第八話 ユージ、領主からエルフ護送隊の隊長に任命される
「おお、ワイバーンを仕留めたと! やるではないかユージ殿!」
「あ、はい、ありがとうございます領主様。開拓地には元3級冒険者のみなさんがいますので……」
「領主様、なめし終わりましたら献上いたします。革のままか、あるいは何かに仕立ててお持ちするか、ご希望はございますか?」
「ううむ、そうだな……どうだ、何か欲しい物はあるか?」
「あなたからの贈り物なら、どんな物でも嬉しいわ」
いまだ領主の館で会談を続けるユージたち。
ときおり領主夫妻ののろけにあてられながらも、和やかに会話は続く。
領主の人柄もあってか、ユージの緊張もだいぶほぐれたようだ。
「ふむ……ん? 春にワイバーンが出たということは、まさか!」
「これは朗報かもしれませんね」
夫人に贈るプレゼントを考えていたはずが、領主であるファビアンは何か思いついたように目を見開く。
続けてプルミエの街の代官も、領主に同意するかのように呟いていた。
「ええ、領主様。おそらくワイバーンの巣立ちの狩りでしょう。次の春も飛来することが予想されます」
「おお! ふむ、次の春だな……」
「だめですよ、あなた。王都でお務めを果たすか、街に戻っても仕事があるんですからね」
「しかしだな、飛行する敵とはそうそう戦えないのだぞ? それでもダメか?」
おさえきれない笑みを浮かべ、考え込んでいた領主。
だが、行くと言い出す前から夫人が止める。プルミエの街の領主にして騎士であるファビアンは、ワイバーン討伐に参加する気だったらしい。戦闘狂か。
「領主様、それでですね……対ワイバーン用に、バリスタの製作と設置許可をいただけないでしょうか?」
「ううむ、そんな物は儂が行けば必要ないのだが……わがハルバードで、こう」
「あなた、だめって言いましたよね?」
領主の言葉を遮ってそっと手をかける領主夫人。微笑んでいるが、目は笑っていない。
「う、うむ。バリスタ製作と設置の許可を出そう。だが工房は指定させてもらうぞ? 代官、手配と設置の確認を頼む」
「了解いたしました」
街を治める貴族として、バリスタや投石機といった大型兵器を勝手に作られてはたまらない。自分の街に、館に向けられるかもしれない攻城兵器は許可制であるようだ。
いかに豪快な性格といえどそこは貴族。製作する工房は指定し、作られた兵器が持ち去られることなく申請通り設置されるか確認するよう指示を出していた。
「それからこちらが例の試作品です。この冬に造ったものですから、まだあまり時間は経っていませんが……料理長の分も持ってきておりますので、後ほどお話しさせていただければと」
背後の専属護衛に目をやり、ケビンが用意させたもの。
それは貴族向けに開発している缶詰だった。領主館の料理長監修のもと、冬に作ったユキウサギのシチューの試作品である。
「おお、これが手紙にあった貴族向けの缶詰か!」
「ええ、あなた。ゆくゆくは私たちが貴族のみなさまにお売りするんですよ」
「ケビン殿、開けてみても?」
ケビンに質問したくせに答えを聞くこともなく短剣を取り出す領主。そのまま金属の缶詰に突き刺し、指でこじ開ける。どうやら2mを超す偉丈夫は、見た目通りの武人であるようだ。
止める間もなく缶詰の中身に指をつけ、舐めとる領主。
「ファビアン様、お客人の前です。せめて食器を用意してからにしてください」
「いいではないか! ここは辺境、うるさい貴族どももいないのだ! うむ、ちと冷たいが、たしかにうまい。腐らず持つ期間はどれぐらいだ?」
「平民向けの物はすでに販売しておりまして、季節が一巡りしても食べられました。ユージさんの話によると完成すれば二巡り以上持つのだとか」
「おお、それはすごい! ケビン殿、それはどれぐらい作れるのだ? 一食あたりいくらで? 場合によっては騎士団に口利きも……いや、飢饉対策に領地分を確保するのが先か……」
「あなた、ちょっと落ち着いてください」
騎士としての務めもある領主は日持ちする糧食の大切さを理解しているのだろう。勢い込んでケビンに尋ねる。
「製法とレシピの秘密を守るため、いまは少量しか作っておりません。開拓地まで道が通り、工房が完成すれば量産する予定となっております」
「うむ、そのための道造りの援助か! ケビン殿、この秋の収穫の余剰分で飢饉対策の缶詰を、冬に貴族向けにユキウサギの缶詰を作るとして、道はいつまでに通せばいけそうか?」
「そうですね、道が通ったあとに荷車で往復することを考えて……遅くとも夏の終わりでしょうか」
「あいわかった! 代官、手配を頼む! 必要であれば冒険者ギルドへの依頼もな」
「おお、これはこれは。ありがとうございます領主様」
領主の言葉を受けて、護衛のはずのギルドマスター・サロモンが頬の古傷を歪めてニンマリと凶悪な笑みを浮かべる。営業スマイルのつもりのようだ。
「うむ。代官よ、計画と試算は書面でな。それでユージ殿、ケビン殿、開拓地はワイバーンの革と缶詰製作を中心にするのか?」
「え、いえ、ほかにもちろん農地も作ります」
「ユージさんの言う通りです。それから、農作業の合間や夜、冬の間には服飾に力を入れるつもりです」
「服か……すまんがそのへんはわからなくてな」
「あなた、服飾については私にお任せくださいませ。そういえばケビンさん、試作品はできたのかしら?」
「はい、いくつか持ってきております。ただ基本は平民向けの物ですが……ご覧になりますか?」
「ええ、見せてちょうだい」
「かしこまりました。では馬車から持ってこさせますので、しばしお待ちください」
後ろの専属護衛に目をやり、一人が退室する。どうやらケビンは見本品を持ってきていたらしい。用意のいい男である。まあ商人であれば当たり前かもしれないが。
「アリス殿、リーゼ殿、退屈させてすまぬ。なにぶん儂が領地にいられることも少なくてな。儂がいるうちに話を進めておきたいのだ」
空気となっていたアリス、リーゼに目を向けてわざわざ断りを入れる領主。どうやら貴族ではあるが、平民にもかなり理解があるようだ。
まあアリスとリーゼは缶詰に目を輝かせ、短剣と指でこじ開けた領主の力に目を見開くなど、それなりに退屈はしていなかったようだが。
ちなみに開拓団長にして村長のユージもほぼ空気だった。
「うむ、そうだな、忘れていた。リーゼ殿を保護するユージ殿に肩書きを用意していたのだ。代官、あれを」
「覚えてらっしゃいましたかファビアン様。こちらです」
冷たい一言とともに、侍女から小箱を受け取って領主に渡す代官。あいかわらず冷静な男である。色気たっぷりな巨乳人妻に心揺さぶられることなく日々働いているのだ。鋼の心の持ち主か、あるいは賢者か宦官か。
「うむ。ユージ殿、もし何かあった時はこの印章と証書を見せるように。儂の領地であれば通用し、他領であっても無下には扱われまい」
「あ、ありがとうございます。その、ところでこれは?」
「ユージ殿をエルフ護送隊長に任命する」
「え? 護送、ですか?」
「うむ。まあ今のところは王都のエルフとも連絡が取れておらず、開拓地とその間の道、それからこの街にしか来ないのであれば不要かもしれないがな。リーゼ殿が移動することになったら、その時にまた考えればよい。先ほどサロモン殿に不逞の輩は叩っ斬ってよいと言ったが、これはそれを裏付ける身分証となる」
「エルフを守るためであれば、罪には問わないということです。また、パストゥール領であればエルフの住人証明がわりとなります。領内であれば移動の許可証にも。ただし他領では通用しませんのでご注意ください。印章と書面はエルフということは伏せています」
領主の言葉をフォローするように代官が言葉を続ける。
たしかにプルミエの街は事前に手配されていたため、エルフの少女・リーゼはすんなりと街に入れた。だがかつてユージが「街に入れない」と言われていたように、本来は住人証明がないと入れないのだ。これはリーゼの住人証明がわりにもなるらしい。
「あの、もしリーゼが移動する場合は、俺が護送するということでしょうか?」
「うーむ、まあそのあたりは安全面もあるのでな。開拓地とプルミエの街、どちらかを離れる場合に決めようと思っておる。いつどこに行くか、わかったら考えるという方針だ。まあ場当たりとも言うがな!」
ガハハと大口を開けて笑う領主。
それぞれの言葉を通訳してもらい、話を聞いたリーゼはどこか思案顔だった。
「領主様、了解いたしました。王都のエルフと連絡がつくなど、動きがあったらお知らせください。さて、見本の服飾も届きましたし、そちらをご覧になりますか?」
「ええ、ケビンさん。ぜひ見せてちょうだい!」
平民向けと聞いてもそこは女性。やはり気になるのか、領主夫人が勢い込んでケビンに答える。
ではさっそくと言いながら木箱から服を取り出し、テーブルに並べるケビン。
ジーパン、オーバーオール。
領主夫人の食いつきはいまいちだが、丈夫な服というコンセプトは領主夫妻も代官も理解したようだ。むしろ騎士である領主の方が食いついていた。
布のコサージュ。
あら、これは素材や染色にこだわったらいいかもしれないわね、と目を輝かせる領主夫人。今度は先ほどとは逆で、領主はまったく興味がないようだった。
そして。
これは売り物ではありませんし、ご注文いただいてもこの布では作れません。提供していただければ別ですが、とケビンが前置きを伝える。もったいぶっているわけではない。
ケビンが取り出したのは、王都の想い人に贈る絹のドレスであった。
「はあ、キレイねえ……」
「ケビン殿、これはゲガス商会の……」
ケビンから許可をもらい、うっとりした表情でそっとドレスを撫でる領主夫人。エロい。魅惑の谷間は厚い雲で覆われていても、変わらず色気はあるようだった。
一方で、領主はこの布の出所に気づいていた。意外にめざとい。どうやらこの男、ただの脳筋ではないようだ。
ユージの横でアリスとリーゼも目を輝かせている。何度見ても美しいドレスには目を奪われるようだ。リーゼは12才、アリスは9才とはいえ女の子は女の子なのだ。
「うん? ケビン殿、あと一つ小箱が残っているようだが?」
ドレスをよく見ようと中腰になっていた領主が、ケビンの足下に置かれた箱に気づいて尋ねる。
「え、あ、いえ、これはその……」
「見られたらマズいものなのかしら? 大丈夫よケビンさん。この人は細かなことは気にしないし、不敬には問わないから見せてちょうだい」
貴族である夫婦の言葉に冷や汗を流すケビン。
馬車から見本を持ってきたケビンの専属護衛は明らかに、しまったという顔をしている。
では、と言いつつそっとフタを開け、他の見本同様にケビンがソレをテーブルに置く。
ユージが目を見開き、顔を青くする。
「ケ、ケビンさん……」
「あら? これは……そうね、ケビンさんがためらうのもわかったわ。コルセットの代用品かしら? こっちは……まあっ!」
「ふむ、腹を締め付けるのはキツイというからな。それよりこっちはなんだ? ずいぶん小さな布だが……」
ケビンが取り出したもの。
一つは試作品のブラジャー。
もう一つはショーツ。しかもTバックだ。
「ケビン殿、この布切れはなんなのだ?」
初めて見るTバックが理解できなかったのか、ケビンに問いかける領主。
上体をテーブルに乗り出し、ケビンがそっと領主に耳打ちする。
「なるほど! おい、ちょっと立ち上がって背中を向けてくれ!」
ケビンからその着用方法を聞いた領主が、夫人を立たせて背中を向けさせる。
本日の領主夫人の服は胸部装甲を隠すホルターネック。前面は豊かな盛り上がりを見せるが、色気はそれほどではない。
夫の命を受け、立ち上がって背中を向ける領主夫人。
背中は素肌が見えていた。
オーダーメイドなのだろう。ドレスに覆われてはいるが、お尻から足にかけても美しいラインが剥き出し。
ゴクリと思わず唾を飲み込むユージ。
ふわあっとアリスとリーゼも似たような表情で目を見張る。
「なるほど、この下着であればたしかにこの線が見えなくなるであろう! うむ、よくできておる!」
言いながら、確かめるように夫人がまとう薄布に浮き出た線を指先でなぞる領主。
領主夫人の吐息が漏れる。
「もう、あなた。お客様の前ですよ」
頬を赤く染め、潤んだ目で領主を見上げる領主夫人。
「う、うむ。ケビン殿、この二つはもらっていこう。金はそこの代官から受け取ってくれ。所用ができたのでこれで失礼する!」
小さな二つの布切れを手に、夫人の腰に手をまわし、領主のファビアン・パストゥールが挨拶もそこそこに退室していく。所用とはなんなのか。ナニしに行くのか。
呆然と見送るケビンとユージ。
二人の胸にあったのは嫉妬ではない。
「ああ、エンゾさん……ごめん、イヴォンヌちゃんには着せられないみたいだ……」
独身男たちの同志、ここにはいない元冒険者パーティの斥候・エンゾへの申し訳なさであった。
ともあれ。
ユージ、初めての領主との会談は順調に終わったようだった。
だがおそらく、領主夫婦の所用は順調には終わらないだろう。Tバックはともかく、ブラはサイズが違うのだ。もっとも、試作されたブラはなぜかハーフカップであり、おさまりきらないのもそれはそれで……たぶん違う用事が入ったのだろう、きっと。





