第五話 ユージ、開拓民と一緒にユキウサギ狩りに精を出す
「ユージ兄、今日は何するの? アリスまたソリに乗りたい!」
「お、そっか、アリスも楽しかったかー。うーん、今日はユキウサギを狩りに行くんだけど……。運ぶのにソリを使う予定だし、一緒に行っていいか聞いてみようか!」
暖房をガンガンにかけたユージ宅のリビング。
朝食を終えたユージに、アリスがソリ遊びをおねだりしていた。
アリスの発言を聞いたのか、コタローも目を輝かせてソファに座るユージにのしかかってくる。そりでかり、すばらしいわ! と言わんばかりのハイテンションである。
『リーゼ、今日はユキウサギ狩りなんだ。ソリも使うつもりなんだけど、リーゼも行く?』
『ええ、リーゼも行くわ! ユージ兄……余ってる弓矢はないかしら? リーゼ、もうレディだから自分のえものは自分で狩れるのよ!』
鼻息も荒くユージに主張するリーゼ。どうやらソリだけではなく狩りにも参加したいようだ。あいかわらずレディとの関連性はわからないが。
『クロスボウは開拓地のヤツがあるけど、弓か……。ニナさんとセリーヌさんに聞いてみようか!』
そう言って、ソファから立ち上がるユージ。どうやら今日の予定が決まったようだ。
よーし、じゃあ寒くない格好するぞ! というユージの宣言を受け、アリスとリーゼは二人揃ってサクラの部屋に駆け出していくのだった。
「あれ? みなさんで行くんですか?」
「ああ。たまには俺たちも狩りをしないと、腕が鈍りそうだからな」
開拓地から離れた場所に立てる予定のエルフ語が書かれた木板を抱え、集合場所に向かったユージ。そこには、装備を整えた元冒険者パーティの四人と猫人族のニナが待っていた。
「ユージさん、これリーゼちゃん用の弓矢。マルクの練習用だから、リーゼちゃんも問題ニャいはず」
猫人族のニナがユージに差し出したのは、一張りの弓と短い矢が入った矢筒。ニナの息子、犬人族のマルクは狩りに参加しないため、一式借りてきたようだ。
ユージから説明とともに弓矢を受け取ったリーゼ。ありがとう、という言葉を現地語でニナに伝え、さっそく弓の具合を確かめる。その姿はなかなか様になっていた。どうやら自分の獲物は自分で狩れる、というのは本当の話のようだ。
「よし! じゃあ出発しますか! えーっと、ソリを引くのは俺と……」
そう言ってまわりを見渡すユージ。
ユージの声を聞いて反応し、前に出てきたのは元冒険者パーティのリーダー・ブレーズと盾役の大男・ドミニク。
そして、ユージの視界に入ってアピールすべく飛び跳ねるコタローであった。
はいはい、また先頭がいいのかな? というユージの問いかけに、ワンッと一つ吠えるコタロー。ユージから教えられた通り、質問に一つ吠えるのは肯定の意味なのだろう。まあテンションが上がっただけかもしれないが。
ソリを引くのはコタロー、ユージ、ブレーズ、ドミニクの三人と一匹。
周囲の警戒と獲物の捜索のため自由に行動するのは猫人族のニナと元冒険者パーティの弓士・セリーヌの奥様コンビと、斥候のエンゾ。
荷台にはエルフの文字で書かれた看板と、アリスとリーゼ。
8人と一匹という大所帯で、ユキウサギを狩るべく冬の森へ出立するのだった。
「ユージ兄、今日はゆっくりだね!」
「そうだねアリス。今日は狩りが目的だから。アリスも静かにしてるんだよ」
三人と一匹が引くソリは、ゆっくりと進んでいた。今日はソリ遊びが目的なのではない。狩りがメインなのだ。
アリスとリーゼは、それでも低い位置から滑るように流れる景色を見てニコニコだった。
先頭を行くコタローは不満そうだったが。風情を楽しむより、スピードが重要なようだ。しょせん獣である。
不機嫌な様子のコタローがふと足を止め、右前方の森に目を向ける。グルルッという小さなうなり声を発するコタロー。
ユージはそのコタローの合図を聞いて、一緒に引いていたブレーズとドミニクに合図を出し、ソリを止める。
ユージは、敵や獲物を見つけたら小さくうなるように、とコタローに教え込んでいたのだ。ちなみにこれは敵や獲物に見つかっていないと思われる時の合図であった。敵に見つかっていた場合は、大きく三回吠えるルールだ。
犬の習性と似ているためわかりづらいが、似ていたほうがコタローは覚えやすいはずだ、という掲示板住人のアドバイスによるものであった。
「この冬最初のユキウサギは譲れニャい」
ささやき声で一行に宣言する猫人族のニナ。謎のこだわりである。謎のこだわりであるが、一行の中で本職の狩人は彼女だけなのだ。弓士のセリーヌも異論はないようだった。コタローはフンと鼻を一つ鳴らす。それがしごとだものね、いいわ、と言わんばかりの上から目線である。四つ足のため下から見上げているのだが。
流れるような動作で矢を番え、放つニナ。
小さな悲鳴が上がり、ドサッと崩れ落ちる音。
どうやらニナが放った矢はユキウサギに命中したようだ。
ちなみに、ユージはユキウサギを見つけられなかった。雪が積もった白い森に、白い毛皮の小さな獣なのだ。音がしてはじめて気づく始末であった。
「じゃあそろそろ帰りましょうか」
また一羽のユキウサギを仕留め、そのまま小休止していた一行にユージが声をかける。これまでの猟果はニナとセリーヌが一羽ずつ、コタローが二羽。日帰りの狩りにしては上々の成果であった。
ちなみに、ユージは小休止や狩りで立ち止まったたびに、エルフの文字で書かれた看板をコツコツ設置していた。保護者としての小さな努力である。
『ユージ兄、次に見つけたらリーゼが狙ってもいいかしら?』
これまで大人しく荷台に座り、アリスと一緒にソリを楽しんでいたリーゼがユージに声をかける。一行に向けてリーゼの申し出を通訳するユージ。
ここまでの猟果に満足していた一行は、リーゼの申し出を許可する。むしろちょっとおもしろがっているようだ。エルフを見ることも稀少だが、その狩りなどさらに稀少なのだ。弓矢を使うことから人間と変わりないだろうと思っていても、元冒険者パーティやニナは興味をおさえられないようだった。
そんな中、コタローがリーゼに近づき、ペロリとリーゼの手を舐める。変態ではない。しっかりね、というコタローなりの励ましなのだ。優しい女である。リーゼの手は獣臭くなったが。
わずかに道のりを変えながら開拓地の帰路につく一行。
と、先頭でソリを引くコタローが足を止め、グルルッと小さく唸る。また獲物を見つけたようだ。あいかわらず元3級冒険者たちよりも索敵能力が高い。人間より鼻も耳もいいため、当たり前なのかもしれないが。
静かにソリの荷台から立ち上がり、雪上に足を下ろすリーゼ。どこか凛々しい表情である。
リーゼのうしろでは、アリスが期待に目を輝かせていた。決して肉への期待ではあるまい。仲良しになったリーゼの勇姿への期待のはずだ。きっと。
静寂の中、リーゼが弓を引き絞る。
そのままの姿勢で数秒。
矢が放たれた。
セリーヌやニナと比べるとたどたどしい動作であったが、それでも矢は獲物を捉えたようだ。
小さな悲鳴と倒れる音が聞こえる。
さっと走り出すリーゼ。
ソリと繋ぐロープを外されていたコタローが、軽やかにリーゼを追いかける。コタローにとって、雪はたいした障害にならないようだった。
やがて獲物の下にたどりついたリーゼが、ユキウサギを高々と掲げる。
「わあ、リーゼちゃん、すごいっ!」
アリスの称賛と拍手が聞こえたのか、自慢げな表情を見せるリーゼ。
だが、セリーヌやニナが仕留めたユキウサギと違い、リーゼが仕留めた獲物は出血が多く、ユキウサギの美しい毛皮を赤く染めていた。
『うーん、まだまだね。こんなに毛皮を汚したらお父さまに怒られちゃうわ。もっと鍛えなくちゃ!』
『いやあ、すごいよリーゼ! それに、血だから洗えば落ちるんじゃない?』
笑顔を見せながらもちょっと不満な様子のリーゼ。物騒なレディである。
フォローするようにユージが言葉をかける。まあフォローというより考えなしの本音だろうが。
ユージの言葉に納得したのだろう。そうね、じゃあ洗おうかしら、と呟いたリーゼが魔法を使う。
『万物に宿りし魔素よ。我が命を聞き顕現せよ。魔素よ、水となりてその場に留まれ。水よあれ』
リーゼが手にしたユキウサギが、水に包まれる。そして重力を無視するかのようにユキウサギにまとわりついたまま、下に落ちない。
リーゼは左手でユキウサギの両耳を持ち、右手で汚れた毛皮をこすっていく。
汚れてすぐだからか、あるいは魔法の水だからなのか。
血で汚れたユキウサギの毛皮は、美しい白色を取り戻していた。
ふうっ、と一つ息をつくリーゼ。
吐息に合わせるかのように、ユキウサギをおおっていた水が下に流れ落ちる。文字通り、魔法が解けたように。
ポカンと口を開ける元冒険者パーティとニナ。
そんな五人を、ユージとアリスは首を傾げて見つめていた。
「あれ? どうしました? 魔法はめずらしいかもしれませんけど、俺もアリスも使ってますよね?」
「あ、ああ、そうだったな……。いやな、俺も造水の魔法は見たことあるんだ。それぐらいなら平民でも使えるヤツはいるからな。というか、着火と造水の魔法はそこのセリーヌも使える。でもなユージさん、普通、造水の魔法はあんな風に浮かばねーんだ。ついでだから言うが、ユージさんとアリスちゃんの魔法もおかしいからな?」
ユージの質問に答えたのは、元冒険者パーティの斥候・エンゾであった。
「え? 魔法が使える人はめずらしいって聞きましたが……使える人が頭の中でイメージして命令すれば、属性の相性と魔力量の問題だけで発動するってケビンさんが」
「お、おう、そうなのか。ケビンさんの知識もすげえけど、ユージさんたちも大概だな……。いや、いいんだ、いいことだからな、うん」
頭を振り、どこか呆れた表情でユージとアリスを見つめるエンゾ。
どうやらユージは異世界生活四年目にして初めて、周囲の人間に呆れられる、という主人公らしい評価を受けたようだ。
まあ、魔法や撮影も含め、奇行に呆れられているだけ、とも言うが。
そんな大人たちをよそに、リーゼとアリスはキャッキャとはしゃいでいた。
いや、コタローもその足下で跳ねまわっていた。暢気な女たちである。
もっとも、はしゃいでいた理由は新鮮なモツが夕食だ、という血なまぐさい理由だったが。
あいかわらず、ユージは肉食系女子に囲まれているようである。





