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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十四章 エルフ護送隊長ユージは一時帰還して開拓団長兼村長の仕事をする』

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第一話 ユージ、川ぞいの宿場町・ヤギリニヨンでのんびりする


「今回はあっさり峠越えできましたね!」


 王都からプルミエの街への帰路、その三日目。

 峠を越えた三台の馬車は、川ぞいの宿場町・ヤギリニヨンに向かっていた。

 二台目の幌馬車に乗るユージは、後ろの幕を開けて三台目の御者席にいるケビンに話しかける。

 二台目の御者はジゼル。

 ユージ、あまり話したことがない若い女性には話しかけにくいようだ。

 10年間引きこもっていた頃、この世界に来て外に出るようになった頃と比べると多少は改善されていたが。


「そりゃそうですよユージさん。ゲガス商会の旗がある馬車三台。行きの峠越えだって、ドニさんがわざと攻撃してこなければ何もなかったはずでしょう?」


「ああ、そういえばそうでしたね」


「それだけの戦力があると思われているのです。まあ実際、襲われたところで……」


 そう言ってあたりを見まわすケビン。

 先頭の馬車を操っているのは、ゲガス商会の元会頭にして『血塗れ』の二つ名を持つゲガス。

 4級の冒険者相当とケビンが自負した専属護衛の二人は騎乗して馬車の横を進んでいる。

 元3級冒険者の斥候・エンゾ、元1級冒険者のギルドマスター・サロモン。

 エルフの少女・リーゼの護衛として同行している現役1級冒険者・エルフのハル。

 さらには『戦う行商人』ケビンやユージ、コタローといった戦力がおり、アリスとリーゼの魔法もある。

 異常な戦力である。


「ジゼルもいますし、安全第一ですからね! ユージさん、今回はヤギリニヨンで二泊する予定です。峠越えの疲れをゆっくり癒しましょう」


「やった! じゃあまたサウナですね!」


 宿場町・ヤギリニヨン。

 王都から来た旅人は峠越えの疲れを取り、プルミエの街から来た旅人は峠越えに備える中継地点。

 名物のサウナを期待して、ユージは目を輝かせるのだった。

 この世界に来てから五年目。

 慣れてきたとはいえ、やはり体を拭うだけというのは落ち着かないようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ふう、やっぱり気持ちいいですね!」


「ええ、生き返りますねえ。ユージさん、明日は川向こうの宿に泊まりますから」


 行きと同じ、宿泊者専用のそこそこ値が張る宿をとったケビン。

 いまはユージたち男性陣の一班がサウナを楽しんでいる。


 アリス、リーゼ、ユルシェル、ジゼルは一足先にサウナを利用して部屋に戻っていた。

 上気した顔が色っぽいと呟いたケビンは、ゲガスに叩き出されてサウナに放り込まれたのだ。

 そのままゲガスとケビンの専属護衛の二人が残り、ユージたちはサウナである。


 だが、ゲガスは気づいていない。

 二班に分かれた男性陣はサウナを利用すべく交代するのだ。

 ゲガスがサウナに入っている間、新婚夫婦は義父の目から解放されるのである。


「いやあ、それにしても……」


 ユージがチラッと斜め前に視線を飛ばす。


 細やかな金髪。

 引き締まったスレンダーな体。

 白い肌は熱気で紅潮し、湿った体が妖しく光る。

 ユージに見られていることに気づいたのか、白い腕が体を隠そうと動く。


「ユージさん、ボクにその趣味はないからね!」


 エルフの冒険者、ハルである。

 もちろん男である。


「え、ああ、いや、俺にもないですよ! ついつい見とれちゃって!」


「ありがとう! でも見とれたって……ホントに大丈夫?」


「だ、大丈夫です! 俺、巨乳派ですから!」


 ユージ、いらないカミングアウトである。

 いまさらだが。


「ほう、ユージ殿はそういうのが好みなのか」


「ユージさん……プルミエの街に戻ったら、ああいや、俺にはもうイヴォンヌちゃんがいるんだった!」


 プルミエの街のギルドマスター・サロモンとエンゾはいまさらユージの趣味を知ったようだ。


「そうですね、私はジゼルと結婚しましたし……がんばってくださいねユージさん! そういえば領主夫人に目を奪われてましたもんねえ」


「ユージ殿、なんて命知らずな……まあありゃ反則だよな。俺もついつい目がいっちまう。で、気がついたらいつの間にか向こうが有利な条件で依頼を受けてるのよ」


「おいおい、しっかりしてくれおやっさん。ああでも俺はもう冒険者を引退したから関係ねえか」


「え? プルミエの街にはそんなにキレイなニンゲンがいるの?」


「ハル殿、それだけはやめてくれ! エルフと問題があったらシャレにならん!」


 男だけの空間で、女性の話で盛り上がる。

 どこの世界でも男どもは変わりがないようだ。

 バカなおっさんたちである。


「……あれ? ケビンさんは結婚して、エンゾさんもイヴォンヌちゃんが」


「ユージ殿、俺も古女房がいるぞ。アイツと結婚したから冒険者を引退したんだしな」


「サロモンさんまで! ハルさんは……」


「ふふ、ボクは美しい人が大好きだからね!」


「ハルさん、ほどほどにしてくださいね。王都ではいろいろ聞こえてきましたよ」


「大丈夫! ちゃんとわかってくれる人しか相手しないからね!」


「……あれ? え?」


「落ち着いてください、大丈夫ですユージさん。私の専属護衛の二人は独身です」


「あ、そうですか」


 ホッと安堵の息を吐くユージ。

 だが。


「まあ二人とも、プルミエの街で馴染みの女性がいるようですが」


「おおう……。そうか、俺だけか……」


 現実を知ってうなだれるユージ。

 サウナ小屋の外から、ウォーン! とコタローの遠吠えが聞こえてくる。

 ユージは異世界の厳しい現実を知ったようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージ兄、すごいよ! お馬が川を渡ってる! こんどはいっぱいだ!」


「そうだね、アリス。行きと違って馬車が三台だから、船もいっぱいだね」


 ご機嫌な様子ではしゃぐアリス。

 手を繋いだユージもニコニコとアリスに答えている。


『ホント、ニンゲンって不思議ね。大きい船を造って、馬車ごと渡るなんて!』


『ええ、お嬢様。ニンゲンの発想は面白いですよ!』


 プルミエの街から数えて四番目の宿場町・ヤギリニヨン。

 幅広で喫水が浅い船に馬車ごと乗り込み、川を渡る。

 行きと同じ行動だが、今回は規模が違う。

 一台につき一艘。

 合計三艘の船で川を渡っているのだ。壮観である。


 昨日、ヤギリニヨンに到着後、ケビンは馬を替えていた。

 行きに預けていた馬屋で入れ替えたのだ。

 とはいえそれは一台分。残り二台はそのまま。速度よりも馬力重視の馬で行くようだった。

 馬車の速度は落ちるが、行きとは違って確実に宿場町に泊まる必要もない。

 野営の不便はあれど、この戦力で危険ならどこに泊まっていようが同じ。むしろ見晴らしが悪い分、宿場町のほうが危ないとすら考えられるのだ。

 追加した二台の馬車とその分の馬は、ゲガスからケビンへの新婚祝い。

 辺境で活躍させることを考えると、潰しがきく馬力重視の馬を残したのである。


「とうちゃーく!」


「ふふ、アリスちゃんは元気ね」


 無事に対岸に渡ったユージたち。

 両手を挙げて到着を喜ぶアリスに、御者をしていたジゼルが微笑みを向ける。

 愛されている女性特有のオーラに目を背けるユージ。

 どうやら昨夜の傷はまだ癒えていないらしい。


「あ、そういえば、ハルさんはあの後どこに行ったんですか?」


「ふふ、護衛はゲガスがいたからね! ボクはまあちょっと。ほら、大きな宿場町には遊ぶところもあるし?」


「え!?」


「はは、ユージさん、冗談だよ! どこに行ったかは秘密だけど!」


 ユージとともにサウナから上がり、ゲガスたちもサウナから戻ってきた後、ハルはフラッと夜の街に消えた。

 リーゼは笑顔で、ゲガスもポンと肩を叩いて送り出していたため、護衛役のはずのハルの単独行動にユージたちも何も言わなかった。

 ユージはいまさら気になって聞いていたが、行き先は教えてもらえないようだ。まあ歓楽街ではなさそうだが。


『ハル、それでどうだったの?』


『合流できたならいつでもいいそうですよ』


『そう、よかった! じゃあまだみんなと一緒にいられるわね!』


『お嬢様、里に帰ったらお仕置きだそうです。がんばってくださいね!』


『うう、帰りたくない……でもお父さまもお母さまも心配してるし……』


『大丈夫ですって! 説教小屋も慣れればなんてことはありませんから!』


『ハル、参考にならないわよ……』


 がっくりと肩を落とすリーゼ。

 そんな二人のエルフの様子を見ていたユージが話しかける。


『あの、どういうことですか? あれ? 連絡を取る方法が?』


『やっべ、ユージさんはエルフの言葉がわかるんだった!』


『あ! ちょっとハル、なんとかしなさい!』


『ま、まあユージさんは稀人ですから! きっと問題にはなりませんよ、ええ』


『……あの? 聞いちゃマズかったですか?』


『ユージさん、いまの話はみんなにナイショね! 忘れてほしいんだ! なんなら薬を……』


『え? いやいや、その薬って何を忘れるかわからないヤツですよね?』


『うん!』


『うんじゃないですよ! わかりました、忘れておきますから!』


 盛り上がっているように見える三人の会話。

 エルフの言葉が少ししかわからないアリスは小首を傾げていた。

 馬車に同乗しているユルシェルは、最初から気にすることなくマイペースに針仕事をしている。

 コタローはワフッと鳴いてリーゼとハルを見つめていた。なんとなくわかっちゃったわ、と言いたげに。優秀な女である。犬だけど。



 王都からプルミエの街への旅。

 四日目は、川を渡っただけでヤギリニヨンで二泊目を過ごすのだった。

 荷物が増え、戦力も増え、安全を確保した。

 帰路はのんびりとした旅路である。



次話、明日18時投稿予定です!

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