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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十章 村長兼防衛団長ユージは開拓団長の仕事をする』

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第四話 ユージ、アリスとリーゼとコタローとソリで遊ぶ

『ユージ兄、リーゼはたくさん看板を書いたわ!』


『おっ、偉いなリーゼ! よーし、じゃあ今日は外に看板を立てにいくかー』


 よく晴れた冬のある日。

 リビングで今日の予定を考えるユージに、エルフの少女リーゼが声をかける。

 掲示板住人のアドバイスを受け、木工職人チームが木板で作った看板。

 リーゼはエルフの文字で、無事でいること、人間に保護されていること、春に王都のエルフと一緒に里に帰るつもりでいること、そして開拓地のだいたいの場所を書いていたのだ。

 開拓地周辺、さらにリーゼを見つけたあたりにも設置するため、木板の看板はかなりの量になっていた。


「まずは近い場所からかなー。そうだ! 雪もだいぶ積もったし、ソリを使えないかな?」


 そんなユージの大声の独り言に反応したのは、アリス、コタロー、リーゼ。

 というか、リビングにいるユージ以外の全員であった。


「ユージ兄! ソリ、ソリ乗るの? アリスも乗りたい!」


 ユージに駆け寄り、せがむように主張するアリス。

 アリスとユージの足下をぐるぐるまわり、わたし、わたしはそりをひくの、とアピールするコタロー。

 リーゼはソファから動かなかったが、頬が緩んでいた。レディぶっていてもまだまだ12才である。


「よーし、じゃあ今日はみんなで外に行こうか! アリスとリーゼは寒くないように服を着てきなさい」


 ユージの言葉に、はーいと元気よく返事するアリス。

 おすまし顔のリーゼも行動はすばやかった。

 コタローはユージの言葉を無視している。いや、無視しているわけではない。わたしはけがわでじゅうぶんよ、はやく、はやく、と言っているかのようだ。


 ちなみに。

 毎晩行なっている日本語、現地語、エルフ語の授業の際、文字を見せてもコタローは反応しなかった。通じているのかいないのか。通じているように思えるが、コタローに複雑な意思表示をさせる手段がない。ユージはもどかしさを抱えながらも、ひとまずコタローに肯定と否定の合図を教えるのだった。といっても、まずは質問を肯定するなら一回吠える、否定は二回、というひどく単純なものだったが。




「え? ソリっすか? ええまあ、これだけ雪が積もれば問題ないっすよ」


 もこもこに着込んだアリスとリーゼ、裸のコタローが木工職人のトマスに迫る。

 ユージはエルフの文字が書かれた大量の木板を抱え、そのうしろに立っていた。もはやただの保護者である。

 トマスの言葉に、やったー! と手をあげて喜ぶアリス。

 その様子を見たリーゼは、ユージの通訳を待つまでもなくニコニコと笑顔だ。こうしたアリスのわかりやすさは、言葉が通じなくてもコミュニケーションの助けになっているのだろう。

 コタローはさっそくソリの前方に移動していた。引く気満々である。だがまだソリは屋内に置かれているのだ。気が早い。何が嬉しいのか、すでに尻尾はブンブン振られていた。



 めずらしく先走るコタローをおさえ、ユージとトマスたち木工職人チームがソリを外まで運ぶ。ソリは木材で作られたもので、スキー板に木箱を付け足したような形状であった。わりと重い。

 抱えていた木板の看板をソリの荷台に置くユージ。

 トマスはコタローに急かされ、さっそくソリとコタローを繋いでいた。先頭である。

 だが、ここでようやくユージが気づく。


「あれ? 俺とコタローだけで引けますかね?」


「ああ、問題ないっすよ。これぐらいの荷物と子供二人なら一人でもいけるぐらいっす。あんまり速くはないっすけど」


 自然と引く側で発言しているユージ。開拓団長で村長で防衛団長だが、力仕事はユージの担当なのだ。最近は元冒険者チームがいるため、一人だけということはないが。

 スピードが出ないというトマスの発言に、がっかりした様子のアリスとリーゼ、そしてコタロー。

 二人の少女はすでにソリの荷台に乗り込んでいた。リーゼが後ろに座り、そのリーゼに抱きかかえられるようにアリスが前。すでにソリの前方で構えるコタロー同様、気が早い。


 そっかー、まあがんばれば多少はスピード出るかなあ、などとブツブツ呟くユージ。

 肩を落とす二人の少女の前に、救世主が現れた。


「ユージさま! ソリですか? ソリを引くので? わ、私も!」


 ソリを準備していた一行の前に現れたのは、ユージの奴隷、犬人族のマルセルである。そのうしろには、マルセルの息子のマルクも目を輝かせて立っていた。二匹ともブンブンと尻尾を振っている。いや、二匹ではなく二人なのだが。


「え? いいんですか? じゃあお願いしようかなあ」


 よし! やるぞ、マルク! はいお父さん! キラキラと目を輝かせながら、さっそくソリと繋がったロープを体にくくりつけていく二人。先頭がコタローなのは、譲れない何かがあったのだろうか。


「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 さっそく走り出そうとするコタロー、マルセル、マルクのチーム犬系統を止めるユージ。

 立ち止まったコタローからギロリと睨まれるユージ。いざというところで止められたせいか、コタローは不機嫌だった。なんなのよ、もう、と言わんばかりだ。


「いちおう外に出るわけですから、武器と、あと看板設置用の釘とトンカチを持っていかないと」


 どうやら正義はユージにあったようだ。めずらしい。

 コタローは恥ずかしげにうつむいていた。ごめんなさい、はしゃぎすぎちゃったわ、と言いたげな仕草であった。



「よし、準備OK! じゃあみんな、最初は開拓地と森の境の柵までね! しゅっぱーつ!」


 声を張り上げ、宣言するユージ。

 しゅっぱーつ! と、ユージの声に応じるようにアリスとリーゼの声が響く。

 どうやらリーゼはアリスから「出発」という言葉を教わったようだ。二人の女の子はソリの荷台に座り、キャッキャとはしゃいでいる。


 荷台にエルフの文字で書かれた看板とアリス、リーゼを乗せてゆっくりと動き出すソリ。

 先頭を走るのはコタロー。その尻尾はブンブンと大きく振られている。かぜよ、かぜになるの、と言わんばかりの張り切りようだ。

 コタローに並ぶようにソリを引くのはユージ。腰にロープをくくりつけ、トレッキングシューズを履いた足を踏みしめている。ちなみに冬道仕様ではない。いまは雪の上なのでなんとかなっているが、氷には役立たずである。

 一匹と一人に続いて、犬人族のマルセルとマルク。なぜか張り切って牽引役に立候補した二人である。コタロー同様、尻尾はブンブンと大きく振られていた。ご機嫌である。ちなみにマルセルの妻、猫人族のニナは獣人一家のテントで家事をしているようだ。ぬくぬくの空間で丸くなってサボっているわけではない。今日は家事をしているのだ。たまに。


 三人と一匹に引かれたソリは、徐々にスピードを上げていく。

 チーム犬系統とアリス&リーゼのテンションも上がっていく。

 開拓地の入り口、柵の前につく頃には一行は大はしゃぎであった。


「よーし、まずはここまで!」


 走るスピードを落とし、ソリを止めるユージ。

 短い距離だったため引き手も乗り手も不満そうだったが、遊びにきたわけではないのだ。


『リーゼ、このあたりに一つ立てておこうと思うんだけど、どれが近場用かな?』


『あ、そうだった! ……いやねえ、リーゼが看板のことを忘れてたわけないじゃない! これよユージ兄!』


 ユージに聞かれてちょっと焦るリーゼ。どうやらソリの楽しさにやられ、目的である看板設置のことを忘れていたようだ。まだまだ子供である。いや、大人のはずのユージもマルセルもはしゃいでいたが。


 リーゼが示した看板を手に取り、持参した釘とトンカチで開拓地入り口の柵に打ちつけるユージ。手伝いはいない。マルセルもマルクもアリスもリーゼも、ソリから離れず見守るだけである。もちろんコタローも。


 手早くエルフの文字が書かれた看板を取り付けたユージに向けて、コタローがワンッ! と吠える。ほら、はやくいくわよ、と言っているかのようだ。

 コタローの鳴き声を聞いて、今のは肯定の意味なのかな、でも質問してないしな、と首を傾げるユージ。まあいっか、と呟いてふたたびロープを腰にくくりつける。いまだにコタローの言語問題は解決していないが、ひとまずの意思疎通はできているのだ。気長に取り組むようである。


「よーし、次は獣道ぞいにしよう! コタローは敵がいないか警戒も忘れずにね! しゅっぱーつ!」


 静かな森に、ユージの声が響く。

 ワンッと吠えるコタロー。まかせなさい、と肯定を表しているようだ。

 しゅっぱーつ! と小さな手を挙げるアリスとリーゼ。すっかり仲良しである。


 こうして。

 よく晴れた冬の日、開拓地のまわりにはエルフの文字で書かれた木板の看板が設置されるのだった。

 ちなみに、モンスターの集落跡やコタローが匂いを追えなくなった場所にはまだ設置していない。日帰りできる距離ではなかったのだ。看板設置と雪上キャンプは、また別の機会であった。





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