第五話 ユージ、領主からエルフの里と交易できないか交渉を頼まれる
プルミエの街、領主の館。
ユージ、アリス、リーゼ、ハル、ケビンは領主夫妻と会談していた。
エルフ護送隊の報告、そして領主がバスチアンから受け取った手紙への対応。
それぞれの目的を果たしたところで、領主がユージに話を切り出す。
「それでのう、ユージ殿。一つ相談があるのだが……」
「え? その、領主様から相談って、あまり自信はありませんけど……なんでしょうか?」
「なに、絶対という話ではない! あくまでできればの話だ! ケビン殿もハル殿もおるし、ちょうど良いのでな!」
「それで、その……」
「うむ。ユージ殿、エルフの里に交易を持ちかけてくれぬか?」
「え?」
「もちろんエルフのみなさんが欲しい物があればでよい。ユージ殿の開拓地、あるいはこのプルミエの街。食料や農産物、加工品、武器防具、木材、どんなものでもよいのだ」
「ファビアン様、私たちエルフはそれほど物欲がありません。それは有名な話のはずです。なぜ交易を望まれるのですか?」
「うむ、ハル殿、儂も承知しておるよ。だがな……ご存知ないかもしれぬが、プルミエの街の立地はこの国のどん詰まりなのだ」
可能ならばと前置きしたうえで、エルフとの交易を持ちかける領主・ファビアン。
エルフであるハルが、その理由を問いかける。
「ケビン殿は知っているだろう。儂の領地で商人たちが欲しがるのは、農産物と木材だ」
「ええ、もちろん知っておりますよ。そういうことですか……」
「さすがは商人よな。いや、さすがはゲガス商会で鍛えられたケビン殿と言うべきか。そう、農産物と木材はどこでも手に入るのだ。儂の領地から買わねばならぬ理由はない」
「あ、そっか。まあどこでも手に入るならそうですよね」
「うむ。だが逆に、儂の領地、この辺境には様々なものが必要だ。食料と服と家だけあれば人は生きていけるわけではないゆえな」
「はい、それもわかります。なくて困る物はいろいろありますよね……」
遠い目をして考え込むユージ。
理由はいまだに不明だが、ユージは自宅ごとこの世界に転移していた。そして、この世界に来てから五年目。
家には様々な物があったが、すでに使えなくなっていたり備蓄がなくなった物も多い。
服や食料、生活必需品など、存在する物はこの世界の物で代用しているが……。それでも、様々な品が不足して困っているのは確かなのだ。
なにしろ洗剤どころかトイレットペーパーもない始末である。
「うむ。だが先ほども言ったが、ここはどん詰まり。生活に必要な物は他の街よりも高く売れるが、それだけなのだ。危険を冒して商人が来るほどの旨みはない」
「あ……なるほど」
プルミエの街から最も近い大きな街は、この国の王都。
ユージたちは馬車を利用しても一週間かかり、峠では盗賊に襲われた。
河川を使ったルートもあるが、そちらは湿地帯や水棲モンスターがいる難所がある。
商人にとっては往復だけで厄介なのに、わざわざ来るほどの旨みはない。
「わかってもらえたようだな。辺境、そしてどん詰まり。行き来するには日数が必要なうえに危険もあり、通り過ぎる商隊もおらぬ。限られた物資、細々としか存在しない流通、たいして金にならない輸出品。開拓が遅々として進まぬのはそれが理由よ」
「そんな事情が……あれ? じゃあケビンさんはなんで辺境に?」
「商会が立ち並ぶ王都より、競合が少ないこの街を選んだという理由もあります。でもですね……私や他の行商人がいなければ、辺境の農村は立ち行かないのです。物を仕入れて、運んで、売って、感謝される。私は辺境で、商人の原点と誇りを実感しました。だからこの街を拠点に商売しているのです。あ、でもそれなりに儲けてましたよ?」
ユージの質問に答えたケビンが、茶目っ気たっぷりにウィンクする。
おっさんのウィンクである。
「ユージ殿、この地はこうした商人の気概に支えられているのが現状だ。だがもし、エルフの里が交易を望んでくれるなら……」
「エルフの里で作られる何かが名物になる可能性がある。この街でしか買えないとなれば、仕入れようと商人がやってくる。もちろん空荷で来るわけがない」
「うむ、そうだケビン殿。もちろんエルフが欲しがるものがあるかどうかが問題だがな」
「なるほど……どうなんですか、ハルさん?」
「ファビアン様とケビンさんが言っていることはわかります。ボクもニンゲンの街で暮らして長いですからね。エルフが欲しがるもの、どうでしょうかねえ。里は里で完結してますし、エルフはあまり物欲がありませんから」
ハルの顔は晴れない。
これまでエルフがゲガスに頼んでいたのは、エルフと稀人の情報と保護。対価としてエルフの里産の絹の布を渡していた。
だが逆に言えば、エルフ側はお金や物を受け取っていないのだ。
人の街で暮らすハルが、様々な物を見ているにもかかわらず。
「やはりか。ユージ殿、お聞きのように儂もあまり期待していない。交易がはじめられれば街は富み、開拓も進むであろうが……まあ無理であれば、これまで通り地道に努力するだけだ」
「ハルさん、どうでしょう? ハルさんに市場を見てもらったり、ユージさんが交易を投げかけたら嫌がられますか?」
「いや、別に構わないと思うよ! 欲しがるかどうかは別だけど!」
「ありがとうございます。ユージさん、難しく考えなくてもいいのでは? もしハルさんたちが欲しがる物があれば仲介するだけです。それに、エルフの里にユージさんが欲しい物があるかもしれませんよ?」
「うむ、ユージ殿、交易が成らなくても問題はないのだ。あわよくば、で気楽に考えてくれぬか?」
「ええ、まあ、そういうことなら。でもほんと、期待しないでくださいね!」
「おお、引き受けてくれるか! ありがとうユージ殿!」
立ち上がってその大きな手でユージの手を握る領主。
領主夫人は口を挟むことなく、微笑んでその光景を見守っている。
どうやらユージは女性と接触することすらできなかったようだ。
いや、人妻なのでそれはそれでよかったのだが。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
『そう、そんな話になってたのね! ユージ兄もハルもぜんぜん教えてくれないんだもの!』
領主の館を辞去したユージたち。
帰りの馬車の中で、ユージが領主との会話の内容をエルフの言葉で伝えると、リーゼはプリプリと怒り出していた。
思いがけない提案をされたことで、ユージもハルも通訳していなかったのだ。
のけ者にされたように感じて、リーゼはご機嫌斜めであった。
『リーゼに言ってくれれば、みんなが欲しがるものなんてすぐわかったのに!』
『え? お嬢様?』
『リーゼ、ほんと? 何が欲しいの?』
『ユージ兄、何言ってるの、いくらでもあるじゃない! ジゼルさんのドレスでしょ、コサージュでしょ、あとユキウサギの缶詰もいいと思うし、ユージ兄の家のおっきくてまっすぐなガラスとかキレイな鏡とか、それに服もスゴイわ! それに、その、水が出るトイレとか、すぐお湯が出るシャワーとお風呂だってスゴイのよ! あと、あの、リーゼはまだいらないんだけど、アリスちゃんの部屋の物置にある下着とか……』
拳を握って力説するリーゼ。
だがちょっと恥ずかしくなったのか、トイレあたりから勢いがなくなっていく。
『水が出るトイレ? すぐお湯が出るシャワーとお風呂? ユージさん、どういうこと? ボクもそんなの聞いたことないよ?』
『うーん、ハルさん、そのへんは持ち運べる物じゃないんですよ。ガラスや鏡もなあ。でもそっか、服とか缶詰は可能性があるのか』
そう言ってユージは、御者をしているケビンに目を向ける。
エルフの言葉で話されているため、もちろんケビンには通じていない。
ケビンはゲガスからエルフの言葉を習いはじめているが、まだ初歩しか勉強していないのだ。10日やそこら、片手間で勉強しただけでモノになる言語など存在しない。
『ま、まあちょっとハルさんとリーゼと一緒にプルミエの街の市場を見てみましょうか! あとケビン商会の商品も、あとで見せてもらいましょう!』
そう言って話を締めるユージ。
ユージの目はケビンの後ろ姿を見つめている。
先送りである。
どうやらユージは、ケビンの知識と手腕を頼るようだ。
人任せである。
決断はするが、できる人に任せる。
ユージは自分の能力を理解して、長として人を使っているのだ。たぶん、きっと。
適材適所というヤツである。
次話、明日18時投稿予定です!





