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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十三章 エルフ護送隊長ユージは引き続きエルフ護送隊を率いる』

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第一話 ユージ、ゲガス商会に行って滞在中の拠点を確保する

 ユージたちが王都に着いてドニから話を聞いた翌日。

 一行は宿の一室で朝食をとっていた。


「ケビンさん、この後はどうしますか? まずは冒険者ギルドですかね?」


 この後の予定を確かめるユージ。さすが一行のリーダーである。旅の計画自体はケビンに丸投げだったが。


 エルフの少女・リーゼを王都にいる冒険者のエルフに会わせる。

 その目的を達成するため、最初は冒険者ギルドだろうかというユージの質問だった。


「ユージさん、まずはゲガス商会に行きましょう。そこで泊まらせてもらう手筈になっています。ドニさんもシャルルくんも、いま動きまわるよりそこで安静にしていたほうがいいでしょう。あそこなら、客人は安全ですし……客人は」


「ああ、なるほど。じゃあまずはゲガス商会に行って、それから行動ですね。あれ? じゃあ、ケビンさんはもうすぐプロポーズと親への挨拶ですか?」


「そうなんですよ……」


「あ、ケビンさん緊張してます?」


「緊張……いえ、ちょっと違うんですが……」


 救出したアリスの兄・シャルルや狼人族のドニ。二人とも目を覚まして一緒に朝食をとっているものの、心身ともにまだ安定していない。薬師から薬を処方されているが、しばらく安静に、とも言われているのだ。

 まずは安全な宿を確保して、場合によっては二人は宿に置いて行動するつもりのようだ。


 それにしても。

 ようやく想い人に結婚を申し込むにもかかわらず、ケビンは暗い表情であった。

 一方でアリスは目を輝かせている。ユージから耳打ちされたリーゼも。

 そして、針子のユルシェルのテンションは最高にハイってヤツであった。


「ついに、ついに本番ね! ひゃっほう、腕が鳴るわ!」


 拳を突き上げてユルシェルが叫ぶ。

 ケビンに提供された布と、ユージを通して掲示板住人たちやパタンナーがデザインしたドレス。これまで仮縫いなどで他人に着せてはいるが、ようやく贈られる本人が着て最終調整がはじまるのだ。それが終わって初めて「完成」するのである。


「ど、どうしたんですかケビンさん? ひょっとして、失敗する可能性でも?」


 暗い表情のケビン、ニヤニヤと笑みを浮かべる専属護衛の二人。

 さすがのユージも心配になったようだ。


「ユージさん、ゲガスのおやっさんは娘を溺愛しててな。自分の店を持つぐらいの経済力。それから、娘を守りきれる戦闘力がなきゃ嫁にはやらんって公言してるのよ」


 ケビンの専属護衛の一人、アイアスがニヤつきながらユージに答える。


「え? ……つまり?」


「まあケビンさんは自分の店は問題ないだろうな。新商品もあるし。ただ、結婚を申し込んだら戦うことになるだろうなあ……『血塗れゲガス』と」


 もう一人の専属護衛、イアニスもニヤつきながらユージに教える。

 その言葉を聞いて、ケビンは気が重そうにため息を吐く。


「つ、強いんですかね、その人?」


 ユージの疑問に答えたのは、プルミエの街の冒険者ギルドマスター。エルフの少女・リーゼの護衛を名目に旅に同行しているサロモンだった。


「ユージ殿。旅は危険だっただろう? 今回はモンスターには襲われなかったが……。『血塗れゲガス』はな、危険な旅を続けて財を築いたのよ。冒険者を護衛に雇うことなく、商隊を組むこともなく、己の身ひとつで」


「たしかにそう聞くと強そうな……」


「一対一、訓練場や平地なら問題なく俺が勝つだろうな。だが建物の中、旅の途中だったら……正直わからん」


「え!? そ、それはまた……」


 ユージがいままで見てきた中で最強の存在、元1級冒険者のサロモン。

 場所によってはどちらが勝つかわからないという言葉に驚くユージ。

 ユージの横では、アリスがすごーい! と誉め称えていた。

 サロモンの言葉を楽しそうに聞いていたのはアリスだけ。

 一行は哀れみの目でケビンを見るのみだ。


 王都滞在、二日目。

 ユージたちは宿を出て、ゲガス商会を目指すのだった。

 めずらしく暗い顔を見せるケビンとともに。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おお、ケビン! イアニスもよく帰ってきた! おーい、ジゼル! 『万死』のお帰りだぞー」


「はあ。もう、その二つ名は止めてくださいって言ったじゃないですか。『戦う行商人』ですよ」


 王都の門の前の広場から街の中心部へ馬車を進めることしばし。

 ケビンは一軒の店の前で馬車を止める。

 と、店員らしきおっさんが大声で叫んでいた。どうやらケビンの知り合いらしい。


「二日前にアイアスから聞いたぞ! 盗賊団を一つ潰してきたらしいじゃないか! あいかわらずだなー」


 御者席から降りたケビンの肩をばっしばっしと叩く店員のおっさん。貴族との取引もある大店にしてはずいぶん豪快な接客である。

 だが。


「まったくもう、あいかわらずで調子狂いますねえ」


 ケビンはどこかうれしそうだった。先ほどまでの思い詰めた暗い顔が嘘のようだ。


「さて、ユージさん、みなさん。ここがかつて私が修業してきたゲガス商会です。二日前、アイアスを王都まで走らせるついでに連絡させましたから、宿泊の準備もできているでしょう。客人は安全ですから、くつろいでくださいね」


 どこか誇らし気な顔でケビンが告げる。

 それにしても。

 客人は安全であるらしい。客人は。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ユージ、アリス、リーゼ、コタロー、シャルル、ドニ、護衛のサロモンで大部屋を一室。

 ユルシェルは作業もあるということで、小さいながらも一人で一室。

 提供された部屋に、それぞれが荷を下ろしてひと息つく。


 一行を部屋まで案内してくれた女性店員にシャルルとドニの看病を任せ、ユージとアリス、リーゼ、コタロー、サロモン、ユルシェルはふたたび集まってゲガス商会の応接室に向かう。


 ちなみに同行してきた元3級冒険者・斥候のエンゾは、サロモンに命じられて王都の冒険者ギルドに連絡に向かっていた。使いっ走りである。


「それでケビン、王都へはなんの用だ?」


 ケビンと対面しているのは、先ほど店先にいた店員のおっさんである。


「連絡した通り、しばらくの宿と安全を提供してほしいということと……ゲガスさんとジゼルはいますか?」


 ゲガス商会に到着してからは、もう腹もくくったのだろう。

 暗い顔はどこにもなく、目に光をたたえてケビンが問いかける。

 あとどうやら店員のおっさんはゲガスではないらしい。


「おやっさんはどこか行ってるな。またいつ帰ってくるんだか。ジゼルは……ほれ」


 くいっと顎で方向を示す店員のおっさん。だが、その方向はケビンが座っている。

 首を傾げるユージとアリス、リーゼ、ユルシェル。

 しかし、それ以外の面々は気づいていたようだ。


 ソファに座ったケビンの後ろから、頭めがけて振り下ろされた手刀。

 ケビンはあっさりと手でいなす。


「はあ、あいかわらずですねえ……ジゼル」


「ケビンこそあいかわらず! 腕はなまってないみたいね!」


 ケビンの背後には、手刀を防がれたくせにうんうんと偉そうに頷く女性がいた。

 どうやらケビンの専属護衛もサロモンもこっそりと入ってきた女性の存在に気づいていたようだ。気づいてなかったのは女子供ばかりである。あとユージ。

 ケビンとジゼル、二人のやり取りを、コタローは冷ややかな目で見つめていた。ぼうりょくでいちゃつくなんてこどもね、と言わんばかりだ。さすがオトナの女である。犬だが。


「ゲガスさんはいませんか……どうするかな」


「はい、ケビンさん!」


「どうしましたユルシェルさん?」


「最後の調整には時間がかかります! 不在の間に、合わせていてもいいでしょうか!」


「え? うーん……」


「え? なになにケビン、私に贈り物?」


 大きな瞳をキラキラと輝かせるジゼル。どうやら天真爛漫な暴力系であるらしい。難儀である。


「そうなんですけどね……はあ。アイアス、ゲガスさんがいないのを黙ってましたね? いまさらなんでいいですけど。ユルシェルさん、お願いします」


「ひゃっほう! さ、ジゼルさんだっけ? どこかお部屋を借してくれないかしら?」


 大事そうに木箱を抱えて立ち上がる針子のユルシェル。

 あ、じゃあついてきて! とユルシェルに負けないハイテンションで案内をはじめるジゼル。

 危険な香りの組み合わせである。ノリという点で。


「あ、あれ? ケビンさん、言わないんですか?」


「ええ。あれを見ればジゼルは理解すると思いますが……」


 ユージとケビンの会話をニヤニヤと眺める男たち。

 いや、アリスもうれしそうにニヤニヤしている。

 笑っていないのはリーゼだけ。

 前後の雰囲気でなんとなくわかっているようだが、いまのところエルフであるとは明かしていないのだ。

 応接室にワンワンッ、ワンとコタローの鳴き声が響く。ゆーじ、けびんはふたりっきりのときにいうつもりよ、あとでのぞきにいきましょ、と言いたいようだ。出歯亀である。犬なのに。


 ユージが王都に到着してから二日目。

 一行は、安全な宿を確保するのだった。

 いよいよ明日から、本格的に王都で活動をはじめるようだ。


 もっとも、ケビンはおそらく今夜、プロポーズという大仕事が待っているようだが。

 親である『血塗れゲガス』への挨拶という名の戦闘が後まわしになったのは、幸いだったのかもしれない。



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