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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 9

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閑話12-12 ジョージ、ルイスを連れて日本に行く

副題の「12-12」は、この閑話が第十二章 十二話終了ごろぐらいという意味です。

ご注意ください。

「もしもーし。あ、恵美? うん。え? まだ生まれてないって! 予定日はあと二ヶ月先だから!」


 アメリカ、ロサンゼルス。

 ユージの妹・サクラに一本の電話がかかってきていた。

 宇都宮在住の友人・恵美からの電話である。


「うん、ジョージとルイスくんがそっちに行ったから。一週間行くだけなのに、まだ生まれないよね、何かあったらママに電話するんだよって。ホントはまだギリギリ飛行機乗れたんだけど、ジョージに止められちゃってさ」


 そう言って残念がるサクラ。

 安定期に入っているため、サクラが飛行機で日本に行くことは可能。航空会社次第だが、医師の診断書と同意書があれば搭乗することはできる。だが、どうやらジョージが認めなかったようだ。


「そうだね、うん。ジョージたちは郡司さんのところに行くし、何かあったら恵美にも連絡するから。じゃあいろいろよろしくねー」


 サクラはあっさりと電話を切る。女同士だが、二人とも長電話はしないようだ。まあ恵美に家庭があるからかもしれないが。


「ジョージは日本に着いた頃かなー。何もなきゃいいけど……」


 ボソリと呟くサクラ。

 ちなみに事件や事故を心配しているのではない。いや、ちょっとは心配しているが。

 それよりも、夫であるジョージと友人のルイス、謎のはっちゃけっぷりを心配しているのだ。

 だがそんなサクラの心配もむなしく、二人のアメリカ人オタクは日本で大騒ぎするのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



『やっと日本だ!』


『はしゃぎすぎだよルイス。さて、迎えに来るって言ってたけど……』


 ロサンゼルスから成田まで、直行便でおよそ12時間。

 長い空の旅を終えてようやく成田空港に降り立った二人のアメリカ人男性がいた。

 サクラの夫・ジョージとその友人のルイスである。


 ジョージの荷物は大きなリュックのみ。財布やパスポートといった貴重品のほかは、着替えとノートパソコンしか入っていない。身軽なものである。

 一方で、なぜかルイスは大型のスーツケースをゴロゴロ引っ張っていた。中身はジョージ同様に着替えとノートパソコン、それからデジタルカメラ程度。スーツケースは空きスペースだらけであった。


『あ、ジョージ、ほらあそこ、郡司さんだ! おーい!』


『ああホントだ。無事に合流できたね』


 ルイスが指差した先にいたのは、スーツ姿の男。その背にはリュックを背負っている。

 郡司である。

 スーツにリュックだが、空港ではそれほど場違いではない。

 その隣には、郡司とコンビを組んでいる弁護士が手配した通訳の男。キャンプオフでさんざん翻訳に悩んだ哀れな通訳である。


『郡司さん、おひさしぶりです』


『まずはウツノミヤだね! 仕事はさっさと片付けちゃおう! その後はユージさんの家のまわりを見て、それからアキハバラだ!』


 ジョージは遊びに来たわけではない。サクラの代理として日本に来たのである。

 便乗したルイスはほとんど遊びに来たようなものだが。


 ともあれ。

 郡司や通訳と合流した二人は、車に乗せられて宇都宮へと向かうのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



『サクラは可能であれば周辺の土地を購入するつもりです。近所の人に迷惑はかけたくないそうです』


 宇都宮市、郡司法律事務所。

 その応接スペースにジョージとルイスの姿があった。

 同席しているのは弁護士である郡司と通訳、そしてクールなニートである。


「ええ、その方向で動いています。現状は北条家の土地を農地として貸している状態ですから、すぐには難しいかもしれませんが……」


『郡司さん、お金払ってでもできるだけ早く押さえたほうがいいよ! この話が放映されたらぜったい人がたくさん来るから! そんなのんびりしてる場合じゃないんだって! 契約? 違約金を払ってでもすぐに!』


 郡司の言葉が通訳されると、ルイスが早口でまくしたてる。通訳泣かせである。

 どうやら順序通りきっちりと手続きを進める郡司の対応にリスクを感じたようだ。


 ユージの話がドキュメントとして放送されるのは冬あたり。

 放送されてしまえば、研究者やファンタジー愛好家たちが真偽を確かめるため、あるいは異世界に行くためこぞって押し掛けるだろう。そう思っての発言である。


「郡司さん、北条家の土地も周辺も農地ですよね? 転用は難しいかもしれませんが……農地のままでも、侵入防止の柵や警備体制を敷いても怒られはしないでしょう。ルイスさんが言うように、転用の手続きは後にしてでもとにかく押さえましょう」


 ルイスの発言を後押しするようにクールなニートが郡司に告げる。

 北条家が貸している土地を返してもらい、農地から転用する。郡司は二つのことに関して各所への相談と手続きを同時に進めていたのだ。

 本来であればそれでも問題ない。

 だが、郡司が想像しているよりもはるかにコトは大きいのである。


「そこまでですか……わかりました。よけいにお金がかかるとしても、スピードを優先させましょう」


 郡司、ようやく事態の大きさに気づいたようだ。

 いかに名作ファンタジーを読み込んでいるとはいえ、異世界を夢見る人々のバイタリティを舐めていたようだ。

 北条家の代理人という立場を利用して、北条家跡地に泊まり込んでいた自分の言動を振り返ってほしいものである。



『土地を押さえて農地じゃなくなったとして、何にするつもりなんだい? 家があった場所はそのままにしておいてほしいってサクラが言ってたけど』


『当たり前じゃないかジョージ! ユージさんはあの場所から異世界に行ったんだ! そのままにしておかなきゃ異世界に行けないかもしれないじゃないか! ユージさんが同じ場所に帰ってくるかもしれないしさ。あそこをイジるなんてとんでもない! あそここそ聖地なんだよ!』


 ジョージの言葉を受けて熱く語るルイス。ちなみにこの男、部外者である。

 北条家の代理人で弁護士の郡司、ユージの権利を管理する会社とユージの意向を受けたNPOの中心人物のクールなニート、サクラの夫のジョージ、それから通訳。

 ルイスは映像製作のスタッフではあるが、プロデューサーから何を託されているわけでもない。

 ルイスだけ、ただ同席している部外者であった。


「ええ、家の跡地に手をつけるつもりはありません。周辺をどうするかですね。観測所と警備員用の詰め所は必要として……ユージの意向も聞いてみましょう」


『まだ決まってないんだ! じゃ、じゃあぜったいボクも入れるようにしてほしい! 入場料とか取ればいいんじゃないかな? こう、テーマパークみたいにさ!』


「なるほど、それなら維持費も稼げるか……テーマパーク、公園、キャンプ場? そうか、それならオフ会も……」


 通訳を介してクールなニートとルイスが会話する。

 途中からクールなニートはブツブツと独り言を呟いていた。危ない男である。いや、危なくない。考え事をしている時に独り言がでるのは当たり前のことなのだ。おかしくはないのだ。


『帰ったらサクラにも聞いておきます。さて! じゃあ現地に行きましょうか! ルイスが映像化の前に見ておきたいって言ってたんですよ。今日はそれで終わりで……明日からアキハバラです!』


 そう言って立ち上がるジョージ。ルイスも勢いよく立ち上がる。

 どうやらこの二人、土地についての打ち合わせと下見を名目に、観光目的で日本に来ていたようだ。

 ルイスの大型スーツケースの中身がほとんど空だったのは、買い物のためなのだろう。


「ジョージさん、ルイスさん、同行しますよ。案内役は現地合流です」


 クールなニートも立ち上がる。どうやら掲示板住人の何人かも同行するらしい。


「私も……」


「郡司先生、一刻も早く土地のことをお願いしますね」


 発言しようとした郡司の言葉を遮るクールなニート。非情な男である。


 郡司のアキハバラデビューはお預けになったようだ。

 書籍の名作ファンタジーが好きで、異世界に憧れる。郡司にそのレベルでいてもらうためにはそのほうがいいのかもしれない。もし目覚めてしまったら、郡司はきっとスーツにリュックでアキハバラにもコミケにも行くことだろう。場違いである。いや、アキハバラなら場違いではないが。


 期待に胸を膨らませるジョージとルイス。

 付き添いとしてまずは北条家跡地に向かうクールなニート、通訳、そしてNPOにいた掲示板住人たち。

 盛り上がる一行をよそに、置いていかれた郡司はわずかにうなだれていた。



 ともあれ。

 これを機に、北条家周辺の土地を押さえる動きは加速するのであった。

 なんとしてでも放送前に、そして俺たちが気軽に入れる場所へ。

 関係者の思いは一つである。



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