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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 10

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閑話13-24 ドニ、ユージから届いた試作品を装備する

副題の「13-24」は、この閑話が第十三章 エピローグ終了ぐらいという意味です。

また構成上、ほとんどが未来(本編より先)のお話です。

ご注意ください。

 王都・リヴィエール。

 貴族の館、鍛錬に使う中庭に一人の男の姿があった。

 両足に脚甲をはめ、まるで踊るようにその足を振っている。


 狼人族・ドニ。

 貴族として生きることを決めたシャルルに忠誠を誓った男である。


 やがて動きを止めて荒い息を吐くドニ。

 そんなドニの下に、一人の男が近づいていった。


「ドニ、なかなかいい動きです。とても右腕が動かないとは思えない」


「フェルナンさん。いや、これじゃダメだ。一対一なら時間ぐらいは稼げるが、それ以上になったらシャルル様を守りきれねえ」


「ふむ……」


「いっそ甲冑を着込んで守るだけのほうがいいかもしれねえな」


「ドニ、その体になってから鍛錬をはじめたばかりでしょう? 早計ですよ。シャルル様が外に出るようになるのは、貴族の上級学校がはじまる次の春からです。まだ時間はありますよ」


「そうか……シャルル様は?」


「いまは旦那さまによる魔法の講義です。次が算術ですので、ドニはそろそろ切り上げてください」


「おう。ところでその、フェルナンさん。俺に敬語を使わなくても……」


「性分なのです。気にしないでください」


 ニコリと笑みを見せるフェルナン。

 ドニは諦めたとでも言いたげに小さく首を振る。

 そして、訓練場を後にして庭の片隅にある井戸に向かうのだった。



 ユージたちが去ったバスチアンの館。

 シャルルは来年の春から貴族の上級学校に通うため、勉強と訓練の日々。

 ドニはシャルルの護衛となれるよう訓練に励んでいる。

 それだけではない。

 どんな場所にも同行できるようにと、ドニは読み書き算術、貴族の基礎知識、礼儀作法も勉強している。

 盗賊たちの中で身を寄せ合った二人が、今度は貴族の中でも身を寄せ合って生きていけるように。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 季節は夏。

 汗ばむほどの気温をはらんだ空気は、さらに熱せられる。

 魔法によって。


 バスチアンの館の庭ではシャルルが魔法の訓練をしていた。

 魔法を使えるようになって以来、季節一つ分。

 バスチアンの指導のおかげか、あるいは300年続く家に残された歴代の魔法使いたちの書のおかげか、それとも稀少な魔眼のおかげか。

 シャルルは、これまでが嘘のように魔法を覚えていった。

 同席したドニが目を見張るほどに。


「どうですか、おじいさま?」


「上出来じゃシャルル。これからは魔眼と見抜かれない工夫を覚えねばな」


「秘密にしたほうがよいのでしょうか?」


「うむ。魔眼はシャルルの切り札になるじゃろう。いずれは知られるじゃろうが、できる限り長く隠しておいたほうがよい。どこに敵がおるかわからぬでな」


「……はい」


 バスチアンの言葉に頷くシャルル。

 シャルルの決意の中身を考えれば、知られていない切り札は多いほどよい。

 いまはまだ準備期間。

 農村の子供だったシャルルが、貴族として生きるための準備期間にすぎないのだ。


「ドニ、シャルルが使える魔法を覚えておくのじゃ。いずれはドニの後ろからシャルルが魔法を使うことになるのじゃから」


「はい、バスチアン様」


 魔法を使えないドニを同席させたのは、シャルルの魔法を見せるためだったようだ。

 魔法は術者に影響を及ぼさないが、フレンドリーファイアは存在する。

 ドニは納得した様子で頷いていた。


「よし、では今日はここまでじゃ。館に戻ろうかの」


「旦那さま、ケビン商会より手紙と荷物が届いております」


「おおそうか! ゆくぞシャルル!」


 執事のフェルナンから告げられた言葉にデレッと笑みを見せるバスチアン。

 そこに、貴族は感情を隠すべきじゃとシャルルに語っていた面影はない。

 どうやらアリスの手紙が入っていることを期待していたようだ。

 爺バカである。

 バスチアンもシャルルも、待ちきれないとばかりに早足で館に向かうのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ふむ。その木箱はユージ殿からドニに向けてのようじゃ。ドニ、開けてみよ。それから……おお、これはアリスからの手紙! こっちはシャルル、こっちは儂にじゃな!」


 鼻息も荒くバスチアンが開封した手紙。

 中には挨拶と開拓地の近況、目録、そしてアリスからの手紙が入っていたようだ。

 バスチアンとシャルルはさっそく手紙に目を落とす。


 一方で、ドニは期待に満ちた面持ちで木箱を開ける。

 ユージが貴族の館で過ごした最後の夜、ドニは伝えられていたのだ。


 いまのドニでも使える武器がある、と。

 試作品を作ってみて、できたらここに送ります、と。


 そして。

 木箱から出てきたのは、分厚い紙束が一つと、武器らしきものの使い方が書かれた紙。

 紙の下に見えるのは幾つもの武器らしきもの。


「おお、ユージさん……」


 歯を食いしばってこらえ、震える手を伸ばすドニ。


 また戦えるかもしれない。

 だが、まだ送られてきた武器が使えると決まったわけではない。


 期待に胸を膨らませ、それでも期待し過ぎないように。

 気持ちを抑えてドニは武器らしきものに手を伸ばしていく。


「ふむ。シャルル、フェルナン、ドニ。その木箱を持って庭に出るぞ。振るってみねば使えるかわからんじゃろう」


 目録を見たバスチアンが命じる。

 一行は、ふたたび中庭に向かうのだった。

 シャルルとドニは、高鳴る鼓動を抑えながら。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 武器の使い方が書かれた紙を読み込むフェルナン。

 ユージがケビンに解説しながら書いてもらった手紙には、ドニにはわからない言葉があったらしい。


「ドニ。こちらの二つは左腕用の武器です」


「フェルナンさん、だが俺は左手の指が……」


「一つは大丈夫でしょう。こちらはどうでしょうか……ドニ、まずはこれを」


 そう言ってフェルナンが一つの武器を差し出す。


 それは奇妙な形をした武器だった。

 短く、幅広の刀身。

 それ自体は珍しくない。

 奇妙なのは柄の形。

 刀身から続くようにまっすぐ伸びるのではなく、刀身と垂直。


「ドニ、その柄を握るそうです。拳の先に刃がくるように」


 残った三本の指で柄を握るドニ。

 短く幅広の刀身は、自然と拳の先にきていた。


 カタール、ジャマダハル、ブンディ・ダガー。

 あるいは国民的RPGシリーズに登場する、ドラゴンキラーと呼ばれる武器。なぜアレでドラゴンを倒せるかは不明である。


「斬るのではなく、突き刺すことに特化した武器のようですね。どうですかドニ?」


 数年ぶりに手にした武器。

 ドニは左腕を振るう。

 上から、横から、そして突き。


「正面から突き刺す分には問題ねえ。普通の剣より握りは利くが……横の動きは刃先がズレるし、たぶんこの武器じゃ受けはできねえ」


 首を振るドニだが、それでも「使えそう」な武器なのだ。

 口角が上がっていた。だが、そこに見えるはずの犬歯はない。


「ふむ……工夫はできそうじゃな。フェルナン、明日の訓練は的となる木材と鎧を用意しておくがよい」


「はっ。ドニ、ではこちらを。装備方法は同じ。あとは革のベルトで腕に固定するようです」


 そう言ってもう一つの武器を取り出してドニに手渡すフェルナン。


 金属製の手甲、あるいは籠手。

 その先端には三つの刃があった。

 ドニが左腕に装備して、フェルナンが革のベルトで固定する。

 鉄の爪。

 ルイスが描いた武器である。


 ふたたび左腕を振るうドニ。


「これは……腕に固定される分、さっきのよりは使いやすそうだ。横の動きに対応できねえのは一緒だが……」


「なるほど。では先ほどの武器も、腕に固定できれば使えるかもしれませんね」


「ふうむ、突き刺す武器と引っ掻いて傷付ける武器か。モンスターであればどちらでもよいが、鎧を着た相手であれば突き刺す武器のほうが威力は高いじゃろうな」


「ユージさまからの手紙には、あくまで試作品と書いてあります。大きさもあるうえに、ドニが不在では使えるかどうか不明なので、改良や調整はこちらでしてほしいと」


「さもありなん。ふむ……」


「旦那さま、改良は領地の鍛冶師に依頼したほうがよいかと思います」


「じゃが時間がかかるぞ?」


「実は……他にも武器があるのです」


「ふむ。ドニ、ひとまずすべて試してみるが良い。稀人が考えた武器じゃ、儂も見たいのでな」


「はい」


 どうやら中庭の訓練所で、品評会がはじまるようだ。



 フェルナンが手紙を読み取り、ドニが試作品を装備していく。

 足、腕、肩、頭。

 ほぼ全身に試作品をまとったドニ。


「か、かっこいい……」


 その姿を見たシャルルが言葉を漏らす。


 脚甲。

 分厚い紙束は蹴り技の解説だった。その威力を高めるべく脚甲も工夫されたようだ。

 革をベースにした脚甲には、刃が二箇所、つま先と踵。

 他の部分には大量の鋲が打たれていた。防御、打撃に使えるようにしつつ、総金属製よりも軽くしたかったようだ。

 つま先と踵は、抜けなくなる可能性があるためトドメに使うものらしい。

 ついでにヒザにはニーパッドらしき何か。


 左腕。

 こちらは鉄の爪を装備している。シャルルの相手を考えるとジャマダハルのほうが良さそうだが、こちらは改良待ちである。

 手甲には小さな丸盾が固定されていた。

 自由に動く左腕は防御に使うことも考慮されていたようだ。


 肩。

 なぜか右肩だけ、太く短いトゲ付きの肩パッドが装着されていた。

 左腕の動きを制限しないように、左肩は普通の革鎧をオススメされている。

 逆に右肩に装備する肩パッドは、二の腕を覆うほどの大きさだった。


 頭。

 兜はヘルメット状であった。フルフェイスではなく、頬当てもフェイスガードもないタイプだ。

 狼人族のドニのアゴは前に出ているため、これはしょうがないのだが。

 特徴的なのは頭頂部である。

 分厚い刃がついていた。

 モヒカン状の。


「ええと、そちらは一応ということです。使う時は気をつけるようにと……」


「ユージさん、何考えてんだ……まあ接近戦で頭突きを使う時もあるかもしれねえがよ……」


「うむ、人でもモンスターでも頭部は弱点じゃ。うかつに攻撃には使えまい。それにしても、これが稀人の発想か」


 目を輝かせるシャルル以外、兜を見た三人は首を振っていた。

 呆れた様子である。


 すべてを装備したドニは、全身武器だらけである。

 動かない右腕を除いて。


「右腕か……動かねえからバランスも取りづらい。いっそ……」


「ドニ。最後にユージさまの手紙です。目を通してください」


 そう言ってフェルナンがドニに手紙を差し出す。


「マジかよユージさん……」


「ドニ、どうしたの?」


「ああいや、なんでもねえんですシャルル様。一晩考えさせてください」


「まあドニがそう言うなら。明日教えてね」


 思いもよらない武器の数々、そしてユージからの手紙に、シャルルもドニも以前の言葉遣いが漏れていた。

 それでもドニは敬称を忘れていなかったようだが。


 ユージの手紙に書かれていた内容。

 それは、まだ試作している品があるとのことだった。

 だが、残されているのは上半身と下腹部、そして()()()()()()()のみ。

 動かず、治る見込みがなく、戦いの邪魔になるならば、いっそ。

 まるで、ドニがそんな思いを抱くのを見抜いていたかのような。



 鋲付きブーツにニーパッド、鉄の爪とトゲ付き肩パッド、攻撃には使いづらいネタ武器のモヒカン兜。

 世紀末である。


 だが、どうやら掲示板住人とルイスの狼男武装計画は、これで終わりではないようだ。

 ちなみに、ドラゴンころしはなかった。

 鍛冶屋の親方ドワーフに鼻で笑われて終わったようだ。


 『全刃狼』のドニ。

 武装計画は進んでいるが、誕生はまだ先のことである。



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