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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十三章 エルフ護送隊長ユージは引き続きエルフ護送隊を率いる』

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第八話 ユージ、王都の高級商店街で装備を新調する

「ユージさん、今日はジゼルが絹の布の納品に行くそうなんですが……一緒に行かれますか? お金がある平民や貴族が利用する店が立ち並ぶ商店街に、そのお店があるんですよ」


「行ってみたいです! ……でも迷惑じゃないですか? お仕事なんですよね?」


「いえ、ジゼルは針子のユルシェルと一緒に行くそうでして。仕事を名目にした遊びですね。それでですね、ユージさん。私は王都ではユージさんと一緒に行動するつもりです。何があるかわかりませんからね。ですからその、一緒に行っていただけると、ジゼルとも一緒に行動できるなあ、と」


「ああ、なるほど! ……お店で貴族とバッタリ遭遇とかしませんよね? 俺、こっちの礼儀はわかりませんよ?」


 ユージの言葉にワンワン! と吠えたてるコタロー。なにいってるの、あっちのれいぎもしらないじゃない、と言っているかのようだ。もっともである。ユージは20才から30才まで引きニートであり、元の世界での社会経験はゼロなのだ。


「大丈夫ですよ。貴族はお店に来るのではなく、自分の屋敷に呼びつけますから。お店で遭遇することはありません」


「じゃあ行こうかな……サロモンさん、大丈夫ですかね?」


「ああ、街中なら問題ない」


「やったー! リーゼちゃん、お出かけだって!」


 ユージの決断を固唾をのんで見守っていたアリスが喜びの声をあげる。

 隣にいたリーゼもニコニコと笑顔を浮かべている。


 王都リヴィエールでエルフの帰還を待つユージたち。

 どうやら今日は、銀ぶらするようだ。

 いや、銀座ではなく異世界の街の高級商店街だが。あと古い。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「な、なんか立派な店が並んでますね……」


「ええ。このあたりは商品のお値段もなかなかですよ」


「あれ? でも、ゲガス商会って貴族との取引もある大店なんですよね? それにしてはちょっと離れてませんか?」


 馬車の御者席にいるケビンに話しかけるユージ。ケビンの横に座るのはジゼル。

 ユージ、二人の時間をしっかり邪魔している。まあケビンもジゼルも、風景を見てはしゃぐユージとアリス、リーゼを微笑ましく見守っていたが。

 ちなみにユージの手にはカメラが構えられていた。道中、そして王都。予備のバッテリーを持ち込んだとはいえ、残量はあとわずか。それでも立派な街並みを撮影することを選んだようだ。


「もともとゲガス商会は庶民向けだったんですよ。それが、ほかにはない商品が多くあったことから、貴族からも注文を受けることになりまして。貴族にはこちらから向かうことで対応して、いまの場所で商売を続けているのです。おかげで貴族にも平民にも知名度は高いという状態でして」


「はあ、なるほど……」


 ゲガス商会から王都の中心部に向けて走る馬車。

 馬車にはユージのほかに、アリス、リーゼ、コタロー、針子のユルシェル、アリスの兄・シャルル、狼人族のドニが乗り込んでいる。狭い。まあリーゼとアリスは狭いスペースで密着して楽しそうにしているが。


 エルフのリーゼの護衛役・サロモンとケビンの専属護衛の二人は、馬車の横を歩いていた。

 ゲガス商会を出て王都の内側にある石の壁を越えると、そこは石造りの建物が並ぶエリア。一軒一軒の間隔も広い。

 どうやらこのあたりが、目指す高級商店街のようだ。


「ただ、やはり貴族の方たちが喜ぶ流行なんかには疎いですからね。今回もそうですが、絹の布は購入していただいて、その貴族の専属の針子に仕立てさせることがほとんどです」


「なるほど、それでお店に届けに行くわけですね」


「ええ。昔はゲガス商会で針子を雇う案も出たんですが、センスを養うのも流行を追うのも大変ですから。さあユージさん、着きましたよ!」


 馬車を止めて御者席から降りるケビン。あとから降りてくるジゼルに向けて、自然と手を差し出している。できる男である。

 店の横から出てきた丁稚に馬車の操作を任せ、一行はぞろぞろと店に入っていくのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「す、すごかったですね……」


「ええ、私も予想以上でした」


「アリスとリーゼはよかったの?」


「うん! 二人とも、いっしょうけんめいだったから! アリス、ユージ兄と一緒に行く!」


 ケビンの婚約者・ジゼルが絹の布を店員に渡したあとは、ジゼルと針子のユルシェルによるガールズトークがはじまっていた。

 ケビンが、ジゼルに服をプレゼントすると言ったせいである。


 どの布を使うか。どんなデザインにするか。

 店員を巻き込んだガールズトークは盛り上がり、ケビンはわずかな希望を伝えて一時撤退を決めたのだ。

 そんなケビンを見て、ユージも決断する。

 俺も退散しよう、と。

 目で会話を交わすケビンとユージ。

 ケビンは、ちょっとユージさんに近くを案内してきます、すぐ戻ってきますから、という言葉を残し、ついでに専属護衛を一人と馬車を残し、ユージを連れて店を出たのだった。


 店を出るケビンとユージに、ほかのメンバーもぞろぞろとついてきていた。

 シャルルやドニ、サロモン、男性陣はともかく、アリスとリーゼという二人の少女も本気のガールズトークにはついていけなかったようだ。いまはまだ。


「シャルルくん、大丈夫? 疲れたら言ってね、休憩するから」


「大丈夫です」

 

 アリスと手を繋いだシャルルは、わずかに微笑を浮かべている。

 夜はうなされることもあったが、次第に心の傷は癒えているのかもしれない。


「さて、どこに向かいましょうか……ああ、ちょうどいい、あそこに行きましょう」


 ボソリと呟くケビン。

 開拓民、エルフの少女、冒険者ギルドマスター、狼人族。

 雑多なメンバーを連れていく店は決まったようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「うわあ、ユージ兄、すごいね!」


「これ、どう使うの?」


「ほう、これはなかなか……」


 ケビンが一行を連れてきたのは、大型の武器防具店だった。


「冒険者や護衛向けから、貴族向けの商品まで。ここの品揃えと品質は王都一と言われています。ユージさん、欲しい物があったら言ってくださいね。討伐の報奨金が出ていますから」


 盗賊団・泥鼠を討伐した報奨金。

 各自に山分けされた報奨金はエンゾとサロモンに渡され、ユージの分はひとまずケビンが預っていた。

 大金を持ち歩くのは怖いというユージの小市民的発想である。この世界にはATMもクレジットカードもないのだ。


「ユージ殿。ワイバーンのお金も使ってないんだろ? 武器や防具を新調したらどうだ? 正直、プルミエの街じゃこのあたりの品は手に入らないぞ」


「え、そうなんですか?」


「ああ。手入れはできるが、そもそも素材が手に入らないからな」


「ユージ兄! アリス、ドニおじさんとシャルル兄にプレゼントしてあげる!」


「リーゼはアリスちゃんとユージ兄に!」


「あ、ああ、アリスもワイバーンのお金があったっけ。まあ俺のお金が足りなかったらね」


「ユージさん……ミスリル製でも選ばなければ足りますよ。ワイバーンの革は、貴族向けの稀少な品ですからね」


 呆れ顔でユージに教えるケビン。

 だが仕方あるまい。引きニートだったユージは元の世界で働いた経験がない。そのうえ、この世界では物価が違うのだ。しかも元の世界にはないワイバーンの革の値段や装備の値段を言われても、実感がわかないのだろう。


「あ、あるんですか、ミスリル……じゃあアダマンタイトとか、ひょっとして、オリハルコンなんかも?」


「ええ、ありますよ。とはいってもそうそう手に入りませんし、どうやらこのお店にもないようですが」


「なんだユージ殿、興味があるのか? ほれ、俺の愛剣がミスリル製だ」


 鞘から少しだけ剣を引き抜いて、ミスリルの刃を見せるサロモン。

 ユージは目を輝かせて見つめている。


「それが……」


「ユージさん、さすがにミスリル製は手を出せません……申し訳ない……」


「え、ああいや、いいんです! 欲しいってことじゃないので!」


 沈んだ表情のケビンに、ユージはなんでもないのだと手を振って答える。ただのロマンである。


「あ、そうだ。刀ってありませんかね? ゲガスさんが持ってたみたいなヤツで、もっと細くて長くて……」


「カタナ? カットラスより細身で長い……いや、なさそうだが」


「ユージさん、それってどんな物ですか? 作らせましょうか?」


「え、ああ、いや、ないならいいんです! あっても使えないでしょうし!」


 慌てて首を振るユージ。ただのロマンである。

 少なくともこの店には、刀もKATANAもないようだ。


 プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモンが、時おりユージの希望を聞き、ケビンと店員と話しながら見繕っていく。

 ユージの短槍、大盾、皮鎧。

 アリスとリーゼのローブ。

 武器を手にするのはまだ難しいようだったが、シャルルが身を守るための革鎧。

 そして。


「俺はもう武器を振れないからよ」


 寂しそうに笑う狼人族のドニ。

 盗賊に傷付けられた傷により、右の前腕は動かない。

 左腕は動くが、二本切り落とされた指では武器を振ることもままならない。


「ドニさん……」


「ああユージさん、気にしねえでくれ。攻撃の手段は見つけたのさ」


 そう言って店の一画に目を向けるドニ。

 そこにあったのは、金属製の全身鎧であった。


「え? あれ、重そうですけど……」


「はは、そうだな。全部着込んだら狼人族の速さが死んじまう。だから、足だけだ。ケビンさんやジゼルさんがやってたろ?」


「なるほど、蹴り技ですか! 足に金属つけて……あれ、それけっこう強そうな……」


「なら、このあたりがいいんじゃないか?」


 ドニの言葉を聞いて、さっそくサロモンがいくつかのグリーブを選ぶ。有能な男である。

 元1級冒険者でプルミエの街の冒険者ギルドマスターなのだ。とうぜん有能だろう。サロモンが外出中のいま、残されたギルド職員たちが悲鳴を上げる程度には。


 サロモンとドニの会話をよそに、ユージはブツブツと呟いていた。

 蹴り技か、なんか参考になる格闘技あったかな、と。あったところでどうやって伝えるつもりなのか。

 足下にいるコタローは、ワンワンッと微妙な顔で鳴いていた。おしえるのはいいけど、わたしはできないわよ、と。どうやらコタローとて万能ではなく、蹴り技は苦手なようだ。犬なので。



 予定外ではあったが、有効な時間。

 開拓団長にしてエルフ護送隊長にしてアリスの義兄のユージは、アリス、リーゼ、シャルル、ドニ、そして自分の装備を購入するのだった。


 ちなみにユージ分の盗賊の討伐報酬では足りず、ワイバーンの革の売却益を充てたようだ。

 ユージ、太っ腹である。

 引きニートからニートになり、そして異世界で初めて働きはじめたユージは、お金の大切さがわかっていないようだった。

 いや、命を守る装備なのだ。お金を惜しむことではないのだろう。


 ともあれ。

 装備を新たにした一行は、ジゼルとユルシェルが待つ仕立て屋に戻るのだった。

 仕立てる服の目処がついていますように、と祈りながら。



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