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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十三章 エルフ護送隊長ユージは引き続きエルフ護送隊を率いる』

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第四話 ユージ、王都の青空市場を散策する

「ケ、ケビンさんって強かったんですね……」


「ユージさんにも体験させてしまいましたが、街の外は危険ですからね。商品の仕入れや行商することを考えたら、やっぱり鍛えませんと」


 王都・リヴィエールにあるゲガス商会。

 その裏庭で朝の訓練が行われていた。

 旅の間はプルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモンがユージを指導して、訓練は二人だけ。あと犬。

 だが、ゲガス商会に到着してからはケビンも朝の訓練に参加していた。

 ちなみにケビンの訓練相手は、婚約者となったジゼルである。

 コミュニケーションの方法はともかくとして、仲が良いのは間違いないようだ。


 短剣、木の棒、農具、御者用の鞭、そして素手。

 背負った背負子から得物を取り出して自在に戦うケビン。

 一方で、婚約者のジゼルは武器を持たない徒手空拳。


 初めてケビンの戦闘を目の当たりにしたユージは呆気にとられていた。

 盗賊の襲撃を受けた時、そしてアジトに行った時に一緒に戦っていたが、ケビンの戦闘はユージの視界に入らなかったのだ。

 訓練は激しく、ユージは引き気味である。

 5級冒険者となったユージだが、上には上がいるようだ。

 むしろユージのまわりはユージより強い存在ばかりである。


 まだ体を動かすことは止められているものの、訓練場には狼人族のドニとアリスの兄・シャルルの姿もあった。

 ドニは地面に座り込み、蹴りを交えた徒手空拳で戦うジゼルの姿をジッと見つめている。


 ユージ兄、がんばれーと声援を送ったり、時々二人で魔法の練習をしたり。

 アリスとリーゼが訓練を見るのは、いつものことである。

 今日はそれに加えてシャルルも参加しているようだ。

 リーゼの片言の現地語やアリスの感覚的な説明で、シャルルに魔法を教えているようだった。


 アリスが育った村で、魔法を使える子供はアリスだけ。

 だが、アリスとシャルルの兄であり、成人していたバジルは魔法が使えた。

 母、兄、妹が魔法を使えるとなると、シャルルくんも使えるようになると思うのですが……というケビンの言葉を受けて、アリスとリーゼによる特訓がはじまったようだった。

 二人に教わって、シャルルはうんうん唸りながら魔法を使おうとしている。いまだに発動しないようだが。

 ぽかぽかしてぐぐーってやってえいっ! で使えるようにならないあたり、リーゼ先生に期待するしかないだろう。


 炎を見るのはツライかもと心配したユージだったが、シャルルは懸命に魔法の訓練に励んでいた。

 集中できるなら暗いことを考えないでいいかも、とユージは子供たちの好きなようにやらせている。

 コタローはそんな子供たちの横でおすわりしていた。保護者気取りである。


 開拓民にして元3級冒険者の斥候・エンゾはふらりと出ていった。

 ケビンとエンゾの契約は、開拓地から王都の往復の道程を護衛すること。

 無事にゲガス商会に着いたため、ケビンから「もしアレだったら出発まで自由にしていい」とエンゾに告げられたのだ。

 エンゾは毎朝ゲガス商会に顔を出すが、一行から離れて自由に行動していた。

 依頼でも受けてちょっくら稼いでくるわ、イヴォンヌちゃんにお土産も買いたいしな、と言い残して。

 稼げるうえに喜んで貢ぐとはいいカモである。いや、身請けが決まっているのでエンゾはもうカモではないのだ。立派な大黒柱なのだ。


 エルフの冒険者が王都に帰ってくるか連絡が取れるまでは、待機期間。

 ユージたちはのんびりと旅の疲れを癒すのだった。


 婚約者の親を待つケビンだけは情緒不安定だったが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ケビンさん、今日はどうしましょうか?」


 朝の訓練を終えて、朝食。

 今日の予定をケビンに尋ねるユージ。

 一緒に朝食をとっているのはアリス、リーゼ、コタロー、サロモン、ドニ、シャルル。

 ケビンと専属護衛の二人、それからケビンの婚約者のジゼル。

 10人と1匹である。


 針子のユルシェルは、部屋に引きこもってドレスのお直しに集中していた。

 商会の従業員がテーブルに食事を置くとそのうち消えていることから、いちおう食事はとっているらしい。

 声をかけても無視されるほど集中しているようだが。


「そうですねえ、ただ待つというのも退屈ですし」


「ケビン、今日は市が立つ日よ!」


「ああ、それがありましたか。ジゼル、一緒にどうです?」


「それが行けないのよねー。調整のために何度も着なきゃいけないみたいで」


「そうですか……」


 がっくりと肩を落とすケビン。

 だが。

 市が立つと聞いて、目を輝かせる者たちがいた。

 ユージ、アリス、リーゼ、コタロー。三人と一匹である。


「アリス、アリス行ってみたい!」


「リーゼも!」


 はいはいはーいと右手を挙げて宣言するアリス。

 アリスの隣に座ったリーゼも、現地の言葉で希望を表明する。

 単語数が少なかったためか、ジゼルとアリスの言葉は理解できたらしい。


「ケビンさん、俺も行きたいです!」


「わかりましたよユージさん。じゃあ準備しましょうか」


 子供たちに負けず劣らずのユージの発言に苦笑するケビン。

 どうやら今日の予定は決まったようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ゲガス商会からほど近く、歩いて行ける場所にある広場。

 ケビンとその婚約者によると、決められた日に市が立つのだという。

 きっと二人が、見る目を鍛えるという名目でデートをしていた場所なのだろう。

 広場には、木で枠組みを作り、布で壁と屋根を作った出店が並んでいた。


 先頭を行くのはケビンとユージ、コタロー。

 ユージはカメラ片手にキョロキョロとあたりを見まわしている。完全におのぼりさんである。


 ユージたちの後ろを歩くのは、シャルル、アリス、リーゼの三人。

 迷わないよう、はぐれないようにがっちり肩を組んでいる。

 左プロップにシャルル、フッカーにアリス、右プロップにリーゼの並びであった。

 ……。

 シャルルが一番左で、真ん中にいるアリスの肩に右手をまわしてローブを掴む。

 その逆、右にいるリーゼはアリスの肩に左手をまわしてローブを掴む。

 中央のアリスは二人の腰に手をまわしてシャルルの服と、リーゼのローブを掴んでいた。

 鉄壁のフロントローである。

 ……。

 いや、スクラムを組むはずもラグビーをやるはずもない。そもそも最前列でもない。

 三人は密着して、リズムを合わせて歩いているだけである。


 密着する三人の横にはケビンの専属護衛の二人、最後尾にはサロモンがついていた。

 心にダメージを負っていたシャルルは付いてきたが、体をケガした狼人族のドニは留守番である。

 絶対に離れないようにと言われていたアリスとリーゼはニコニコと満面の笑顔。

 二人の少女とユージに巻き込まれる形にはなったが、シャルルも興味深そうに目を輝かせている。



「うーん、野菜とか果物とか、肉も……あんまりプルミエの街と変わりませんね」


「そうですね、プルミエの街と王都はそれほど離れていませんから。値段や品質はともかく、種類はそうそう変わりませんよ。日用品もケビン商会が取り扱っているものがほとんどですし」


「そうですか……」


 ケビンの説明に、どこかがっかりした表情を見せるユージ。


「ユージさん、では骨董品や遠方からの品が並ぶ区画に行きましょうか」


「そんなエリアがあるんですか! お願いします!」


 落ち込みかけたユージに気を遣ったのか、ケビンが違うエリアへ足を向ける。

 その後ろでは、がっちり肩を組んだ三人の子供たちも目を輝かせていた。

 ちなみに、アリスとリーゼはローブをまとってフードをかぶっている。

 リーゼはそれに加えて耳を隠せるニット帽もかぶっていた。まあこれは王都に入る前からかぶっていたのだが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おお、コレですよコレ! こういう感じの!」


「すごーい! アリス、知らないのがいっぱいある!」


「うわあ、すごい!」


 市の端、雑多なエリアに足を踏み入れた一行はテンションを上げていた。


 何に使うのかわからない怪し気な小物、書物らしき革の表紙、謎の壷、上手いんだか下手なんだかわからない絵画、独特の色使いの布。


 食料品や衣類が並んだ区画と違い、この一画は蚤の市のような様相だった。


「アリスちゃん、シャルルくん、リーゼさん。絶対に手を離さないように。コタローさん、しっかり見ててあげてくださいね」


 あらためて声をかけるケビン。

 雑多な区画は、怪しい人物がいるエリアでもあるということなのだろう。

 それにしても、犬に注意喚起するあたりケビンも慣れたものである。

 ちなみにユージを除いた護衛の大人たちは、言われるまでもなく表情が変わっていた。


 これまでよりもいっそう距離を縮め、密着して歩く一行。

 時々立ち止まってはユージやアリスが品物を見て、店員やケビンが解説する。

 特に危ない目に遭うこともなく、ユージたちは出店を冷やかしていた。


 そして。

 ユージは、ある物を見つける。


「これ……俺が思ってる通りなら……ケビンさん、これは何か聞いてもらえますか?」


「この壷……いえ、中に入った何かの種ですか? ええ、わかりました」


 ユージの要請を受けて店員と話しはじめるケビン。

 どうやら危険を冒して様々な品を船で運んできたものの、これだけが売れ残っていたらしい。

 船が出た場所も産地ではなく、別の場所から運ばれてきた物であったのだという。

 初めて見るほど珍しいので買ってみたが、初めて見るほど珍しいために売れ残っていたそうだ。当たり前である。


 それは、ユージが気づいた通りの物であった。


 すかさずユージは、ケビンに買い占めるよう伝える。

 店員に聞こえないようこっそりと伝えるあたり、ユージも外出慣れしてきたようだ。


 大人が一人で抱えられる程度の小さな壷。

 壷の重さを考えると、中身は5kg程度だろう。


 ケビンは何か知らなかったが、ユージが買い占めたもの。


 それは、米であった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ゲガス商会に帰ってきたユージは、キッチンを借りていた。

 数年ぶりの米。


 ユージは鼻歌まじりで籾殻をとって精米にかかる。

 長く、根気がいる作業を終えたユージ。

 米を研ぎ、炊く。

 大学生の頃にワンダーフォーゲル部に所属していたユージは、野外で米を炊いた経験もあるのだ。

 炊飯器がなくても、火と調理器具はある。

 期待に胸を膨らませながら、ユージはいそいそと、しかし丁寧に米を炊くのだった。


 わざわざ木を削って簡易な箸まで作ったユージ。

 ついに、いっただっきまーす! と声を出して、炊きたての白米を口に入れる。


「ユージ兄、どうしたの? 大丈夫?」


『大変! どこか痛いの? 気持ち悪いの?』


 一口食べたユージは、涙を流していた。


「違うんだアリス、リーゼ。ごめん、ちょっと一人にしてほしい」


 そう言って、ユージは振り返ることなく部屋を飛び出していった。



 ゲガス商会の裏庭、訓練に使っていた場所にユージの姿があった。

 まわりには誰もいない。

 ユージは壁に背中を預けてずるずると座りこみ、立てたヒザの間に頭を入れる。


 ユージは泣いていた。

 いや、嗚咽するほど号泣していた。


 ひさしぶりの米が美味しかったのではない。

 むしろ、米はまずかった。

 ぱさぱさで、硬く、味は薄く、甘みはなく。


 ユージが炊き方を失敗したのではない。

 日本で食べる米は、日本人の好みに合わせて長年品種改良を繰り返した米なのだ。

 現代では、海外産の輸入米ですら一定レベルの味にある。


 ほぼ同じ形。

 それだけに、知っている味とはよけい違いを感じる。


 もう二度と、美味しいご飯を食べることはないかもしれない。


 ユージとて頭では理解していた。

 帰れないかもしれない、と。


 だが。

 この世界の米を食べたことで、ユージは感覚でも理解してしまったのだ。


 グスグスと鼻を鳴らして、子供のように泣きじゃくるユージ。

 と、立てた足に感触を感じる。


 立てたヒザと地面の狭い隙間に頭を突っ込み、ヒザの間に挟まれたユージの顔を下からペロリと舐める存在。


 コタローである。

 一人にしてほしいというユージのリクエストを無視したようだ。

 きっと心配だったのだろう。


「うう、グスッ、コタロー!」


 ヒザの間にコタローを招いて抱きしめるユージ。

 まるで子供である。


 そんなユージの腕を振り払うことなく、コタローはユージに寄り添う。

 そうね、さびしいわよね、わたしもよ、と言うかのように。

 優しい女である。

 犬だが。



 ユージがこの世界に来てから五年目。


 一人と一匹は、体温を確かめるように抱き合うのだった。


 まるで、お互いしかいなかった最初の頃のように。


 元の世界でじゃれあっていたある日のように。


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― 新着の感想 ―
えぇ話やぁ
[一言] 泣いた
[良い点] 心にジーンときました。 米食べて美味しかったより何倍も良かったです。 異世界に行ってニートの自分より何倍も必要とされ、充実した日々を送っていても、やっぱり生まれ育った世界に帰れないというの…
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