第十三章 プロローグ
「そんなことが……」
ユージたちが王都に着いた日の夜。
薬師から薬を処方され、安静を命じられたドニ。
寝台で横になりながらも、ドニはアンフォレ村で襲撃を受けた夜のことを話していた。
シャルル、そしてアリスに聞かせるためだ。
「お父さん、お母さん、バジル兄……」
「アリス……」
12才のシャルルと9才のアリス。
まだ幼い二人はたがいに抱き合いながら、ドニの手を握っていた。
シャルルは父と母、兄の最期を見ていたが、アリスは初めて聞いたのだ。
クゥーンと声を上げてコタローが二人に寄り添う。体温を移すかのようにくっついて二人を慰めているつもりのようだ。優しい女である。犬だけど。
コタローに続くように、ユージも二人をそっと抱きしめる。もう大丈夫だと繰り返しながら。
「ユージさん、悲しいですがこれが現実です。殺れる時に殺る。忘れないでください」
わずかにうつむきながら、落ち着いた声でケビンがユージに告げる。
盗賊のアジトを強襲した際、ユージはうずくまった盗賊にトドメをさせなかった。
ユージが稀人で、価値観が違うと知っているケビンは、そこに危うさを感じていたのだろう。
「そうですね、次は……ためらいません」
アリスとシャルル、家族を失った二人の体温を感じながらユージが宣言する。もっとも、実際にはどうなるかわからないが。
ユージと子供たちの足下にいるコタローの目は燃えていた。あくそくざんね、と言わんばかりだ。さすが獣である。
長い話に疲れたのか、ドニは目を閉じていた。
ユージはそんなドニに目を向け、小さな声でケビンに尋ねる。
「ケビンさん、こういう場合はどうなるんですか? 俺がいた場所では、たぶんドニさんも無罪ってわけにはいかないんですけど……」
「おそらく事情を話せば捕まるでしょう。ですがユージさん、盗賊たちは全滅しましたよ? 死人はしゃべれませんからねえ。草をまとっていたわけですから、襲撃を受けて逃げ延びた者たちもドニさんをはっきり見分けられないと思いますし。それに事情が事情ですから、罪に問うのもどうでしょうか」
ぼそぼそと小さな声で話すケビン。ケビンがニッコリと笑顔を見せる。
「脅されてやったのと変わらないわけですけど……でも被害者はいるわけで……うーん」
ケビンの言葉を受けて考え込むユージ。どうやら答えはすぐには出せないようだ。
ユージが持っている知識では、もとの世界でもこういった場合はどうするか、その答えを知らない。ここにはネットも頼れる掲示板もないのだ。
20才から10年引きニートで、社会に出たこともない。ユージが知らないのも当然である。
「あ、そうだケビンさん、こういう傷って治せないんですか? その、目とか、腕とか」
どうやらユージはひとまず判断を保留することにしたようだ。
ドニの今の傷ではなく、過去につけられた傷を治せないかケビンに聞くユージ。
ユージの言葉を聞いて、アリスとシャルルがケビンに目を向ける。
幼い二人も気になっていたようだ。
「おそらく……治せないでしょう。少なくとも私は治す方法を知りません。ユージさん、リーゼちゃんに聞いてみてください」
小さくかぶりを振ってケビンが答える。
さっそくリーゼに声を掛けるユージ。
ちなみに今はケビンが手配した門近くの高級宿の一室。
周囲に人の気配はなく、小さな声であればエルフの言葉をしゃべっても聞こえないだろうと確認済みだ。エンゾとコタローが。
『ケガは治せないわ。でも……』
『リーゼ?』
『忘れさせる薬はあるの。エルフはたくさん生きるから、忘れたいこともあるんだって。でもその薬は、何を忘れるか、どれぐらい忘れるかわからないの』
『それは……』
『家族のことも、自分の名前も忘れちゃうエルフもいたんだって。でも、エルフはみんなたくさん生きるから、それからまた覚えていけばいいって使う人もいるけど……』
リーゼの言葉を聞いて、顔をしかめるユージ。
アリスの兄・シャルルは心に傷を負った。シャルルにその薬を使ってはと考えたユージだが、効果を聞いてためらったようだ。
『だから、使う時はちゃんと考えなきゃダメなの』
『うん。シャルルくんがあんまりキツそうなら、それも考えようか』
そう言って胸に抱いた少年を見るユージ。
ひとまず今はその話を切り出さないようだ。
問題の先送りとも言う。
「なあ、ユージさん、ケビンさん。盗賊のアジトでこのナイフを見つけたんだが……話に出てたナイフってこれじゃねえか? アリスちゃんたちの母親から物々交換で譲り受けたっていう」
ガサゴソと荷物をあさっていた元3級冒険者の斥候・エンゾがナイフを見せる。
エンゾから受け取ってじっくりとナイフを見るケビン。商品の目利きは本職である。
「たしかに高級品ですね。それに……ここ。潰されていますが、おそらく紋章があったのでしょう。元は貴族のものだと……」
静かな部屋にケビンの声が響く。
狩人のドニが、動物の毛皮と交換したアリスの母のナイフ。
高級品だとドニが見抜いた通り、そのナイフは高価なものであるようだ。
ケビンの言葉を聞いたアリスも、シャルルも。そしてユージも目を丸くしていた。
お父さんとお母さんはかけおちだから、家族はみんなだけなのよって言ってた! とアリスから聞いていたユージ。
それを聞いて、いいとこのお嬢さんだったのかもな、などと思っていたユージは物証を得てしまったようだ。
「えっと……」
「とはいえこれではどの家か探しようがありません。跡継ぎや第二子ならともかく、第三子以降となると情報が出てこないことも多いですし……」
「そ、そうですか」
「ただ、ここは王都です。それぞれの領地から王都へやってくることも多いんですよ。ひょっとしたら血縁者も……まあこちらからは調べようがないですし、手の打ちようがないですね」
そう言って首を振るケビン。
それにしても。
エルフの少女・リーゼを、王都にいるエルフの冒険者に会わせて里に帰す。
ユージたちはぶじに王都に着いたものの、まだまだすんなりとはいかなさそうである。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「おーい、ブレーズさん! た、大変だー!」
開拓団長のユージ不在のホウジョウ村。
副村長として村を仕切る元3級冒険者のリーダー・ブレーズの下に、一人の男が駆けてきた。
開拓地側から道造りに励んでいるはずの木こりの大男である。
「ああ? どうした?」
「そ、その、木を伐ってたら、いきなり! エ、エエ、エルフがいて! その、それで、俺たちに話しかけてきて!」
「は? エルフ?」
「そ、それで、ここにエルフの少女がいるだろ? って!」
「ああん? 言葉が通じるのか? まあいい、とりあえず案内してくれ」
木こりの言葉に疑問を覚えながらも、開拓地の外に向かうブレーズ。
ユージはそのエルフの少女・リーゼとエルフを会わせるために王都に向かった。
とうぜん、開拓地にはエルフの少女もいない。
面倒なことにならなきゃいいが、と呟きながらブレーズは足を進める。
ユージ不在の開拓地。
道造り、家の建築、開拓、農作業、服飾。
順調に開拓が進む中、とつぜん現れた来訪者。
14人の開拓民と出張組の職人が働くホウジョウ村開拓地は、ユージ不在の期間に何事もなく、とはいかないようだった。
ちょっと短いですが、プロローグですので。
本編で触れる時にあっさりしたかったので、前の閑話でした。





