閑話 11-0 第三回キャンプオフ当日part1
閑話は地の文もだいぶ遊んでいますが、今回はさらに会話多めでお送りします。
また、途中で視点変更があります。
ご注意ください!
できましたら、閑話集 4の『閑話 ある掲示板住人のお話 一人目』を読んでから今話をお読みください。
「よし。……意外に寝れたな」
4月12日、朝7時。
部屋に鳴り響くアラームを止め、ひとりの男が目を覚ます。
「ああ、ついに今日か……ははっ、なに緊張してんだ、俺」
起きて早々に大きな声で独り言を呟く男。
だが仕方あるまい。
高校を中退して引きこもり、きっかけを得て外出するようになり、アルバイトもはじめた。
それでも。
一対一で女性と会うなど、引きこもる前から記憶にないのだ。
いや、母ちゃんとは一対一で顔を合わせているようだが。
身支度を整え、服に着替える。
二年前、第一回キャンプオフで購入したフルセット。
流行を追うのではなく無難な服をセレクトした、いや、セレクトしてもらったため、二年経ったいまでもおかしくはない。少しくたびれているが。
リュックを背負う。
三年モノのノーブランドの運動靴を履く。
残念ながら、カバンと靴だけで一気に垢抜けない印象になった。
だが、それも今日まで。
そう、今日までのはずなのだ。
遠藤文也、25才。
第一回キャンプオフをきっかけにニートからフリーターに進化した男。
コテハン、洋服組A。
彼の記憶をたどる限り、人生初のデートの日であった。
男の家から最寄り駅まで自転車で20分。最寄り駅からJR宇都宮駅までは一時間弱。
男はすでにJR宇都宮駅に到着し、餃子の皮で包まれたビーナスという謎の像の前に立っていた。
待ち合わせは午前10時。
現在、午前9時12分である。早い。
そもそも7時に起きたのが早すぎたのだ。そわそわして行動をおさえられなかったようだ。
「さすがにはええな。ははっ、遠足当日の小学生かよ。ああ、ダメだ、緊張してきた……」
落ち着かないのか、小刻みに身体を揺らす男。
明らかに緊張しているのが見て取れる。
そう、緊張しているのが見て取れる。
ペデストリアンデッキのベンチに、人待ち顔でさりげなく座る人物からも。
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「こちらミート、目標を確認した」
「こちらチャーリー。了解。車内にはほかにエコーとトニーが待機している。ミート、そのまま目視できる距離を保て」
「こちらミート、了解。目標はどうやら緊張している模様」
「ね、ねえ、なんでそんなしゃべり方なの? しかも無線じゃなくてイヤホン使って通話してるだけよね?」
「エコー、追跡といえばこれがお約束なんだ! それに無線は使用ルールがうるさかったりするんだよ」
「そ、そうなんだ……。じゃあ、なんで私は恵美のE、クールさんはCをコードネームにしてるのに、トニーとミートはそのままなの?」
「なんとなくだ。そこに理由はない」
「そ、そう……。クールさん、いえ、チャーリーさんもそんなノリなんだ。それより、みんなの言う通りホントに早く来たわね。早すぎよ!」
「エコー、俺たちを舐めるな! 人生初のデートに臨む元ニートの心理なんて手に取るようにわかるぜ!」
「トニーさん……いや、そこ自慢することじゃないでしょ……」
「こちらミート! 目標に女性が接近! 繰り返す、目標に女性が接近!」
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男は何度もスマホを取り出し、目をやる。
いまは何時か。メールは届いていないか。掲示板を開こうか。時間が経つのはこんなに遅かったのか。
そわそわと落ち着かない様子だ。
だが、それでも時は経つ。
時間が止まるのは18禁のゲームとAVの中だけなのだ。
男のもとへ、一人の女性が近づいてくる。
白地に黒のボーダーの長袖。グレイのダウンベスト。ベージュのスカートに黒のストッキング。
春にしては暖かそうな服装だが、今日は冷え込んでいたのだ。
オシャレな女性、と言ってもいいだろう。
北関東では。
「ひさしぶり! 早く着いたと思ったんだけど……もしかして、待たせちゃったかな?」
「い、いや、俺もいま来たところで……」
「そっか、じゃあよかった! ああ、あの時の服を着てくれてるんだね」
「は、はい、やっぱり服はよくわからなくて……」
「うん、でも髪もキレイなままだし、おかしくないと思うよ?」
「ありがとうございます。髪は……近くの美容室でいいから、二ヶ月に一回は行くようにって……」
「あ、恵美に言われたのかな? うんうん、いいことだよ。二年前は店で服を買った後、美容室に連れてかれたでしょ? その後、お店の前を通ったの見たんだー」
「え、あ、そうだったんですか?」
「うん。服を替えた時も驚いたけど、その時にすっごい驚いちゃって。さわやかになったなーって」
「はは、ありがとうございます。二年も前なのに……」
「印象的だったからねえ。キミも、もう一人も。あと一人、子供服をいっぱい買っていった……」
「アレは忘れてください」
「え、あ、うん。……さて、今日は服のほかに、カバンと靴もだったよね? 時間は大丈夫かな?」
「あ、はい、そうです。はい、夜は宇都宮の森林公園っていうところでキャンプなんですけど、夕方に合流する予定で……」
「充分! よーし、お姉さん張り切っちゃうぞー」
思っていたよりも自然に話せる。
男としても驚きであった。
緊張でどもっても、小さな声でも、ロリ野郎のせいでつい勢い込んでも、女は笑顔で会話を続けてくれる。
しだいに男の緊張はほぐれていった。
それもそのはず。
女は10年以上アパレル業界で働いてきたのだ。コミュ力は高い。
ちなみに女は32才。お姉さんは自称である。おばさんではないのだ。彼女の中では。
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「こちらミート、目標は女性と接触。和やかに歓談している模様」
「こちらチャーリー、了解した。怪しまれない距離を保ち、目的地を探れ」
「ほら、やっぱり心配することなかったじゃない。あの子はいい子なんだから」
「エコー、32才に子はつかな……いえ、なんでもないですすいません」
「落ち着けトニー、エコー」
「いてて……それにしても、子供は連れてこなかったんだな。どう思う、恵美さ、エコー?」
「当たり前じゃない。今日は平日よ? 普通の9才は小学校に行ってるの」
「……」
「…………」
「え、ちょっと、なに黙ってんのよ。小学校ぐらいはみんな問題なかったでしょ? ねえちょっと?」
「ミート、こちらチャーリー。どうだ、目的地はわかったか?」
「こちらミート。正確には聞き取れなかった。プレミアムという言葉と、アウト……なんとか」
「!! あの子、本気じゃない! だめ、ミート、すぐ車に戻って!」
「知っているのか、エコー」
「ええ、間違いないわ! ここから車で一時間弱。目的地は……佐野のプレミアムアウトレットよ!」
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「アウトレット……ですか?」
「そう。ちょっとした汚れとかほつれがある品とか、シーズン落ちの服を割安で売ってるの。まあ最近は専用の安いラインを出してるブランドもあるんだけど……」
「そ、そうですか……なんか、ハードル高そうな……」
「大丈夫よ、私が案内するから。文也くん、予算はどれぐらいなの?」
「ありがとうございます、加奈子さん。え、ああ、バイトしてて使うことも少ないんで、それなりにありますよ」
それなり、は男のごまかしである。
何があるかわからないから現金は持っておけ、大丈夫、サクラの友達さんの紹介で素性はわかってるんだから、少なくとも美人局はない。
そんな掲示板住人による安心させたいのか不安にさせたいのかわからないアドバイスにより、男のカバンには現金15万円が入っていた。多すぎる。
実家暮らしのバイト戦士は、それなりにお金を貯めていたようである。
あらためて自己紹介を終えた男は、女が運転する車でアウトレットモールへ向かっていた。
ちなみに女の車は、小洒落た軽自動車である。
白いモコモコのファーは置いてなかった。
女性歌手のステッカーも、パフォーマーな男性グループのステッカーもなく、男は一安心していた。
BGMにかかっていた邦楽アーティストの名前は、決して男への皮肉ではあるまい。
フリーターではあるが、男はゲスではないのだ。もちろん女は乙女でもない。
「そっか、文也くんバイトはじめたんだ! スゴイじゃない!」
運転しながらニコニコと笑顔を浮かべる女。
一回目のキャンプオフで洋服店に連れてこられる前に、恵美から事情を聞いていたのだ。
25才の男がバイトをはじめただけで、事情を汲んで喜んでくれる。できた女である。
「いや、親戚のコンビニでバイトしてるだけですよ」
「ううん、それでも、さ。スゴイと思うよ。立ち直るって勇気がいることだから」
「加奈子さん……。でも、加奈子さんは、オシャレだし、いい人だし、その、き、きれいだし、その、失敗なんて」
「文也くん、私ね、バツイチなの。9才の子供がいるシングルマザーなんだよ」
「あ、はい……」
「そうだなあ。まあ今日はショッピングだし、今度ゆっくり話そうか! でも文也くんのことも聞かせてね」
そんな会話を交わしながら、車は進む。
本人は気づいていなかったが、男は一度も時間を確認することなくアウトレットモールへ到着していた。
しかも女はさりげなく次回のことを匂わせている。
この女、恐るべきコミュ力である。
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「エコー、せっかく佐野に来たんだし、おすすめのラーメン屋は? そこで昼食はどう?」
「そうよね、そうくるわよね。あのねトニー。宇都宮の餃子は、地元民でもオススメのお店はあるの。いえ、地元民だからかもしれないけど。佐野のラーメン屋はね、オススメのお店を知らないわ」
「え? エコー、つまり、どういうことだってばよ?」
「ミート、なにその口調。いいから察しなさい。まあきっと、私が知らないだけよ」
「エコー、では食事はモール内のほうがいいか?」
「そうね。宇都宮駅前と違って駐車場も広いし、車は置いていきましょう。食べるお店もフードコートもカフェもあるし、見張りと食事は交代で。あんたたち、ついでだから服でも買ったら? メンズもいっぱいお店あるわよ?」
「……」
「……」
「え、ちょっと、なに黙ってるの。あんたたちは服ぐらい自分で選べるでしょ? ほ、ほら、カバンも靴も売ってるし、ハイブランドから安い店まであるわよ?」
「……」
「エコー、駐車場に入る前に二人降ろそう。車を入れている間に見失ってしまうかもしれない」
「え、クールさん? ああ、チャーリー、思いっきりごまかしてない? いや、まあいいんだけど……」
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4月12日、キャンプオフ当日。
午前中からお昼にかけて、5つの班が動き出していた。
一つ目は、インフラ屋が率いる餃子&自称『北関東のアキバ』をめぐる観光班。
二つ目は、恵美の友達が待つ店に向かう洋服班。
三つ目は、超大型ホームセンターへ向かう買い物班。
四つ目は、本日のメイン。森林公園キャンプ場で準備を進めるキャンプ班。
最後の五つ目は。
サクラの友達・恵美、クールなニート、名無しのトニー、名無しのミートで構成されるスネーク班である。
スネーク班は、別行動をとる洋服組Aを追跡していた。
興味本位ではない。
覗きでもない。
心配なだけだったのだ。
洋服組Aを応援しているだけなのだ。
何かあったらフォローするための班なのだ。
そうでなければ、このキャンプオフで最も多忙なはずのクールなニートがここにいるわけがないのだ。
これは彼らなりのエールなのだ。
たぶん、きっと。





