第七話 ユージ、開拓民と一緒に春に向けて働く
「というわけで、春に第二次開拓団を迎えるために、これからは用水路作りと伐採、柵作りを中心にしたいと思います! と言ってもトマスさんたち木工職人チームはいままで通り家と柵作りをお願いしたいですし、針子のお二人もいままで通りですが……」
張り切って宣言したのはいいものの、振り返ればこれまで通り。ユージの声はだんだんと小さくなっていく。
だが、開拓団長で防衛団長で村長でもあるユージがあらためて方針を示すことは大事なことなのだ。
「了解だユージさん。まあ冬がはじまる前に話した通りってことでいいんだよな? 俺たちは伐採と柵の設置が中心だな。それとも用水路造りに誰か出すか?」
ユージの言葉に代表して応えたのは、元冒険者パーティのリーダー・ブレーズ。確認の意味もあるが、長の発言に開拓民が無言なのはマズいと思ってのことだろう。できる男であった。
「いえ、用水路はこれまで通り俺とアリス、コタロー、あとリーゼを連れていきます。ああ、それからみなさん、だいたいこんな感じで開拓地内に用水路を通して、鍛冶場はこのあたりに、と考えています。伐採の目安にしてください」
そう言ってブレーズと木工職人チーム、獣人一家に一枚ずつ紙を渡すユージ。
現地で作られた粗い紙には、ユージ手書きの地図が描かれていた。鍛冶場や用水路、第三防壁が描き込まれたホウジョウ村の完成予想図である。完成予想図とはいっても第二次開拓団受け入れ後までのものだった。
ちなみに掲示板では、すでにさらなる開拓に向けて議論が繰り広げられていた。先に進みすぎて、もはや村のレベルを超え、街を超えて城塞都市となっていたが。張り切りすぎだ。
用水路造りに出るのはユージ、アリス、リーゼとコタロー。
警戒役にコタロー、力仕事が発生したらユージ。川まで約一日分の距離を繋ぐ用水路作りのメインはアリスとリーゼの魔法。ユージはそんな腹づもりのようであった。
ちなみにユージは毎朝、門を壊すという日課も待っている。不毛に思えるがそうではない。壊れた門は修復されるのだ。掲示板の住人たちのアドバイス通り、無限増殖させて柵の補強に使うつもりであった。
「ユージさん、狩りは変更ニャくやってもいいのかニャ?」
猫人族のニナがユージに質問する。食料確保に保存食作りにと、ユキウサギ狩りは大切なことなのだ。
「ええ、そのまま続けてください。必要ならソリも使ってくださいね」
そんな答えを返すユージ。
これで残された課題は街までの道造りである。だがそれには犯罪奴隷も含め、七人が取りかかっている。さらにケビンからは、春になれば冒険者たちに依頼を出すとユージは聞いていた。そんな状況から、ユージはひとまず道造りを先送りすることにしたようだ。いや、単純に手が足りないだけなのだが。
ユージが異世界に来てから四年目の冬。
ユージたちは用水路造りを、元冒険者パーティは伐採を中心に。
獣人一家のうち犬人族の二人は伐採、猫人族のニナは狩りがメイン。
木工職人のトマスはこれまで通り、家造りと木製の柵作り。
針子の二人はケビンが贈るドレス作りに取りかかるのであった。
ユージも開拓民も、意外に忙しい冬である。
異世界の開拓地に遊んでいるヒマはないのだ。アリスとリーゼ、コタローが大はしゃぎしたソリだって狩りの一環だったのだ。遊びではなかったのだ。たぶん。
「よし、じゃあここからだな! アリス、またいつかみたいにお願いできるかな?」
「はーい、ユージ兄! 土さん、たくさん下にいってー!」
川まではまだ距離があるが、ユージとアリスが途中まで取りかかっていた用水路造り。その現場にたどりついたユージとアリス、リーゼ、コタロー。
ユージの言葉を受けて、さっそくアリスが土魔法を発動する。ため池造りにも活躍した魔法だ。
両手を上げ、振り下ろしてパフッと雪を叩くアリス。
雪に覆われた状態のまま、地面がへこむ。
無事に魔法を発動したアリスは、へへーと得意気にユージに笑顔を見せる。
そんなアリスの笑顔に誘われ、やっぱりアリスはすごいなあ、と言いながら頭を撫でるユージ。9才の少女に手玉に取られているようだ。気づかない幸せもあるのだ。
『こんな感じで川まで繋ごうと思ってたんだ。どうだろうリーゼ、できるかな?』
ひとしきりアリスの頭を撫でたあと、ユージが振り向いてエルフの少女、リーゼに声をかける。
そのリーゼは、雪をどけてアリスがへこませた土を見ていた。
『これは……下にどけたんじゃないわね。表面が硬くなってる。圧縮したのかしら? いや、でも……』
『リーゼ、どうしたの?』
『え、ああ、ごめんなさい。今日はアリスの魔法を見せてもらっていいかしら? リーゼ、ちょっと考えてみるわ』
『うん、わかった。アリスが教えられればいいんだけど……』
そう言ってアリスを見やるユージ。
自分にわからない言葉で会話されていたため、急にユージに見つめられて首を傾げるアリス。
そんな三人を見て、力なくワンワンッと吠えるコタロー。まるで、てんさいはだのありすには、せつめいなんてむりよ、と言っているかのようだった。
ユージが魔法を教わろうとした時も、ぽかぽかしてぐぐーってやってえいっ! だったのだ。できるからできるタイプの人間に、物事を教わることはハードルが高いのだった。
ユージとアリス、リーゼ、コタローが本格的に用水路造りに取りかかってから二日目。
一行は、ふたたび用水路造りの現場に来ていた。
ちなみにアリスが魔力切れになると、そこからはコタロー主導の狩りの時間。開拓地までの帰路につきながら、鳥やユキウサギを狩るべく張り切るのであった。コタローが。
『リーゼ、どうする? 挑戦してみる?』
そうリーゼに声をかけるユージ。その背には大きなリュックが背負われている。季節は冬。急な天候の変化があった場合を考慮し、食料と毛布、ユージが持っていたテントを用意していた。二人の保護者となったからなのか、ユージにも成長の跡がうかがえる。
『やるわよ、ユージ兄! 土に宿りし魔素よ、我が命を聞け。押しかたまりて下へ向かえ。土壌圧縮』
集中するように目を閉じ、エルフの言語で歌うように言葉を紡ぐリーゼ。白銀の世界に映える金髪の美少女。絵になる姿である。
すかさずカメラを構えるユージ。もちろん動画モードである。
ちなみに、アリスと違ってリーゼの魔法には地面を叩くといったわかりやすいアクションはない。
だが。
リーゼの詠唱が終わると、雪におおわれた地面がへこんだ。アリスの魔法と結果は同じである。
『おお、すごい、すごいよリーゼ!』
『ふふん。リーゼ、一人でなんでもできるレディだもの! 水魔法と土魔法は得意なのよっ』
『水魔法と土魔法……ちなみに、アリスみたいな火魔法は?』
『ひ、火魔法は……森を焼いちゃうからダメなの! 使えないわけじゃないのよ? リーゼだってちょっとは使えるのよ?』
誇らしげに胸を張ったリーゼだが、火魔法について聞かれるとちょっとしょんぼりしている。どうやらアリスとは違い、火魔法が苦手のようだ。
アリスで慣れてしまったのか、ユージは手を伸ばしてリーゼの頭を撫でる。セクハラである。いや、おすまし顔を気取っているが、リーゼの頬が緩んでいる。セーフである。リーゼもまだまだ子供のようだ。
「うわあ、すごいねリーゼちゃん! アリス、次はアリスがやるっ!」
対抗するかのように宣言するアリス。どうやらアリスは負けず嫌いらしい。ひょっとしたらユージに頭を撫でられたリーゼに嫉妬しているのかもしれない。ユージに撫でポの能力はないのだが。
ともあれ。
アリスとリーゼが魔法を使い、ルートを邪魔する石はユージが力技で取り除く。
時おり、ユージがエルフ語の看板を木々に打ちつけながら、開拓地から川まで通す用水路は、かなりのペースで進んでいくのであった。
めずらしくコタローが役に立たないままに。
いかに優秀だろうと、しょせん犬は犬なのだった。





