第十二章 エピローグ
「ケビンさん、この後はどんな予定ですか? ゲガス商会に行くんでしょうか?」
「今日はこの門の近くの宿で一泊します。このあたりは商人や冒険者、旅人が利用する店や宿が多く、腕のいい薬師もいるんですよ。ゲガス商会に行くにはいろいろ準備もありますしね」
プルミエの街から旅を続け、ようやく王都にたどり着いたユージたち。さっそくユージがケビンに今日の予定を確認する。
どうやら今日は王都に入ってすぐ、門前の広場付近で宿を取るようだ。
目覚めたものの、いまだ馬車の荷台で横になっている狼人族のドニとアリスの兄・シャルルを気づかってのことである。
ケビンの言葉に同意するかのように、ワンッと威勢よく吠えるコタロー。そうね、むりしちゃだめよ、と言いたいようだ。優しい女である。犬だが。
「まあ宿も薬師も少し割高ですが、ここでケチってもしょうがないですからね。報奨金も入ったことですし」
「あ、そっか。じゃあドニさんとシャルルくんの薬代は俺の分から引いておいてください」
「ユージさん、気にすんな! 分ける前の報奨金から薬代を引いて、そのあと山分けしてくれりゃいいからよ! そいつのおかげでアジトの場所がわかったんだしな」
馬車の横を歩いていた元3級冒険者の斥候・エンゾがユージに声をかける。
エンゾは上機嫌であった。どうやら思った以上に報奨金が高く、取り分もそこそこになると計算したらしい。イヴォンヌちゃんにお土産買わなきゃ、と鼻歌まじりだ。射止められたのが不思議なほどのカモ気質である。
会話に興じる大人たちを他所に、アリス、シャルル、リーゼの子供組はポカンと口を開けていた。
6メートルもの石壁、王都に足を踏み入れてからの人と建物の多さ。田舎育ちで初の大都会にやってきたおのぼりさんたちは驚きっぱなしのようだ。
プルミエの街に初めて行った時はユージも驚いていたが、元は現代日本で育った文明人である。地球にはいない人種に見慣れてしまえば、人や建物の多さに驚くことはない。それでもカメラはまわしていたが。
いや、驚いているのは子供たちだけではなかった。
馬車の荷台から前方の御者席側に身を乗り出し、ふおおおお! と叫ぶ一人の女性がいた。針子のユルシェルである。
雇用主のケビンが結婚を申し込む女性に贈るドレスを最終調整する、という名目で旅に同行していたユルシェル。製作者としてのドレス調整もさることながら、王都で最新のトレンドを知るというのも彼女の目的のひとつであった。
通行人の服を目にしては奇声をあげ、手元の粗末な紙に何やら書き込んでいる。旅の途中は大人しくしていたものの、ここにきてテンションが振り切れている。危ない女である。
「ユージさん、ここが今日の宿です。まずは薬師を手配して二人を見てもらう。それ次第ですが、旅の疲れを癒して明日から行動しましょう」
そう話しながらケビンが馬車を止める。
ユージたちの目に入ったのは、石造りで五階建ての大きな建物である。
「え? ケビンさん、なんかずいぶん立派な建物ですけど……」
「ええ、この辺りでは一番の宿です。少々値は張りますがその分安全ですし、薬師を呼んでも安宿だと舐められますからね。それにここには……お風呂もあるんですよ」
「マジか!」
「やったねユージ兄! シャルル兄、お風呂だって!」
「アリスちゃん、一緒に」
「……おふろ?」
ケビンの言葉に喜びを表すユージ、アリス、リーゼ。アリスの兄・シャルルは風呂を知らないようで、よくわかっていない顔である。
ユージがこの世界に来てから五年目の春。
プルミエの街から七日間の旅を経て、ついに異世界の大都会、王都・リヴィエールにたどり着いたユージ。
どうやらユージは、この世界では自宅以外で初の風呂に入ることになるようだった。
それにしても、ユージのまわりに着々と子供が増え、年頃の女性はいつまで経っても増えない。保父か。
34才のユージは、まだまだ独身を貫くことになりそうだ。
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「ユージさんはいまごろ王都に着いたかねえ」
「ふふっ、ブレーズったら最近そればっかり。ほらほら、ぼーっとしてないで働く働く!」
ユージ不在の開拓地・ホウジョウ村。
開拓団長で防衛団長で村長のユージがいなくても、開拓は進んでいく。
開拓の指揮をとるのは元3級冒険者『深緑の風』のリーダー・ブレーズ。いまの役職はホウジョウ村の副村長である。
妻である弓士のセリーヌとともに自宅を出るブレーズ。
そう。
開拓村に建てられた二軒の家族用住居は、獣人一家と副村長のブレーズ夫妻に提供されたのだ。
ユージたちが出発して以降、さらに二棟の家の建築が進められていた。速度を優先して、ほかの家族用住居と同様に内装は手をつけず、まずはガワを進めている。
次の二軒のうち一軒には『深緑の風』の盾役・ドミニクと元奴隷の夫妻の入居が予定されている。
状況次第だが、残りの一軒は針子夫妻、もしくは『深緑の風』の斥候・エンゾと身請け予定のイヴォンヌちゃんが入居する予定だ。
帰ってくる頃にはもう一軒ぐらいできてるんじゃね? という副村長の判断で、ひとまずもう一軒の入居者は未定である。
「ブレーズさん! おはようございます!」
「おう、おはよう。今日の探索組は誰だっけ?」
家を出たブレーズを迎えるのは、第二次開拓団としてホウジョウ村にやってきた5人の元冒険者たち。全員男である。むさい。
全員独身という女っけのない集団だった彼らはノリノリで開拓に励んでいる。なにしろここには、同じタイミングで針子見習いとして三人の女性がやってきたのだ。そのうえ、妻帯者には優先的に住居が提供されている。気合いが入るのも当然である。
出張で来ている鍛冶師と元冒険者の男、針子見習いでチームを組んで出かける探索はいまも続けられていた。有用なものを探すためという名目は活きているが、いまはほとんど息抜きとして活用されている。
ちなみにまだカップルは成立していない。ただ、そろそろ玉砕は出そうである。
着々と進む建築、人が増えてスピードが上がった開墾と農作業、腕を上げる針子見習い、徐々に動き始めた缶詰工場建設計画。
第二次開拓団を迎え入れ、ユージたちが旅に出た開拓地・ホウジョウ村。
14人の開拓民と出張で来ている職人組は、順調に開拓を進めているようだった。
開拓団長がいなくても。





