第三話 ユージ、プルミエの街に帰り着く
「ユージさん、見えてきましたよ! プルミエの街です!」
「あれがケビンと私が暮らしていく街……うふふ」
「ユージ兄、あとちょっとだね! アリス、はやくおウチでお風呂に入りたいなあ」
「たしかに! でもアリス、もうちょっと我慢しようね。ケビンさんもいろいろ用事があるだろうし、すぐには開拓地に帰れないと思うよ」
『そういえばハルはここに来たことあるの?』
『ええ、お嬢様。まあ立ち寄った程度ですが』
王都からプルミエの街までの旅路、八日目。
ユージたちを乗せた三台の馬車は、ようやくプルミエの街までたどり着いたようだ。
ユージやアリスといった開拓地組は、街からホウジョウ村までの残りの道のりに思いを馳せて。
リーゼとハルは、何気ない会話を交わしている。
そして。
テンションが上がっているのは、一組の新婚夫婦と一人の男だった。
「いよいよジゼルを私の商会に迎えるわけですか……長かった」
「よっしゃあ、帰ってきたぜ! お待たせイヴォンヌちゃん!」
ようやく恋を実らせたケビンとジゼル。
そして、身請け金に加えてお土産まで用意した元3級冒険者の斥候・エンゾである。
一方で、テンションが低い者もいる。
「そうか……もうすぐジゼルとお別れか……」
「チッ、旅はここまでか。いまさら書類仕事もなあ……」
愛娘を嫁がせたゲガス商会の元会頭・ゲガス。
エルフの護衛という名目でユージたちに同行していたプルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモンである。
様々な思いを乗せて、12人と一匹はプルミエの街の門を潜るのだった。
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馬車三台、大荷物のため門衛のチェックに多少手間取ったものの、一行は無事にプルミエの街の大通りを進んでいた。
物知りな街の住人や商人たちを、三台もの馬車に貼られたゲガス商会の旗で驚かせながら。
そして、ついにたどり着く。
「さあジゼル! ここが私たちの愛の巣です!」
「あ、あの、ケビンさん? 愛の巣じゃなくてケビン商会ですよね? いや新婚ですし愛の巣かもしれませんけど」
「ほう、なかなか立派な店構えだな。どれ、ジゼルにふさわしいか見てやろう」
「ちょっとパパ!」
「ふふ、まあいいじゃないですかジゼル。さあ、みなさんも馬車から下りてください。荷下ろしはウチの店員にやらせますから!」
「それはありがたい! 『さあお嬢様、お手を』」
『ほんと、こういうところは様になるのよねえ。ハル、口数を減らしたら?』
「ケビンさん! 俺の依頼は終わりでいいかな? さっさと迎えに行かせてくれ!」
「ちょっと落ち着いてくださいエンゾさん。応接室で精算しますから。さて、忘れてましたね。みなさま、ようこそプルミエの街へ、ようこそケビン商会へ!」
いまさら歓迎の挨拶を述べるケビン。
ゲガスとエンゾはいそいそと店内へ。
ユージはアリスを馬車から下ろしている。
サロモンは沈鬱な表情を見せ、リーゼとハルは店内の商品を眺めていた。
ジゼルとユルシェルは、駆けつけたケビン商会の従業員に荷下ろしを指示している。
残念ながら、ケビンの言葉は誰も聞いていないようだった。
いや、専属護衛の二人だけは頷き、コタローはワンッ! と元気な返事を返していたが。
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「さて、ようやく落ち着きましたね」
「ケビン、なかなかいい店じゃねえか。それで俺の部屋はどこだ?」
「いやいや、パパが住むところはないから! 王都に戻ってよ! あ、ここまでありがとう!」
「ゲガス、大人しく客人用の大部屋に泊まってね! ボクはその間にいろいろ遊んでくるから」
「え? ハルさん、すぐ出発しないんですか?」
「ユージさん、私たちは領主様からエルフ護送隊の任を受けています。帰ってきたからには、一度報告に行きませんと」
「ああ、そうですね! プルミエの街でやるのはそれぐらいかな?」
「ユージ殿、一度冒険者ギルドにも寄ってほしい。街を移動した報告はなんとでもなるが、リーゼの嬢ちゃんに渡したいものもあるしな。それに、開拓地までの道を拓くのがどれだけ進んだか確認しといたほうがいいだろ?」
「あ、そっか。家が近づいて、なんか焦っちゃってるみたいですね」
「ユージ兄! アリス、またリーゼちゃんと一緒にいろいろ見てまわりたい!」
「えっと……どうですかハルさん?」
「ユージさん、ボクに任せて! まあちょっと歓楽街は連れていけないけどね!」
『聞かなくてもわかるわ、またハルが余計なことを言ったのね……』
「ケビンさん、精算はまだか? 道中の護衛の依頼は終わりでいいんだろ? あ、俺の寝場所はいらねえからな!」
「みなさん落ち着いてください! とりあえず、商会の人間を領主の館に走らせますね。面会の日時を決めていただかなくては」
プルミエの街、ケビン商会の応接室。
そこには、客人用の大部屋に荷物を置いたユージたちが集まっていた。
落ち着きましたね、というケビンの言葉とは裏腹に、それぞれが思い思いに会話している。カオスである。
喧噪に包まれた空間に、ケビンが手を叩いて音を響かせる。
騒がしかった面々もこれでひとまず落ち着いたようだ。
「さて、では領主様に報告に行くのは……私、ユージさん、リーゼちゃんか。ハルさんも同行しますか?」
「そうだね、ボクも行くよ!」
「アリス、アリスも行く!」
ユージたちは、プルミエの街の領主からエルフ護送隊として書類と印章を預かっていた。
報告と返却に行くメンツを指折り数えていくケビン。
入っていなかったアリスが、両手を挙げてアピールしていた。
コタローもワンッと吠えて、わたしもいくわよ、とばかりにアピールしている。主張する女であるようだ。犬だが。
「はい、アリスちゃんもですね」
「ケビン殿、その……領主様の館はともかく、俺もエルフの里に……」
「いや、サロモンさんはエルフの里に入れませんから。ですよねハルさん?」
「うん、ムリ! 護衛はボクに任せて!」
「そんなはっきり言わなくても……。エルフの里、行きたかったなあ……」
ハルの拒絶を受けてうつむくサロモン。
どうやらまだ見ぬ場所に行く冒険を目の前にして離脱することを悔しがっているようだ。
傷跡が残る悪人面でやってもかわいくはない。
「ジゼルはどうしますか? エルフの里じゃなくて領主の館ですが」
「私はユルシェルに街を案内してもらうわ! 貴族との顔つなぎは会頭のケビンに任せて、市場調査ね!」
「じゃあ俺がジゼルの護衛についてやろう」
「え、パパが?」
「それなら安全ですね。ではユルシェルさん、ジゼルをよろしくお願いします」
「ちょっとケビンさん! 私もケビン商会の従業員なんだから当然のことよ! そんなかしこまらないで!」
頭を下げたケビンを、ひいっとばかりに焦った声でとりなすユルシェル。
それだけ新妻のことが心配だったのだろう。
どうやらケビンは過保護な面があるようだ。
「それで、ケビンさん。そろそろいいかな?」
ソファに座りながら、大人しく待っていた男。
いや、大人しくはなかった。激しく貧乏揺すりしてひたすら待っていた男。
元3級冒険者の斥候・エンゾである。
「ああ、エンゾさん、お待たせしました。護衛依頼は完了。こちらが残りの報酬です」
「よっしゃあ! ユージさん、帰りは一緒に行くからな!」
プルミエの街から王都への往復。
エルフ護送隊の護衛として、ケビンの依頼を受けていたエンゾは、ようやく報酬を手にする。
エンゾにとって、ずっとアプローチしていたイヴォンヌちゃんを身請けするための大切なお金である。
すぐに背嚢に入れて、風のように去っていくエンゾ。
どうやらイヴォンヌちゃんの下に向かうようだ。
背嚢の中には身請け金のほかに、王都で揃えたお土産が入れられていた。貢ぐ男である。いや、釣った魚にもエサを与える男であるようだ。イヴォンヌちゃんはそのあたりを見抜いていたのかもしれない。
「こんなところでしょうか。あとは領主様からの返事次第ですが……ひとまずゆっくりしましょう! さあジゼル、さっそく私たちの愛の巣を案内しますよ」
「まあ、ありがとうケビン!」
「あれ? ジゼルさん、さっきユルシェルさんと見てまわってませんでしたっけ?」
「ユージ兄、アリス知ってるよ! あいしあうふたりは、なんでもふたりでしたいんだって!」
「そ、そっか、よく知ってるなあアリス。それにしても、ケビンさんこんな人だったかなあ……」
ケビンとユージは、知り合って三年になる。
初めて見せるケビンの意外な一面に、ユージは動揺を隠せないようだ。
ともあれ。
ユージを隊長とするエルフ護送隊は、プルミエの街に帰ってきた。
いくつかの雑事を片付け、領主への報告を終えれば、あとは開拓地に帰るのみ。
ユージの家への帰宅も見えてきたようだ。
そして。
すぐに領主からの返事が届き、面会は翌日となるのだった。





