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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十三章 エルフ護送隊長ユージは引き続きエルフ護送隊を率いる』

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第五話 ユージ、ゲガス商会の会頭『血塗れゲガス』と対面する

「うーん、暑い……」


 米を食べてユージが号泣した翌日の早朝。

 ボソリと呟いて、眠っていたユージが目を開ける。

 首だけを動かしてあたりを確かめるユージ。


「はは、そりゃ暑いよな。…………ありがとう、みんな」


 仰向けに眠るユージの右側にひっつくリーゼ。

 左側にひっついているのはアリス。その後ろで横になってアリスに密着しているのはアリスの兄・シャルル。

 さらに、ユージの上にはコタローが乗っかっていた。


 ユージは三人と一匹にまとわりつかれて寝ていたようだ。

 暑くて当然である。


 微笑みを浮かべて、ふたたび目を閉じるユージ。

 しばらくすると、幸せそうに寝息を立てる。

 帰れないかもしれないけれど、一人じゃない。

 きっとそう感じたのだろう。


 ちなみに、ユージは泣き疲れてそのままの体勢で裏庭で寝ていた。

 寝台まで運んだのは、プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモンである。

 寝ているユージを起こさないよう、お姫様抱っこで。


 時に人は知らないほうがいい真実もあるのだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おはよーみんな」


「ユージ兄、おはよ! もう痛いの治った?」


 目覚めたユージの顔を心配そうに覗き込んでくるのはアリス。

 アリスの後ろにいるシャルルも、言葉は出さないが心配そうな表情でユージを見つめている。

 優しい兄妹である。


「うん。アリスとシャルルくんが一緒に寝てくれたおかげかなー。ありがとう」


「ユージ兄、リーゼ、リーゼは?」


「リーゼもありがとうね」


 続けて問いかけるリーゼ。

 それにしても、レディが男に添い寝してもいいのだろうか。

 リーゼが自称するレディは、優しい存在であるようだ。


 しゃがみこんだユージが、両手を広げて三人の子供を抱きしめる。

 きゃっきゃと喜ぶアリス。

 頬を染めるリーゼ。

 静かに微笑むシャルル。

 前脚をユージの肩にかけ、背中にのしかかるコタロー。


 まるでユージの寂しさをごまかすような、濃厚なスキンシップである。

 そこに妙齢の女性はいない。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「あれ? なんかバタバタしてるなあ、なんだろ」


「あ、ユージさん、みなさん! おはようございます!」


「ケビンさん、どうしたんですか? なんかみんな忙しそうですけど?」


「ああ、先触れがあったんですよ! もうすぐゲガスが帰ってくるって! ユージさん、ちょっと私も急いでいるので、また後ほど! 包帯と血止めの軟膏と……ああ、打ち身の薬はどこに置いたかな……」


 そう言い残してさっと行ってしまうケビン。

 用意する物を確かめる独り言が物騒だ。

 どうやらこのゲガス商会の会頭、『血塗れゲガス』が帰ってくるようだ。


「そっかー。帰ってきたら俺たちも挨拶しないと」


「はーい! どんな人なんだろうねユージ兄!」


 まとわりつく子供たちに告げるユージに、アリスが元気よく返事する。

 ユージ、すっかり保父さんである。

 だが。

 リーゼは一人、小さな声でブツブツ呟いていた。


『ゲガス。ケビンさんにあの布を渡した人ね。たぶん……』


 独り言が多い危ないレディである。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ユージたち、そしてケビンは応接室でゲガスの到着を待っていた。

 ユージ、アリス、リーゼ、コタロー、サロモン、ケビン。

 客人として挨拶するため、シャルルやドニも座っている。

 ユルシェルは最後の仕上げね! と言ってフラッと消えていった。

 ケビンの専属護衛の二人はゲガスを迎えに行ったようだ。


「ケビンさん、ゲガスさんってどんな人なんですか?」


「どんな人……うーん。ま、まあもうすぐ来ますから」


 暢気に質問するユージに、腕を組んだケビンが答える。緊張なのか、額からは汗が垂れていた。

 と、ドタドタと部屋の外から足音が聞こえる。

 そのままノックもなしにバンッと開かれる扉。

 ズカズカと、一人の男が応接室に入ってきた。


「お客人、ようこそ。俺がゲガス商会の会頭、ゲガスだ」


 口ではユージたち客人に歓迎の意を示しながらも、目はがっちりとケビンを捉えていた。


 日焼けした肌、シワの多い顔は人生の大半を屋外で生きてきた証明だろう。

 黒々とした長いアゴヒゲ以外の場所。禿頭にも顔にも、いたるところに傷跡が見える。

 ケビンを睨む眼光は鋭い。

 ユージが思わずヒッと声を上げ、姿勢を正すほどには。

 狼人族のドニがシャルルの前に立ちふさがり、心に傷を負っているシャルルの視界を隠すほどには。


「あ、ああ、すまないお客人。ちょっと聞き捨てならない話を聞いたもんでな。あとでゆっくり話したいこともあるから、しばらく待ってくれ。先に男と男の会話をさせてくれ」


 雰囲気に飲まれたユージに告げるゲガス。

 ユージが隣に座っているリーゼにその言葉を通訳しようと、耳に顔を寄せたその時。


『嬢ちゃん、ちょっと待っててくれな。あとで伝えたいことがある』


『やっぱり! ええ、ここまで来たらちょっとぐらい待ってるわ』


「え!?」


 ゲガスは、エルフの言葉で直接リーゼに伝えていた。

 驚くユージ。

 いや、ゲガスとリーゼ以外はみんな目を見張っていた。


「会頭、どうして……」


「ああん? おまえはいまそんな話がしたいのか?」


 疑問を口にするケビンだが、ジロリとゲガスに睨まれて口をつぐむ。

 ぐっと体に力を入れるケビン。

 意を決して口を開く。



「会頭。ジゼルを私の嫁にください」


 ケビンの言葉を受けて、ゲガスがさらに鋭い視線を向ける。

 関係ないユージがビクッと体を縮こめる。

 どうやらユージは、大事な娘をくれと言われた男親の殺気にあてられたようだ。

 シャルルの目線を遮ったドニ、ファインプレーである。


「ケビン。てめえ、俺が娘を嫁にやる条件は覚えてるな?」


「はい。まずは経済力ですね。私はプルミエの街で自分の商会を興しました。それから、これが主力になる商品です」


 怯むことなく回答するケビン。

 足下に置いていた袋から缶詰を取り出してテーブルの上に置く。


「缶詰ってヤツか。話は聞いているし試食もした。で? これだけか?」


「いえ。アリスちゃん、ローブを脱いでくれるかな?」


「はーい!」


 前屈みになってさらにケビンに近づき、いまだ睨みつけるゲガス。とても商人には見えない。

 ケビンの言葉を受けて、アリスが立ち上がっていそいそとローブを脱ぐ。

 9才の幼女によるストリップである。

 違う。

 ローブを脱いだアリスは、既存の技術と素材でユルシェルが作った、現代風デザインの服を着ていた。腰には布のコサージュが縫い付けられている。


 王都でも見たことがないデザイン。

 高価な布をふんだんに使う貴族向けではなく、庶民でもちょっと手を伸ばせば買えるであろう作り。

 それを見て取ったゲガスがわずかに雰囲気を緩める。


「ケビン商会は、服飾も取り扱っていきます。それから……ジゼル!」


 部屋の外に向けて、大きな声で合図を送るケビン。

 応接室にいた一行が揃って扉に目を向ける。


 全員の視線を浴びた扉が、ゆっくりと開いていく。

 そこにいたのは。


 ドレス姿のジゼルだった。


「ジゼル……」


「どう? 似合うかな、パパ?」


「パ、パパ……?」


 目を見開いて娘を見るゲガス。

 恥ずかしそうにはにかんだジゼルが、上目遣いでゲガスに問いかける。

 ユージの呟きは誰にも聞こえなかったようだ。

 幸いなことに。

 いや、ワフワフっとコタローが小さな声で吠えていた。ゆーじ、くうきよみなさい、たしかにぱぱっていがいだけど、と言わんばかりに。


 ジゼルの斜め後ろにいるユルシェルは隈を浮かべ、頬がこけていた。

 それでも、最終調整を終えたユルシェルは誇らし気な顔だ。

 夫のヴァレリーとともに一冬をかけて縫い上げた渾身のドレスであった。


「ふ、ふわあ! すごい! おねーちゃん、キレイ!」


『すごい、すごいわ!』


 我慢できなかったのか、感嘆の声をあげる二人の少女。


 だが、肝心のケビンは。


「……素晴らしい。すごいよジゼル。綺麗だよ。最高だ」


 ふらふらと立ち上がり、ジゼルの下に近づいていった。

 ずっと想い続けてきた女性を、そっと抱き寄せるケビン。

 抱かれたジゼルはうっとりとした表情を見せる。


「ありがとうケビン。愛してるわ」


「ジゼル、私も愛しているよ」


 完全に二人の世界である。

 目を閉じて口付けを交わそうとする二人。


 だが。


「待てや! ケビン、てめえ表でろ! 『血塗れ』の意味を教えてやる!」


 応接室に怒号が響く。

 甘い空気をぶち破ったのは、抱きしめられた女性の男親。

 鬼の形相を見せるゲガスであった。

 血涙を流さんばかりである。


 ゲガス商会の会頭、『血塗れゲガス』。

 娘を嫁にやる条件として、自分の店を持つほどの経済力、それから娘を守りきれる戦闘力が必須だと公言していた男。

 どうやら、これから戦闘力のテストが行われるようだった。



 ちなみに。

 表に出ろと言っていたが、向かったのは裏庭である。




※「表に出ろ=外に出ろ」ですが、ついつい……

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