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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 9

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閑話の閑話 ちょっと未来のある掲示板住人のお話

物語は5月頃ですので、半年ちょっと先のことになります。

時系列が飛びますが、本編とはもはや関係ない「閑話の閑話」で、元日ですので…

ご容赦ください!

 元日、1月1日。

 おせちやお雑煮、正月料理を食べてダラダラと特番を見る。

 人によっては初売りや初詣に行く人もいるだろう。

 あるいは親戚に来襲されることがあるかもしれない。


 男にとって、お正月は特別な日ではなかった。深夜番組は面白がっていたが。

 しかし。

 今年は違うようだ。

 精一杯のオシャレをして、男は待ち合わせ場所の宇都宮駅にいた。

 元日に外出するなんて、小学生の頃に家族に連れられて以来のことである。


「文也くん、お待たせ! 明けましておめでとう!」


「文也おにーちゃん、あけましておめでとうございます!」


「加奈子さん、ひなちゃんも。明けましておめでとうございます。はは、明けましておめでとうなんて何年ぶりに言っただろ」


 待ち合わせ場所に現れたのは、一人の女性と女の子であった。

 あと外出しなくても家族には言って当然なのだが。仕方あるまい。男は引きニートだったのだ。


「遅くなってゴメンねー。初売りが予想以上に混んじゃって」


 そう言って男に謝る女性。男を待たせて初売りセールに参戦していたわけではない。全国チェーンの店舗で朝からお昼過ぎまで働き、娘を拾ってから待ち合わせ場所に来たのだ。タフな女である。


 女性もその娘も、晴れ着姿ではないようだった。もちろん男もである。

 ちなみに男と女は、何度かデートしているものの付き合っていない。

 デートもまだピュアなもの。

 それどころか、そもそも告白もしていない。

 チキンである。


「じゃあ行こうか!」


「ママ、手! 文也おにーちゃんも!」


「お、おう」


 9才の女の子は、手袋をした手を二人に差し出す。女の子を中心に、右に男、左に女。

 三人で手を繋ぎ、女の車に向かう。


 元日。

 男にとって十数年ぶりの初詣である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「さすがに混んでるわねー。ひなこ、はぐれないようにね!」


「はーい、ママ! 文也おにーちゃん、もっと近づいて!」


「お、おう」


 JR宇都宮駅を西に。車で移動した時間よりも、空いている駐車場を探すほうが時間がかかるほどの距離。

 市街地にとつぜん現れる鳥居の前、人ごみを目にして女が声をかける。

 間に挟まれた女の子が、ぐっと二人の手を引っ張った。まるで二人の距離を縮めるかのように。


「文也くん、だいじょうぶ?」


 心配そうに男の顔を覗き込む女。近い。

 間にいた女の子は、上を見上げてその様子をニヤニヤと眺めている。最近の九歳児は恐ろしいものだ。


「は、はい」


「あ、ひさしぶりの敬語。無理そうなら言ってね。でも文也くん、ほら、誰も文也くんを気にしてないでしょ?」


「……そうですね」


 女の笑顔を間近で見て、男は顔を赤らめていた。中学生か。


 外を出歩くようになり、働きはじめ、時に女と買い物やランチ、デートをしてきた男。人目はそれほど気にならなくなっていたものの、ここまでの人ごみは初めてだ。

 ゴクリと唾を飲み込む。

 勇気づけるように、女の子が手をぎゅっと強く握る。できた子である。


「よし。行きましょう!」


 女の子のアクションに気づいたのか、それとも想い人の笑顔に励まされたのか。

 男は人ごみに向けて足を踏み出す。


 遠藤文也、26才。

 洋服組A、十数年ぶりの初詣である。

 そして、人生初の初詣デートである。こぶ付きだが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ひなちゃん、階段に気をつけて」


「はーい文也おにーちゃん!」


「ふふっ。あ、文也くん。神様になんてお祈りしたの?」


「えっ、あ、その……秘密です」


 人波に揉まれながら初詣を終え、長い石段を降りていく三人。

 距離感はまだちょっと遠いものの、まるで家族のようだ。パパ役はおにーちゃんなどと呼ばれていたが。


「ひなも秘密なの! ママー、ひなあそこでぜんざい(・・・・)が食べたいなあ」


 男と女と両手を繋ぎ、ニンマリと女の子が笑う。何かを企んでいる顔である。セリフは棒読みであった。

 まだ9才、小学校4年生の少女は、オトナの女にはほど遠い大根役者のようだ。


「うん? どうしたのひなこ?」


「ぜんざいかあ、いいね! ちょっと体が冷えちゃったし」


 そう言いながら参道に出店している茶屋に向かう三人。

 そして。


「ああー、おばあちゃんだー、すっごいぐうぜん! ぐうぜんだねママ!」


 棒読みアゲインである。

 少女が向かったぜんざい屋の前で、女の子の祖母が手を振っていた。


「あ……ホントだ」


「え? ……えっ?」


 とたんに挙動不審になる男。当たり前だ。想い人の母、突然の登場なのだ。動揺しない男はいないだろう。


 あわあわしながらも、女のサポートによりなんとか挨拶をこなす男。

 男は借りてきた猫状態のまま、仮設テントの中の席に座って大人しくぜんざいを食べる。

 そして、店を出るタイミングで。


「ママ、ひなこはおばあちゃんと帰るから! ママはまだ帰らなくていいよ!」


「え? ひなこ?」


「さあひなこちゃん、ばあばと家で遊びましょうねー。そうだ、せっかくだから今日はご馳走食べようか!」


「え? ちょっと、母さん?」


「わーい! ひなこね、ピザがいい! ママ、今日は遅くなってもいいからね! ひなこ、冬休みで学校はお休みなんだから!」


 少女の言葉に動揺する女を置いて、手を繋いだ少女と老婆はスタスタと歩いていく。じゃあね、と爽やかな挨拶を残して。

 立ち去る二人は、よく似た笑顔でニンマリと笑っていた。どうやら事前に決められていた作戦だったようだ。

 だがなぜ少女は明日の予定を告げたのか。最近の九歳児はちょっと下世話な気遣いもできるようだ。


「えっと……加奈子さん、どうしましょう」


「ひなこったらもう。まあせっかくだし、二人でご飯でも食べに行こうか!」


 14時すぎに合流して、混雑の中ゆっくり初詣。いまの時刻は夕方である。

 男が想像していなかった少女のアシスト。

 男は、さっそく初詣で宣言したことを叶えるチャンスを得るのだった。ご利益ありすぎである。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 JR宇都宮駅から東に向かい、とある高校の前にあるレストラン。

 レンガ風の内壁がオシャレな店内に、二人の姿があった。


「美味しかったー。なんかひさしぶりに満足しちゃった!」


 うっとりとした表情で満足げに言う女。ハートマークが付きそうな勢いだが、この女、33才である。いや、幾つになっても女性は「女子」なのだ。きっと。


「ホントおいしかったです。こんなの初めて食べましたよ」


 オシャレな店に最初こそ緊張していた男だが、料理が出てくると夢中になっていた。

 落ち着く空間と美味しい料理は人を没頭させるものだ。それでも自然と会話ができていたのは、女のコミュ力がなせる業かもしれない。


「そう? ふふっ、紹介したほうとしてはうれしいな」


 そう言って微笑む女。色っぽい微笑に思わずドキッとする男。ちなみに二人ともしらふである。


 食後の余韻とコーヒーを楽しむ二人だが、次第に男の挙動が怪しくなってくる。

 雰囲気で何かを察したのか、女は無言。


 何度も口を開きかけ、そのたびにコーヒーに手を伸ばす男。

 同じ動作が繰り返されることしばし。

 ようやく男が話しはじめる。


「加奈子さん……俺、加奈子さんに出会えてよかったです」


「え? どうしたの、急に?」


「俺、自分に自信がなくて……外に出られるようになったし、バイトをはじめましたけど、やっぱり周りの目が気になってたんです」


 何かの決意を感じ取ったのか、女は相づちを打つのみ。ただ男が語るに任せている。


「でも、加奈子さんとアウトレットに行って、いろいろ選んでもらって。二人で遊んで、ひなちゃんと一緒に遊んで。ちょっとずつ自信がついてきました。一年前は、混むのがわかってる初詣に行くなんて考えもしなかったです」


「敬語……うん、いまはいっか。そっか、ちょっとでも役に立てたならうれしいよ」


「加奈子さんのおかげで、女性と話すこともできるようになりました。でも、そしたらこれから先のことをいろいろ考えちゃって……」


 手元のコーヒーカップを見つめて話す男。

 精一杯の勇気を振り絞っているが、この内容を見つめながら話すことはできなかったようだ。

 握りしめられたコーヒーカップ。黒い水面がわずかに波立つ。


「加奈子さん、俺、春から高校に通うことにしたんです。定時制ですけど……」


「え?」


「高校は退学してるから、俺、中卒なんです。いつまでもバイトじゃいられないけど、他の所で働こうにも中卒じゃキツイと思って……バイトで学費を稼ぎながら、近くの定時制に通うことにしたんです」


「すごいじゃない! すごい進歩だね!」


 うれしそうな笑顔を見せる女。できた女である。


「それじゃなかなか会えなくなるね……でもがんばって! 私、応援するから!」


「ありがとうございます。それで、その……」


 ここまできて言い淀む男。

 ぎゅっと目をつぶり、一つ大きな息を吐く。

 意を決したように、男がふたたび口を開く。


「加奈子さん。その、もしよかったら、俺と付き合ってください」


「え?」


「加奈子さん、好きです。初めて、女の人を好きになりました」


 男の顔は上がらない。ずっとコーヒーカップを見つめたまま。

 アドバイスは受けていた。目を見て言うようにと。だが、そのハードルは高かったようだ。


「文也くん……うれしいけど、私、文也くんより7つも年上だよ?」


「はい」


「それに、ひなこもいるんだよ?」


「はい」


「私……文也くんが卒業する頃には、37だよ?」


「はい。だから、いま言いました。なかなか会えなくなるかもしれないし……その、卒業したら、いや、卒業して、仕事が決まったら」


「文也くん、できればその先はいま言わないで。期待しちゃうから」


「……え?」


 男の言葉を遮った女。

 その内容が入ってきたのか、うつむいていた男が女を見る。


「私も、文也くんが好きです。33才のおばさんでよかったら、付き合ってください」


「おばさんなんてそんな! 加奈子さんは美人だしオシャレだし若いし優しいし、それに」


「ふふっ、ありがとう」


 女は、あわてふためく男の手を、包み込むようにそっと握る。


「今年からよろしく、私の彼氏さん。あ! 初詣のお祈りって、ひょっとして……?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべ、男の顔を覗き込む女。

 その言葉と笑顔、手を繋がれたことで男は赤面していた。どうやら図星だったようだ。


「い、いや、その、えっと……」



 元日。

 1月1日は、なけなしの勇気を振り絞った男にとって忘れられない一日になるのだった。


 ちなみに、このあと二人はそれぞれの家に帰っている。朝帰りはしなかったようだ。

 心の準備が必要な男にとっては幸いである。童貞なので。



※下見不足です。初詣、あそこに行ったことないんですよ…

 感想にて宇都宮の小洒落たレストランの情報ありがとうございました!

 教えていただいた「トラットリア」ではないかもしれませんが…

※このレストランが元日にやっているかは不明です!

 やっていないと思いますが…架空のレストランですしね!

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[一言] ようふくぐみAはうかれている!
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