第二話 ユージ、プルミエの街までの道のりを順調に進む
王都からプルミエの街への旅、五日目。
道中最大の宿場町・ヤギリニヨンで二泊して峠越えの疲れを癒したユージたちは、のんびりと歩みを進めている。
「うわあ! たかーい! はやーい!」
『ハル、うまいわね! いつ覚えたの?」
『ニンゲンの国は広いですからね! 里を出てすぐに練習しました!』
財と天秤の旗を掲げた三台の馬車。
その横についている護衛の騎馬は、今日は観光牧場の乗馬体験状態になっていた。
アリスは騎乗したサロモンの前に乗って、馬の高さと速さにはしゃいでいる。
もう一頭はリーゼとハルの二人乗り。
ケビンの専属護衛が馬を下りてその横を走っていた。
「エルフ二人で馬に乗る……絵になるなあ」
馬車に乗っているユージがぽつりと呟く。
森の中の道を、金髪をなびかせて馬を走らせる二人のエルフ。
たしかに美しい光景であった。
それにしても、リーゼは行きにサロモンに乗せてもらった時よりも楽しそうだ。
二人乗りで馬に乗る、お話の中のレディのような体験。
傷顔の厳ついおっさんよりもエルフのハルに乗せてもらった方が、リーゼがイメージするレディに近かったようだ。
少女二人の楽しそうな声を笑顔で見つめる大人たち。
そして。
興味津々な様子で二人乗りした馬のまわりをウロウロするコタロー。どうやらこのレディも馬に乗りたいようだ。犬なのに。
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「ありがとうございました! お先に失礼します!」
ユージたちに大声で挨拶して、一台の馬車と護衛たちが離れていく。
旅の六日目、ユージたちが昼休憩をとることにした広場。
王都からここまで、コバンザメのようについてきていた最後の馬車も、どうやら先に行くことにしたようだ。
これはウチの商会の商品です、と言ってわずかばかりの荷をゲガスに差し出した商人。
特に干渉してくることもなく、守るような有事もなかったが、どうやらこれが慣習らしい。
それにしても、ゲガスに対する商人たちの接し方はまるで体育会系組織の大先輩に接するがごとくであった。
引退したのに昔の栄光が忘れられずに遊びに来る大先輩へのソレである。
ゲガスが鬱陶しいと思われていたのではなく、接する際のノリが。いや、遊びにきた先輩も鬱陶しいわけではないのだが。大抵は。
「これで俺たちだけですね」
「ええ、気楽なものです。焦らずのんびり行きましょう」
そう言ってケビンは、広場の簡易かまどで温めていた缶詰を取り出す。
旅の六日目。
今日はプルミエの街から数えると二番目の宿場町に到着する予定。
王都滞在も含めるとここまで長い旅であったが、残りの行程はあとわずか。
ケビンは旅に持ち込んだ最後の缶詰を開けるようだった。
その時。
広場の前、整備された道を一人の冒険者が駆け抜けていく。
ユージたちの姿を見て、ぺこりと頭を下げながら。
その速度と単独行動に呆気にとられ、ユージはポカンと無言で見送っていた。
いや、ユージだけではない。
アリスとリーゼも目を丸くしている。
少女たちの足下に控えていたコタローは、いまにも飛び出さんばかりであった。かけっこね、でもわたしはもうおとななの、がまんよがまん、と。
「……ケビンさん、いまの人はなんですか? 冒険者っぽい人が、すごい勢いで駆け抜けていきましたけど」
「ああ、ユージさんは初めて見ましたか。おそらく急ぎの手紙か小さな荷の配達を引き受けた冒険者でしょう」
「ああ、ケビン殿の言う通りだ。この道なら王都の冒険者あたりが引き受けたプルミエの街までの特急便だろ。速度からして4級あたりじゃねえかな」
ケビンの言葉を補足するように話すサロモン。
リーゼの護衛として旅に同行していたが、この男、本来はプルミエの街の冒険者ギルドのマスターである。
「え? 王都からプルミエの街まで走っていくんですか? 一気に?」
「いや、ユージ殿、さすがに走り続けるわけじゃない。王都からならヤギリニヨンで一泊、次の宿場町で一泊。三日ってとこだろう」
「み、三日……。あれ? でも一人じゃ危ないんじゃ?」
「ユージさん、あの速度を追いかけるのは馬でもキツイですよ。それに冒険者なら、馬が走れない森に逃げ込んでもいいわけですから。モンスターによっては追いつかれるかもしれませんが、そこはまあ冒険者ですから」
「あ、なるほど」
「宿場町がある道なら野営しなくていいわけですし。位階が上がって走り抜けられる体力と速度があれば、稼げる依頼らしいですよ? まあけっこうな依頼料ですから、依頼自体が少ないようですが」
「そうか、宿場町で寝る気なら荷物も少なくていいのか」
「ええ、身ひとつともしもの時の保存食、水。それから護身用の武器ぐらいでしょうか」
「はあ。それにしても、何をそんなに急いで運んでたんでしょうねえ」
「さあ、そればかりは。お、そろそろいいですね。さあみなさん、お昼にしましょう! 最後の缶詰を開けますよ!」
ユージたちと会話しながら缶詰を温めていたケビンが、大きな声をかける。
ケビン商会の商品とはいえ、缶詰はまだ貴重品。
今日を含めて残り三日の旅、最後の英気を養うためにケビンは奮発したようだ。
「ユージ兄、リーゼちゃん、おいしーね!」
『やっぱりおいしい! 春にユキウサギが食べられるようにするなんて、ニンゲンってすごいわ!』
ケビンが提供した缶詰を笑顔で味わう少女二人。
ユージもうまいと喜びながら食べている。
『これは……たしかに美味しい! これが缶詰か』
「街中で食ってはいたが……旅の途中でこんな簡単に美味いものが食えるのか。ケビン、さっさと量産するぞ!」
「もう、パパは引退したんでしょ? あとはケビンと私に任せておいて!」
一方で、大人たちは大騒ぎである。
初めて缶詰を食べたハルは、簡単さと美味しさに驚き。
行商の旅を続けて商会を興したゲガスは、引退したはずなのにやる気を出していた。
試食はしていたものの、実際に旅の途中で味わうことで、その価値をあらためて感じたようだ。
ゲガスを諌めるジゼルも同様である。瞳は商魂に燃えていた。魔眼持ちのシャルルと違って実際に熱は発生していないが。
ともあれ、こうして旅の六日目も平和にすぎていくのだった。
プルミエの街から数えて二番目の宿場町に、無事に到着して。
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「よし、できた! ほらジゼル、ちょっと見てよこれ!」
「やるじゃないユルシェル! やっぱり買ってきた布は正解ね!」
「へへへ、アリスもできたー!」
「リーゼ、もうちょっと」
「これは……美しい。いやあ、ニンゲンってスゴイ! いや、ユージさんがスゴイのか?」
「ハルさん、俺は作り方を教えただけで作れないんですよ。すごいのはユルシェルさんです」
旅の七日目、プルミエの街から数えて最初の宿場町へ向かう道のり。
ユージたちが乗る二台目の馬車では、手編みの裁縫教室が開催されていた。
このあたりはプルミエの街が近く、道の状態もいい。
初代国王の父がもたらしたタイヤとサスペンション代わりの発明品は、充分に揺れを抑えている。
王都で買ってきた布を使ってコサージュを作りはじめたユルシェルを見て、アリスとリーゼも教わりながら作っていたようだ。
「この時間で作れるなら、一日だと……いえ、アリスちゃんたちでも作れるってことは熟練の職人じゃなくてもいいのか。じゃあ人件費は抑えられるから、売値は……」
実際に見ることで、コサージュを作る手順や時間がわかったのだろう。
御者を務めるジゼルがぶつぶつと呟いて考え込んでいる。
荷台にいるユージたちは無視していた。
いや、いまは中にいたコタローが身を乗り出し、ジゼルを前脚の肉球で軽く叩いている。ほら、うんてんにしゅうちゅうしなさい、と言いたいようだ。注意一秒、ケガ一生である。馬車も同じであるようだ。
「リーゼも、できた! アリスちゃん、あげる!」
秋に保護して、春の盛り。
アリスに言葉を教わってきたリーゼが現地の言葉でアリスに伝える。
その手には、たったいま作ったばかりの布のコサージュ。
「アリス、アリスも! リーゼちゃんにこれあげるね!」
そう言ってリーゼに布のコサージュを渡すアリス。
どうやら二人の少女は、おたがいに作ったものを交換することになったようだ。
行きのハンカチ同様に。
見つめ合いながらへへーっと笑う二人の少女。
間に座っていたユージは二人の頭を撫でる。
ためらうことない自然な動き。
ユージ、12才と9才の少女には自然に接することができるようだ。
「くっ! ボクも欲しいのに! ユルシェルさん、いやジゼルさんに聞いたほうがいいのかな? これいくらなの? 五つぐらい手に入る? ちょっとした贈り物にいいと思うんだよね!」
「ハルさん? ケビンとも相談するから、プルミエの街に着いたらね!」
一目見て使い方を理解したのだろう。
ハルはさっそく値段と在庫の確認をしていた。
それにしても、五つぐらいとはなんなのか。ちょっとした贈り物をする相手がそれほどいるのか。
ハルの言葉を聞いて、ユージの顔は引きつっていた。イケメンめ、とばかりに。
暢気な面々を乗せながら馬車は進む。
荷台にいるユージたちはともかく、御者を務めるゲガスとケビン、そして過剰な護衛たちは油断することなく馬車を進めていた。
王都からプルミエの街までの帰路は順調。
旅の七日目、間もなく最後の宿場町に到着する。
その先はもうプルミエの街。
どうやら帰りは、何ごともなくプルミエの街にたどり着きそうだった。





