第十三話 ユージ、旅の七日目に王都に到着する
プルミエの街から王都への旅、その七日目。
春の陽射しが照らす中、一台の馬車が道を進む。
エルフの少女・リーゼを王都へ護送し、王都を拠点にしているエルフの冒険者と会うために旅をしているユージたちである。
開拓地からユージ、アリス、リーゼ、コタロー、元3級冒険者で斥候のエンゾ、針子のユルシェル。
ケビン、ケビンの専属護衛の二人。
エルフの少女の護衛役として、プルミエの街の冒険者ギルドマスターのサロモン。
そして、盗賊から救出したアリスの兄・シャルルと狼人族のドニ。
総勢11人と一匹の団体である。
馬車に先行するのはケビンの専属護衛のイアニスと斥候のエンゾ。
最後の宿場町から王都まで早駆けで往復したもう一人の専属護衛・アイアスはゆっくりと馬車の横を進んでいる。馬は替えており、顔にも出ていないが、本人の疲れを考慮してのことだろう。
幌馬車の御者席にはケビンとユージ。
荷台には横になったシャルルとドニの二人のほか、アリスとリーゼ、ユルシェルが狭いスペースで密着していた。シャルルとドニは目を覚ましているが、大事をとって横になっているようだ。
一行の殿にはサロモン。エルフの護衛として、さらうには最も狙われやすい馬車の後部を守っている。
コタローは馬車の前や後ろ、時おり道を外れて平野部を駆けたりとのびのび動きまわっている。縛られたくない女であるようだ。犬なのに。
一行の前方には、すでに王都の石壁が見えていた。
王都までの旅、その最後の行程である。
「いろいろありましたけど、みんな無事にたどり着きそうですね。シャルルくんもドニさんも大丈夫そうですし……」
「ええ。二人とも身体は大丈夫そうです。ユージさん、しっかり心を支えてあげてください。二人だけじゃなく、アリスちゃんもリーゼちゃんもですよ。私はどうもそういったことが苦手なようで」
御者席に座るケビン、そしてユージが小声で会話を交わす。
たしかにユージの言う通り、最初からともに旅に出たメンバーは無傷。途中で助け出した二人の容態も安定している。
この先に見えている王都まで、無事にたどり着くことだろう。
しかしケビンが言うように、心のケアは必要だ。
ドニが心配していたシャルルはいまのところ落ち着いている。だが盗賊との生活では、ぼんやりと言われた通りに動くだけであったらしい。事が心の問題なだけに、いつぶり返してもおかしくはない。
アリスは三年半離ればなれになっていた兄のシャルルと再会できたものの、同時に両親ともう一人の兄を助けられなかったことを知った。
兄に会えた喜びと、一人でも幸せになるようにと教えられていたことを受け、いまは気丈に振る舞っている。これが異世界の価値観だとしても、9才の少女なのだ。不安定になってもおかしくはないだろう。
エルフの里に帰ったらもう二度と会えなくなるから、と言って一緒に旅することを望んだリーゼ。王都への旅は本日で終わり、あとは王都を拠点にしている王都の冒険者と合流するだけ。それからの話によっては、ここでお別れとなることもあり得るのだ。
アリスとユージ、コタローに懐いている12才の少女。今生の別れを前に、不安定になってもおかしくはないだろう。この世界に今生や来世の考え方があるのかは不明だが。
旅の七日目、最終日。
それぞれの思いを抱えながら、馬車は進んでいくのだった。
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「間近で見るとすごいですね……」
「うわあ! おっきいね! すごいねユージ兄、シャルル兄!」
「これが王都……」
『ニンゲンってすごいのね……』
開拓地を出発し、プルミエの街を経由してようやくたどり着いた王都。
その入り口が近づくと、石壁の迫力に思わずユージたちが声をあげる。
ユージやアリスに加え、心身に不安があったシャルルや、エルフの言葉を話さないようにと言われていたリーゼも言葉を漏らす。
ユージはすでに右手にカメラを構え、安定のために肩に重量を預ける部品も取り付けている。温存していたバッテリーの消費を厭わず、動画モードでの撮影である。
ぐるりと王都を囲む石壁の高さは6メートルほど。
ケビンの話によると三箇所に陸路用の門が、一箇所に水路用の港があるらしい。
ユージたちがたどり着いた門の前には徒歩の旅人や近隣の農民らしき人の姿と、馬車や荷車、背負子を背負った商人の姿が見える。
それぞれ行列を作って街に入るチェックを受けているようだ。
「ユージさん、リーゼさんに伝えてください。これ以降はエルフの言葉を話さないようにと」
御者席に座るケビンがユージに告げる。
リーゼの身を守るためには、エルフと知られないほうがいい。同意したユージはリーゼに伝える。少し残念そうな表情を見せながらもリーゼは頷いていた。
商人用の列に並ぶ一行。
御者席に座るユージの耳に、いくつかの言葉が飛び込んでくる。
「あの旗、ゲガス商会だろ? 誰が帰ってきたんだ?」
「おいおいおい、御者も護衛もマントしてないぞ」
「オレ、さっき出発したヤツらから聞いた。泥鼠を潰したんだってよ。王都にも草がいたそうだ」
「さすが『血塗れ』の弟子たち! で、誰だ? また『血塗れ』か? それとも『二射一点』あたりか?」
「『戦う行商人』じゃねーか! やべえぞ、目え合わすな!」
ユージたちの前に並んでいた商人の列が道を開けていく。まるで、どうぞお通りくださいと道を譲っているかのように。
「はあ……だからこの手は使いたくなかったんですよね……」
ため息を吐きつつケビンが馬車を進める。
ケビンは肩を落としているが、専属護衛の二人は誇らし気に胸を張っていた。
アリスはもちろん、ユージもキラキラした目でそんな三人を見つめていた。
「『戦う行商人』? ほかと比べたら穏便な名前だな」
「バカ、知らねえのか。二つ名が気に入らないって肉体言語で変えさせたんだぞ! もともとは、日用品でもそこらの石でも、万を武器にして敵に等しく死を与える『万死』のケビ……ヒッ! いえなんでもないです」
「すいませんすいません、どうぞお通りください」
商人や行商人、物知りな農民たちの言葉が耳に入ったのか、チラッとケビンが目を向ける。と、ズザザッとさらに道が開く。
ポカンと口を開けるユージとアリス。
コタローは満足げにワンッと一つ鳴く。やるじゃないけびん、と誉め称えているようだ。
「はあ……若気の至りです」
小さくぼやいて、ケビンがさらに馬車を進める。
行列をすっ飛ばし、ユージたちは無事に門衛の下へたどり着くのだった。
おそらく前日にケビンの専属護衛が話をしていたのだろう。
ユージがプルミエの街の領主から預かっていた印章と書類、それぞれの住人証明、積み荷を軽くチェックされただけで、一行はあっさり王都へ入ることを許された。
確認がとれたのか、ケビンは少なくない報奨金を受け取っていた。
門から続く石壁のトンネルを潜る一行。どうやら石壁は高さだけではなく、厚さもあるようだ。
薄暗いトンネルを抜けた先、まぶしい光に照らされた広場が見える。
ついにユージたち11人と一匹は、王都の中に足を踏み入れたのだ。
広場まで進み、ゆっくりとケビンが馬車を止める。御者席から後ろの荷台を振り返るケビン。
胸を張り、高らかにケビンが告げる。
「さて、ユージさん、アリスちゃん、リーゼちゃん、コタローさん。それからシャルルくん、ドニさん。ようこそ! ここがこの国の王都、リヴィエールです!」





