第十話 ユージ、異世界生活五年目で過酷な現実を知る
一部残酷な描写があります。
ご注意ください。
パチパチと薪が爆ぜる音が広場に響く。
プルミエの街から王都への旅、その五日目。
盗賊を殲滅したユージたち一行は切通しを抜け、峠にある広場で野営をしていた。
ユージ、アリス、リーゼ、コタロー、ケビン、専属護衛の二人、元3級冒険者の斥候・エンゾ、針子のユルシェル、プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモン。
9人と1匹で旅をしていた一行は、盗賊から助け出した狼人族のドニとアリスの兄・シャルルを加えて11人と1匹になっている。
加わったドニとシャルルは、たき火の近くで臥せっている。
シャルルは静かに眠り、ドニは脂汗を浮かべて時おりうめき声をあげていた。
「ユージ兄、シャルル兄もドニおじさんも大丈夫かなあ」
「アリス、きっと二人とも大丈夫だよ」
心配そうに二人を見守るアリスにユージが答える。ちなみに根拠はない。
「ケビンさん、こう、回復魔法とかないんですか?」
「ユージさん、むしろ傷を治す魔法を想像できるなら試してみてください。水、火、土、風、光、闇……通説にある魔法の属性で『傷を治す』ことはできませんでした。例えば水を生む・操作することはできますが、それで傷は治せないようです。光らせても暗くしてもしょうがないですし……」
「うーん……水魔法で血を止めるとか、火か光で消毒するとかはできそうですけど、たしかに……」
ケビンの言葉を受け、ブツブツ言いながら考え込むユージ。だがやはり思い浮かばないらしい。
「血肉を生み出せればいいのでしょうが……稀人でもできたという記録はありません」
「そうですか……あ、じゃあポーションみたいな薬は?」
「ポーションが何かはわかりませんが……失った分の血を増やす、体力を回復させる薬はあります」
「おお、あるんだすごい薬! ……持ってますか?」
「洞窟で私がドニさんに飲ませていた薬があるでしょう? あれがそうですよ」
「え? すぐ効かないんですか? こう、パッと傷が治ったり……」
「あればいいんですけどねえ……お伝えしたように、血を増やすとか体力を回復させるだけです」
「そうですか……」
肩を落とすユージ。どうやらこの世界では、即座に傷を治す回復魔法やポーションは存在しないようだ。
「いま入手できる薬の多くは、過去の稀人と思われる人物が開発したものです」
「え?」
「行商人の間では有名な話です。村々を旅して病気や怪我を治していった稀人。その人物により、薬や消毒といった考え方がもたらされたようですよ」
「そんな立派な人が……」
「ですが、大国を訪れた際、他国に知識や薬を広めないよう要請され、拒否をして処刑されました。残念なことです」
そう言って首を振るケビン。
マ、マジかよと目を見開くユージ。
ワンワンッと小さく吠えるコタロー。わりきれないひとだったのね、と言うかのように。
「ユージ兄! アリス、ドニおじさんの体を拭いてもいい?」
静まったユージとケビンの二人にアリスが声をかける。空気を読んだわけではない。脂汗を浮かべるドニを見て思いついたようだ。
三年半ぶりに再会した兄・シャルルは静かに眠っている。はやく話したいだろうに、起きるまでガマンする姿は見上げたものだ。
「アリスは優しいな! ケビンさん、いいですよね?」
「いいと思いますが、明日のことを考えると水に余裕がないもので……。非常事態ですし、アリスちゃんかリーゼちゃんに魔法で創ってもらいましょうか」
『じゃあリーゼが水を創るわ! アリスちゃんは火であっためてね!』
ユージの同時通訳を聞いていたエルフの少女・リーゼが告げる。今日はただ守られるだけだったリーゼは、ようやく役に立てるのがうれしいらしい。
リーゼの水魔法とアリスの火魔法。
二人の少女の協力により、あっという間に大量のお湯ができるのだった。
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「体を清めたら着替えさせましょう。ドニさんが着ていた服はボロボロになりましたし、予備の服はありますから」
清拭の準備を終えたユージとアリスに向けて、短剣を手にしたケビンが告げる。
わかりました、とユージが答えると、ケビンはさっそくドニの服を破いていった。
露になったドニの上半身を見て、息を呑む音が聞こえる。
盗賊のアジトを潰しに行く前、ドニは口にしていた。片目、耳、鼻、あと足が動けばいいだろってな、と。
裏を返せば、それ以外の場所に盗賊たちが傷を付けない理由はなかったということだ。
「くそっ!」
「ド、ドニおじさん……」
『ヒドい……なんなの! ニンゲンってなんなの!』
ガバッとドニに抱きつくアリス、目に涙を浮かべて叫ぶリーゼ。
リーゼ、暗黒面に堕ちかねない言葉である。この世界で暗黒面に堕ちたエルフがダークエルフになるのか、オークになるのか、あるいはダース・リーゼになるのか。答えは誰も知らない。いや、ただのニンゲン嫌いのエルフとなって里に籠るだけなのだが。
ぐっと歯を食いしばるユージ。
ユージが育った日本と、この世界は違う。理解はしていても、ここまでの悪意に晒されることはなかったのだ。
「みなさん、体を拭いてあげましょう」
「ケビンさん……」
「ユージさん、これが現実なのです。ためらったり見逃したら、ここにいる誰かがこうなってもおかしくありません。次は容赦しないでくださいね。ドニさんは命があるだけまだいいほうなんですよ」
静かな声でユージに話しかけるケビン。
エンゾやサロモン、冒険者組も頷いている。
「リーゼさん。人間は、こんなことする者ばかりじゃないですよ。開拓地のみなさんのことを思い出してください。ですが……絶対にサロモンさんから離れないように」
リーゼの目を見てケビンが伝える。
動揺していたユージが訳すと、リーゼは小さく頷いていた。
王都への旅、五日目。
ユージとアリス、リーゼにとって長い一日はようやく終わりを告げるのだった。
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「ユージ兄、おはよ! ねえねえ、シャルル兄は起きてくれるかな? ドニおじさんは平気かな?」
「おはようアリス。どうかなあ……」
朝の挨拶をするアリスのテンションは高い。
三年半、行方不明だった兄と再会したのだ。眠る兄の姿に夜は我慢していたが、朝になったら起きるはず、と思っていたのだろう。期待に目を輝かせている。
「ユージさん、アリスちゃん、おはようございます。……ドニさんはだいぶ安定しましたね」
屈んでドニの容態を見ていたケビンが二人に伝える。
ドニの脂汗とうめき声は静まり、いまはスヤスヤと寝息をたてていた。どうやら峠は越したようだ。
「ケビンさん、どうでしょう? シャルルくんは起こしちゃマズいですか?」
「うーん、心の傷はわかりませんからね……自然に目覚めるのを待ちませんか? ここにいてもしょうがないですし、とにかく峠を下りて宿場町に向かいましょう。王都に近いですから薬師もいるかもしれません」
「わかりました。アリス、もうちょっと我慢できるかな? シャルルくんは疲れてるみたいだから、ゆっくり眠らせてあげよう」
「はーい!」
満面の笑みを浮かべてユージに返事するアリス。聞き分けのいい子である。
眠るシャルルとドニを幌馬車に乗せ、スペースを作るためユージはケビンと並んで御者席へ。
これまで御者席に立っていたエンゾは、下りはゆっくりだろうし、じゃあ走るわと言い残して先頭へ。
ユージたちがプルミエの街を出てから六日目。
11人と1匹は、峠を下りて王都までの最後の宿場町を目指すのだった。
そわそわと落ち着きがないアリスを連れて。





