり街にはないと思うの』
『ユージさん、ボクもお嬢様と同じ意見! 見れば買うかもしれないけど、どうしても欲しいってものはなあ』
『そうですか……』
青空市場を見終わったユージは、エルフが欲しがる物があったかどうか、リーゼとハルに意見を聞いていた。
結果は芳しくない。
やはり街にあるものではなく、ユージがケビンと一緒に作った服や保存食を打診してみるしかなさそうだ。
まあエルフの里の現状がわかれば、掲示板住人たちがなんらかのアイテムを提案してくれそうだが。
そこまでするかは、ユージが交易したいと思うかどうか次第。
領主からも強く頼まれているわけではないのだ。
「リーゼちゃん、楽しかったね! また来ようね!」
「……アリスちゃん」
今日はもう帰り道。
強力な護衛、しかも同族のハルがいることで、リーゼは以前よりも自由に市場を見てまわることができた。
それが楽しかったのだろう、アリスは満面の笑みでリーゼに話しかける。
だが。
勉強していたため現地の言葉は理解できたようだが、リーゼの顔は晴れない。
「アリスちゃんに会える。でもリーゼ、街は行けない」
「え?」
「アリスちゃん、大人になるまでエルフは里を出られないんだ。アリスちゃんは出入りできるようにって動いてるんだけど、リーゼと外に出るのは難しいかも」
ハルは小さく首を振ってアリスに伝える。
大人になるまで、エルフは里から出られない。
モンスターがはびこり、邪な人間からも狙われる危険な世界である以上、エルフの子供が里の外に出られないのは当然である。
街や村の子供たちも、基本的には門の外に出ないのだ。
ただ、エルフと人間は寿命が違う。
エルフが大人として見られるのは100才から。
12才のリーゼが大人になるには、あと88年。
その頃、アリスは97才である。
アリスは何も言わず、ただガバッとリーゼに抱きついていた。
楽しかったせいで忘れていたが、アリスも以前の説明を覚えていたようだ。
「でも、また会おうね、ね、リーゼちゃん」
「うん、アリスちゃん、また会おう」
抱きしめ合った少女たちが言葉を交わす。
寿命の違い。
エルフが里にこもっているのも、それが理由の一つなのかもしれない。
「ケビンさん、ちょっといいですか? ハルさん、それからアイアスさんとイアニスさん、二人を見ててください。すぐ帰ってきますから!」
ハルとケビンの専属護衛の三人に少女二人の護衛を任せ、ユージは青空市場に引き返していく。
ケビンを連れていくあたり、何か欲しい物があったようだ。
それほど待つこともなく、ユージとケビンは戻ってきた。
ユージは手に荷物を抱えて。
「ユージ兄?」
「アリス、リーゼ。二人とも、楽しかったことを書いたらどうかな? そうすればずっと覚えてられるし、会う時に見せ合うのもいいんじゃない?」
ユージが差し出したのは、羊皮紙の束だった。
「アリスちゃん、リーゼちゃん。羊皮紙は保存がききます。きちんと管理していれば、楽しかった思い出をいつまでも残せますよ」
ユージとケビンの言葉を聞いて、にじんでいた涙をぬぐって目を輝かせる少女たち。
ケビンの言葉は、数百年単位で生きるエルフに向けての言葉だったのだろう。
普段使いの粗い紙ではなく高価な羊皮紙を選んだのもそのためのようだ。
「それと……開拓地に戻ったら、プレゼントもあるからね」
ニヤつくユージが取り出したのは、六つの額縁だった。
A4サイズ程度の大きさの。
アリスは額縁とニヤつくユージの表情を見て気がついたようだ。
「ユージ兄! アリスわかった! しゃしんだね!」
「お、覚えてたか。アリスはえらいなー」
飛び跳ねて喜ぶアリスの頭をわっしゃわっしゃと撫でるユージ。
写真を知らないリーゼはポカンとしている。
王都からプルミエの街に戻ってきたユージたち。
エルフの里に行く前に、開拓地での用事はまた増えたようだ。
笑みを見せるユージに向けて、ワンワンッ! とコタローが吠える。
ちょっとゆーじ、ぷりんたはちゃんとうごくのよね、とでも言いたげに。
もっともである。
いや、さすがに気のせいであろう。
いかにコタローが賢い犬とはいえ、そこまで賢いわけがないのだ。たぶん。
次話、明日18時投稿予定です!
ようやく開拓地に向けて出発予定。





