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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第九章 開拓団長ユージはホウジョウ村村長と防衛団長を兼務する』

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第十八話 ユージ、言葉と謎バリアについていろいろ試してみる

「よーしコタロー、準備はいいか? おすわり!」


 ユージの家の庭には、ユージ、アリス、コタロー、エルフの少女リーゼの姿があった。

 前夜に掲示板で指摘された、コタローは異世界言語を理解しているのでは、を検証するようだ。


 庭の中央にいるコタローに、まずはユージが近づいて日本語で話しかけ、命令する。

 コタローは微妙な顔つきである。もう、いまさらなのね、と言わんばかりであった。ユージの声に従い、おすわりするコタロー。どうやら検証に付き合うつもりはあるようだ。


「うん、まあ、日本語で言うおすわりはできて当然だよな。コタローは賢いもんなー」


 しゃがみこんだユージがコタローの頭を撫でまわす。

 いやそうに顔をしかめるコタローだが、尻尾は隠せない。ごきげんよ、と言わんばかりにブンブン尻尾を振っていた。


 ひとしきり撫でまわしたあとにユージが離れ、続いてアリスがコタローに近づく。

 いよいよ本番である。

 アリスが何をしようとしているのか理解するかのように、さっと四足で立ち上がるコタロー。


「次はアリスの番だよ! コタロー、おすわり!」


 アリスの声に反応し、コタローがすとんと腰を下ろす。

 おおっ! と声をあげるユージ。アリスは日本語の勉強をはじめているとはいえ、コタローに下した命令は現地の言葉であったのだ。もちろんハンドサインも出していない。

 コタローはかしこいね! と満面の笑みでユージ同様に撫でまわすアリス。どうやら事の重大性に気づいていないようだ。


「マジかよコタロー……。いや待て、たまたまってことも……。アリスとは付き合いが長いからなんとなく言葉を覚えてただけかもしれないし……」


 ブツブツ呟くユージをあわれみの目で見るコタロー。もう、ほんとにきづいてなかったの、と言わんばかりだった。

 そして、アリスが離れる。

 次はエルフの少女、リーゼの番である。


『コタロー、よろしくね! えっと……おすわり!』


 リーゼにとってはいつも通りの言葉でコタローに命令を下す。

 コタローが、すとんと腰を下ろす。

 自分の命令を聞いてもらったことがうれしいのか、リーゼも笑顔でコタローの頭を撫でる。


「ウソだろ……じゃあコタローも異世界の言葉がわかるのか……なんだコレ……」


 いや、なんとなく座ってみただけかもしれない、とユージにしては珍しく気がつき、様々な命令を試すユージ。


 結果。

 どうやら、ユージと同じくコタローも異世界の言葉を理解しているようであった。

 だが、これまでもコタローはユージとアリスの会話を聞き、反応している様子だったのだ。いまさらである。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージさん、本当にいいんですか?」


「ええ。はじめてはケビンさんって決めてましたから」


 緊張なのか、わずかに震えた声でケビンに答えるユージ。

 向かい合って手を繋いだおっさん二人が、見つめ合う。


 男同士でいかがわしいことをしようとしているのではない。

 ついにユージは、自ら家の敷地に人を入れようとしているのだ。

 ケビンは街への出発を一日遅らせ、この検証に付き合うようであった。もっともケビン自身の興味がおさえられなかった感も否めないが。


 掲示板の住人たちの忠告通り、家はしっかり施錠されている。敷地の内側ではコタローも待機。一人ずつ入ってもらうことも、武器を持たないでおくこともケビンは了承していた。


 そして現在。

 ユージは家の敷地と外を分ける門の前で、ケビンの手を取り向かい合っている。

 そして、会話を終えたユージは門に向き直り、中へ踏み出す。続いてユージに手を引かれたケビン。


 ケビンの右足が、謎バリアを越えた。


「おお、おお……」


 庭先に立つケビンが、言葉にならない声をあげる。

 ケビンがユージに初めて会ってから、そしてケビンが他の地に現れた謎バリアの話をしてから、およそ二年半。

 その時に、ケビンはユージに伝えていたのだ。「いつかユージさんが私を信頼してくれるようになったら、試してみてください」と。


「やっぱり問題なく入れましたね! じゃあ、ついでですし庭とか車庫のあたりを案内しますね! いざって時はみんなを避難させようと思ってますから、保存食の貯蔵庫はどこかに造ろうかと思ってるんですよね」


 ケビンの感情をよそに、明るい声で話しかけるユージ。

 そんなユージに、ワンワンッと軽く吠えるコタロー。ちょっとゆーじ、くうきよみなさいよ、と言いたかったようだった。


 ともあれ、こうしてユージは一人ずつ、開拓民を家の敷地に案内したのであった。家の中には()れなかったものの、木工職人のトマスとその弟子たちは大騒ぎであった。

 そして。

 ユージが庭に引っ張りだしたミシンを見て、針子の二人も大騒ぎであった。

 庭に小さな仮設テント・ヤランガを建てて針子の作業部屋を作ることになったのはまた別の話である。


 ちなみに。

 謎バリアを越えるための条件の仮説、「住人が手を引く」「武器を持たない」「敵意・害意がない」を検証するため、この後も様々な条件で試したユージ。

 開拓民全員がすんなり入れたため、敵意・害意があると入れなくなるかどうかはわからなかったものの、「住人が手を引く」「武器を持たない」という条件は確実であるようだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ユージが言葉と謎バリアを検証した翌日。

 ケビン一行が街に出発する前に、ユージとケビンは最後の打ち合わせを行なっていた。

 この後、森は雪で覆われるのだ。不可能ではないが、行き来は難しくなる。

 ユージが次にケビンと会うのは、雪解けの後の予定であった。


「そういえばケビンさん。ソリとか、スキーはないんですか? こう、先が曲がった長い板なんですけど。あとはかんじきですかね。どれも雪の上を移動しやすくするための物なんですけど……」


 冬、雪に覆われる環境なのであればあってもおかしくはない。ケビンにそれぞれの形状や効果を説明するユージ。

 説明を聞いて、ケビンはようやくなんのことか理解したようである。


「名前は違うようですが、どれもありますよ。ですからまったく外に出られなくなるということはないんです。ただ、そうは言ってもやはり雪が積もった状態を長時間移動するのは大変ですから……。吹雪いたら目も当てられませんしね」


 現代とは違い、道の整備もある程度しかできていない世界である。馬車の車輪が凹凸にはまることも、何の目印もなく道のすぐ横に崖や坂が存在することも珍しくはない。すべてを覆い隠す雪の上を行動することは不可能ではないが、命の危険を伴うものなのだ。


 そのあたりは木工職人のトマスさんが作れると思いますから、何かあった時のために作ってもらっておくのはいいかもしれませんね、とユージに伝えるケビン。

 やはり開拓地は、春まで孤立状態になるようだ。


「そうですね、荷物を運べるソリがあればユキウサギも狩りやすいでしょうし。それでケビンさん、一つお願いがありまして……。リーゼちゃんの件ですが、王都にいるっていうエルフと連絡を取るとかなんとかするために、ケビンさんが調整役としてギルドマスターや領主に呼ばれるかもしれません。その時はよろしくお願いします」


「ええ、わかりました。私も春になったらこの開拓地に来た後、王都に向かうつもりですしね。もしかしたら、そのエルフに連絡を取るのも私がやるかもしれませんね」


 ユージの頼みを軽く請け負ったケビン。

 そう、この男、もともと春以降に完成した服を持って、王都の想い人にプロポーズしに行くと言っていたのだ。ユージはもちろん、領主夫人やギルドマスター、リーゼ本人との面識もある。状況も持つ知識も調整能力も、春以降の段取りを進めるには適任であった。


 そうですか、よかった、と胸を撫で下ろすユージ。

 それは、信頼している人が動いてくれるという安堵のためか、それともミシンと作業場所を提供することでケビンが求める服が間に合いそうだという安心からくるものか。

 ケビンのプロポーズは、問題なく行えそうであった。

 ミシンとは、かくも偉大な発明なのだ。



ケビンの過去のセリフは7/27にアップした全体44話、第四章 第十話ですね!

長かった……

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