第十一話 ユージ、冒険者ギルドでモンスター集落討伐の報酬をもらう
「そういえばここに来るのもひさしぶりだなー」
「ユージ兄、アリスまたサロモンのおじちゃんにバーンってやっていいの?」
「いや、アリスの嬢ちゃん、今日はやめておこうな?」
プルミエの街を歩くユージたち。
今日はユージ、アリス、リーゼ、コタロー、ギルドマスターのサロモン、ケビン、ケビンの専属護衛の二人、合計で7人と一匹。
一行が向かうのは、プルミエの街の冒険者ギルドである。
ギィっと音を立て、サロモンが冒険者ギルドの扉を開ける。
先頭で入ったのがギルドマスターだからか、一行に悪意ある目は向けられない。その代わりに興味津々な目が向けられていたが。
酒場兼食事所で会話していた冒険者たちのいくつかのグループは、ユージを見て小声でささやきあっている。どうやらゴブリンとオークの集落討伐戦に参加した冒険者たちのようだ。
おい開拓団長が来たぞ、いやまだ引退しねえって決めただろ? アリスちゃん引き抜こうぜ、待て、アリスちゃんの横のフード着た小柄なヤツは誰だ? また魔法使いか? と。ユージもアリスも、一部には名が知れはじめているようだ。
周囲の声を無視しつつ、階段をのぼってギルドマスターの部屋がある二階に向かう一行。
ニットキャップをかぶってさらにフードをかぶったリーゼ、そしてアリスはキョロキョロと興味津々でカウンターや酒場兼食事所を見渡していたが。
「そういえば今日は絡まれませんでしたね」
「ははは、そうですねえユージさん。いやあ、よかったよかった」
ユージの言葉に、うっとうめくサロモン。ケビンが笑みを浮かべながら追撃する。
サロモンにとって思い出したくない過去である。
部屋についた一行は、備え付けのソファに腰をかけていく。
ギルドマスターのサロモンはユージたちの対面に座る。ここではリーゼの護衛ではなく、プルミエの街の冒険者ギルドのマスターとしての役割を果たすようだ。
「さて、ユージ殿、アリス殿。まずは簡単な用事からすませてしまおう」
そう言って卓上のベルを手に取り、チリンと鳴らすサロモン。
間髪いれず、目の下にひどい隈を浮かべたおっさんが入ってくる。視線で殺さんとばかりにギルドマスターを睨みつけるおっさん。
「おう、お疲れさん。ユージ殿とアリス殿の報酬を持ってきてくれ。ゴブリンとオークの集落討伐のヤツな。これがユージ殿とアリス殿のギルド証だ。あと例のヤツを頼む」
用事を言いつけるサロモンをひとにらみし、すぐに無言で部屋から出ていくおっさん。どうやら彼がサロモン不在の間の代理を務めているようだ。客人の前ゆえ恨み言は口にしないが、目つきと態度でバレバレであった。
その姿を見てワンワンッと吠えるコタロー。さすがにかわいそうね、でもりーぜのあんぜんのほうがだいじなの、とでも言っているかのようだ。
「さてっと……。ああ、ワイバーンの皮はケビンさんが処理するんだろ?」
「ええ、なめしも加工もこちらでやりますよ。傷ついた箇所は……買い取りますか?」
「どうすっかなあ。まああとで職員と相談するわ。ウチの懐具合もあるしな」
「またまた、これからがっぽり稼げるじゃないですか。代官との打ち合わせ、私もその場にいたんですよ?」
ニコニコと笑顔を浮かべながら話をするサロモンとケビン。
場に広がる交渉ごとの雰囲気にちょっと引き気味のユージ。
好奇心旺盛なアリスとリーゼは目を輝かせていた。横に座ったリーゼに突つかれ、ユージは無心になって通訳をはじめるのだった。
「馬持ちや身体能力が高いランクを数人と、6級7級あたりで20〜30人。まあそんなところか」
「そうですねえ。領主様からの援助金と、夏の終わりまでにという期間を考えるとそんなところでしょう」
「あとはやり方だな……」
ユージとアリス、リーゼをよそに話し込むサロモンとケビン。どうやら話題は開拓地までの道造りの依頼についてのようだ。
切り株対策に馬持ちと高ランク冒険者、伐採と運搬に中位の冒険者20〜30人程度と考えているらしい。それにしても大人数である。
「あとは領主様が出す犯罪奴隷か。まあなんとかなりそうだな」
「ええ。あの2人と犯罪奴隷の5人も真面目に働いてますしね」
「ああ、アイツらか。最初からアレぐらい真面目だったらなあ。人間、何が向いてるかわからねえもんだなあ」
そう言って遠い目をするギルドマスターのサロモン。だが両手斧使いと猿人族だったのだ。本人たちの希望はともかく、向いていることはわかりそうなものである。
床で丸くなっていたコタローが、ワフッと呆れた声で鳴く。まったく、てきざいてきしょってことばをしらないのかしら、と言わんばかりだ。賢い女である。犬だが。
一通り道造りの話がまとまったところで、ふたたび部屋の扉が開く。
「お待たせしました!」
大声とともに入ってきたのは先ほどのおっさん。元気がいいのではない。心身ともにいっぱいいっぱいでテンションがおかしくなっているのだ。ヤバい兆候である。
「おう、ありがとう。ああほら、新しい依頼を取ってきたぞ。しかも見ろ、領主様の肝いりの事業だ。俺だってサボってるわけじゃねえんだ、な?」
ニヤニヤ笑いながら紙を差し出すサロモン。
目に隈を作ったおっさんが受け取り、中身を確かめて複雑な表情を浮かべる。それなりの規模の依頼であり、ギルドの収入的にはおいしい。だが、仕事が増えるのは間違いない。喜びと悲しみが入り交じった切ない顔であった。
仕事を押し付けられたおっさんは、ギルドマスターのサロモンにいくつかの物を手渡して退室する。さっそく新しい仕事に取りかかるようだ。
だが、おっさんはまだ知らない。サロモンが王都行きを決意したことを。人員減がしばらく続くと聞いた時の絶望を。どうやらプルミエの街の冒険者ギルドは、ブラック企業であるようだった。
「さて、ユージ殿、アリス殿。これがゴブリンとオークの集落討伐の報酬だ。オークリーダーを倒したこと、アリスの嬢ちゃんの魔法が想定以上の威力だったこと、片付けにも役立ったこともあって、報酬には色をつけてある。あとリーゼの嬢ちゃんを冬の間保護してた分も一緒に入れてあるからな」
「ありがとうございます!」
お金が入った小袋を両手で押し頂くユージ。仕事に対して報酬を受け取ることは、いまだにユージにとってうれしいことらしい。
そんなユージを真似するかのように、へへーっとばかりにアリスもお金を受け取る。そういえば、こうしてアリスが現金報酬をもらうのははじめてのこと。アリス、9才にして稼げる女になるのだった。ダメ男に貢がないことを祈るばかりだ。すでに手遅れな気配もあるが。
「それからユージ殿、アリス殿。ギルド証をお返しする」
「あ、はい。え? サロモンさん、これって?」
「前回来た時に言ったろ? 実力はそれ以上でも、依頼の達成数や信頼度が必要だから8級にするって。ユージ殿とアリス殿は討伐で活躍したし、依頼にはなかったがワイバーンを倒して危険の芽を摘んだらしいしな。エルフの嬢ちゃんの保護もしてくれた」
「え? ええ、たしかにそうですけど……」
「ユージ殿、アリス殿。二人は今日から6級冒険者だ」
ユージとアリスは冒険者としてランクアップしたようだ。
もっとも、ケビンの言を借りれば、8級までが初心者、7級から5級までが一番多い中級の冒険者。駆け出しから普通の冒険者となったレベルなのだが。
「それから……コタロー殿」
退屈そうに床で丸くなるコタローに呼びかけるサロモン。
なにかしら、と頭だけ起こして反応するコタロー。大物である。
「すまねえが、犬はさすがに冒険者登録できなかった。級なしだが、ギルド証だけは用意したぞ」
そう言って小さなギルド証を手にするサロモン。落ちないように金属製の細い鎖も取り付けられている。
プルミエの街の冒険者ギルド、そのギルド証はドッグタグのようなもの。小さな金属片に、冒険者としてのランクと通し番号が打刻された簡素なものだ。とうぜん身分証明書にもならないし、街に入るための住人証明にもならない。
ささっと腰を上げ、尻尾を振ってサロモンに近づき、おすわりして首をたれるコタロー。つけてつけて、と言わんばかりの行動だ。先ほどまでの態度はなんだったのか。現金な女である。さすが雌犬。
ギルドマスターのサロモンの手で首にギルド証をつけてもらったコタロー。うれしかったのか、ブンブンと尻尾を振ってユージとアリスへ飛びついていた。おそろい、おそろいよ、と誇らしげな顔である。
そんなコタローの様子を微笑ましく眺める一行。
リーゼだけはうらやましいようで、ジッとサロモンを見つめている。
「お、おう、気持ちはわかるんだがな……。リーゼの嬢ちゃんはもうちょっと待ってくれ。エルフってのがバレるのは避けたいし、種族を偽装するのもアレなんだが……。まあ領主様も俺も知ってるんだし、こっそり作っといてやるからな」
サロモンの言葉をリーゼに伝えるユージ。
それを聞いて、リーゼがようやく顔をほころばせる。
どうやらリーゼは12才にして男におねだりする方法を知っているようだ。レディのたしなみなので。
「サロモンさん、最後に本題に入りましょうか」
「そうだな、ケビン殿。王都行きか……大部隊で行くか、少人数で機動力を優先するか。ケビン殿、どうするつもりだ?」
「少数精鋭で行きます。元1級のサロモンさんもいますし。開拓地の戦力次第ですが、『深緑の風』も一人かお二人。基本はこの人数で行くつもりです」
「……ケビン殿、大丈夫か?」
「ええ。マントと旗を用意するつもりですから。これが私が学んできた方法なのです。それに、口が固い人ばかりではありませんしね」
「まあ確かにな……人が増えれば、エルフだと黙ってられないヤツも増えるか」
「はい。狙い撃ちされるのが一番怖いですからね」
「それもそうだな。馬と馬車は用意するか? ギルドの伝手でなんとでもなるぞ?」
「いえ、それもこちらで。すみませんサロモンさん、信頼していないのではなく、これが私どもの方針なのです」
「ああ、ケビンさんは行商人出身だったか。だったら当然だろう、気にしないでくれ。出発はいつだ? まあ俺はいつでも行けるんだが」
そう言って予定を確認するサロモン。いつでも行ける、と聞いたら先ほどのおっさんは怒りの涙を流すだろう。
サロモンはモンスターの集落殲滅で現場の空気をひさしぶりに体験し、エルフの登場で冒険譚の匂いを嗅ぎ付けてしまったのだ。サロモンの夢が覚めるまで、彼にはがんばってほしいものである。
「第二次開拓団の受け入れもありますし、春の終わり頃でしょうか。夏の終わりには道ができて工房の設置などもしないといけませんし、それまでには帰ってきたいですね」
脳内でスケジュールを組みはじめるケビン。
ユージはただ、なるほどと頷くのみである。開拓団長ではあるが、実務は人任せである。ユージは基本方針を示して、能力がある部下に仕事を任せていくタイプのリーダーなのだ。たぶん。
第二次開拓団を受け入れ、並行して春の間に旅の準備と不在の間の指示を出す。
それが終われば、リーゼのワガママを叶えるために王都に向けて出発する。
ユージ、アリス、コタロー、リーゼ。深緑の風から一人か二人の開拓地組。
ケビンと専属護衛の二人のケビン商会組。
元1級冒険者、ギルドマスターのサロモン。
それから、ケビンの私用のため針子を一人。
深緑の風しだいだが、王都に行くのは合計で9人か10人と一匹というメンバーになるようだ。
それにしても。
おっさんが6人か7人。
9才と12才の女の子が2人。
年頃の女性は針子の一人だけ。それも新婚の人妻である。
あと犬。
王都行きは、ずいぶんおっさん臭いパーティとなるようだった。
どうしてこうなった。





