第十五話 ユージ、エルフの少女を開拓地に連れていく
拙作にしては長めです(5600字ぐらい)
ご注意ください。
「ありがとう、ユージ殿。今はエルフとの関わりは薄いとはいえ、何かあれば後々まで響く可能性があるからな。領主様にはワシからもこの件を伝えておこう」
開拓団長のユージがエルフの少女の滞在を了承したことで、安堵の表情を見せるギルドマスター。肩の荷が下りたようだ。
エルフの少女、リーゼとお近づきになれそうなのがうれしいのか、ニコニコと満面の笑みでリーゼを見上げるアリス。言葉が通じるなら今にも話しかけんばかりの様子であった。
そんなアリスの横に立つユージが、リーゼに話しかける。
『そういえば、なくした物はなんなのかな? 手分けして探そうか?』
『それは言えないわ。エルフの里の秘密なの! でも、そうね……これぐらいの大きさの袋に入ってるの。なくさないように首から下げてたのに……』
そう言って、華奢な指で5センチほどの四角形を作るエルフの少女、リーゼ。どうやら日本で言うお守り程度のサイズらしい。
「おおう、ちっちゃい……。森の中からその大きさの物を探すのか……さすがに無理かなあ。どうだろう、コタロー?」
リーゼの言葉を聞いて、コタローに話を振るユージ。犬の嗅覚でなんとかならないかと考えたようだ。
スンスンとエルフの美少女の匂いを嗅ぐコタロー。変態ではない。
匂いを覚えたのか、今度はあたりの様子を嗅ぎまわり、ワンワンッと吠える。だが、その顔に浮かぶのは厳しい表情だ。においはわかるけど、むずかしいかもしれないわ、と言いたいようだ。リーゼが寝ていた場所を嗅ぎまわり、そして森へ向けて歩き出すコタロー。
歩き出すコタローを見て、ユージがギルドマスターに話しかける。
「サロモンさん、問題なければ俺たちも出発しようと思います。開拓地にはまだケビンさんがいます。本格的に雪が降り出す前に街に戻ると思いますから、もし何かあればケビンさんと話をしてください」
「わかった、ケビン殿が街に戻ったら話を詰めておく。ユージ殿、本当にありがとう」
ギルドマスターが差し出した右手。その手を握り、握手を交わしてユージは開拓地への帰路に就くのだった。道中、エルフの落とし物を探しながら。
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先導するコタローに追随し、森を行くユージ、アリス、エルフの少女リーゼ、ケビンの専属護衛アイアス、そして開拓地在住の元3級冒険者パーティのリーダーと斥候役の男。
モンスターの集落を出て二日目。
エルフの少女の匂いをたどって一行は獣道を外れ、北西の方角へゆっくり進んでいる。コタローの鼻を頼りに、リーゼの落とし物を探しているのだ。
『うーん、見つからないなあ……。そういえば、どうして里を出たの? まわりの景色で覚えていることはないかな?』
あたりの景色に見覚えがないかユージは何度も尋ねてきたが、リーゼは首を振るばかり。ここにきて、ようやくユージはなぜリーゼが里を出たのか質問する。
『リーゼはもうレディだから、自分の食べ物は自分で採ろうと思ったの! でも迷っちゃって、暗くなってきて、しょうがないから明るくなってから里を探そうと思って……。気がついたらアイツらに運ばれてたの……』
そう言って暗い表情を見せるリーゼ。
言っていることはわからないが、その顔を見て励まそうと思ったのだろう。アリスがリーゼの手を握る。驚きながらもうれしそうに微笑むリーゼ。言葉が通じないながら、二人の距離は縮まっているようである。
だが、それにしても。
レディは自ら食料調達しないだろう。エルフの価値観がおかしいのか、あるいはリーゼの思いつきがおかしいのか。この場で唯一会話ができるユージは、突っ込むことなく、そっか、じゃあ里は意外と近いのかな、などとブツブツ呟くのみであった。
先導していたコタローが、嘆くようにワンワンッと吠える。ちょっと、つっこみふざいがさらにひどくなったじゃない、と叫んでいるかのようだ。だがその声は、誰に理解されることもなく森に消えていくのだった。
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モンスターの集落を出て三日目。
エルフの落とし物を探すべく西に進んだため大回りしていく形にはなったが、一行はもうすぐ開拓地に到着する予定である。
エルフの少女、リーゼは沈んだ顔で歩いている。見つからなかったのだ。だが仕方あるまい。いくら匂いがたどれるとはいえ、広大な森でお守りサイズの小袋を見つけ出すなど至難の業だ。
落ち込むリーゼを励ますかのように、今日もアリスは少女と手を繋いでいる。ユージの通訳を通してこの二日間で二人は仲良くなったようだ。
責任を感じているのか、コタローの尻尾はへにゃりと垂れ下がっていた。時間の経過ゆえか、途中で匂いをたどれなくなったのだ。
諦めざるをえなくなり、エルフの少女が一粒の涙をこぼした時、コタローは悔しげに一つ大きく咆哮した。負け犬の遠吠えである。
「ユージさん、見えてきたぜ! 俺たちの開拓地だ!」
めずらしく落ち込み、力なく歩くコタローに代わって先導していた元冒険者パーティの斥候役の男が振り返り、一行に告げる。
討伐組が開拓地を発ってから六日目。
ようやく、一行はモンスターの集落の討伐から帰ってきたのである。
誰一人欠けることなく、むしろ一人増やして。
「お帰りなさい、ユージさん、みなさん! どうやらご無事なようで……え? あれ?」
斥候役の男が指笛で合図を送ったため、開拓地の入り口には住人たちが集まっていた。
さっそく残っていたケビンがユージたちに声をかける。全員が無事かどうか確かめようとしたのだろう。順に姿を見やるケビンだが、一人の少女を目にして動きを止める。
「え? ユージさん? その子、エルフ……ですよね?」
「そうなんですよ。うーんと、さらわれてきたところを助け出しまして、帰れないそうなので春まで預かることになりました」
「え、あ、はい。ま、まあ詳しいことは後で聞くとして……『初めまして。私はケビンです』」
サラリと告げたケビンの言葉に、ギョッと目を剥く一行。
『え? アナタもニンゲンなのにエルフの言葉がわかるの? はじめまして! リーゼです!』
驚き、そしてうれしそうに顔をほころばせるエルフの少女。勢い込んでケビンに話しかける。
「名前はリーゼさんとおっしゃるようですね。『挨拶だけ。こんにちは、ありがとう、すみません』。しかし、どうしましょう。修業時代に会頭から仕込まれた挨拶ぐらいしか知りませんよ……。いつか役立つかもしれんとは言われましたが、本当に必要になるとは思いませんでしたし……」
「すげーなケビンさん! いやユージさんもすごいんだが……」
横で見ていた元冒険者パーティの斥候が、エルフの少女と会話するケビンを称賛する。挨拶ぐらいしか、ではない。普通の人間は挨拶も知らないのだ。
「あ、ケビンさん、俺がこの子が言っていることをわかりますから。『ケビンさんは挨拶しかわからないって』」
ケビンの言葉を通訳し、リーゼに伝えるユージ。
ちょっと残念そうにしながら、それでも自分たちが使う言葉で挨拶されたことがうれしいのだろう。リーゼはニコニコであった。
手を繋いでいるアリスもなぜかニコニコであった。
「え……? ユージさんが? えっと……ま、まあその辺ものちほど! お疲れでしょうし、まずはみなさん荷を下ろしてください。そのあと、一度ユージさんの家の前の広場に集まりましょう。どうやら情報交換と挨拶をしたほうがよさそうですし……」
はーい、うっす、と思い思いの返事を残し、討伐組はゾロゾロとそれぞれの住まいに向かうのだった。
誰一人、重大な問題に気づかないままに。
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討伐組が荷物を下ろし、三々五々、ユージの家の前の切り株が並ぶ簡易広場に集まってくる。
全員が集まったところで、シャワーを浴び、汚れた服を着替えてさっぱりした顔つきで話を切り出すユージ。
「…………ということで、モンスターの集落の討伐は無事に終わりました! これで安全が確保できましたし、春からは開拓民も増やせると思います。それから、いまの説明の中にもありましたが、この子が春まで預かるエルフです」
討伐の様子からエルフの保護、その後のギルドマスターとのやり取りまで語り終えたユージがエルフの少女に目を向ける。
『リーゼです。もう12才の立派なレディよ! よろしくね』
そう言ってすっと右手を胸の前に持ってくるリーゼ。どうやらそれがエルフ流の礼であるようだ。この世界の人族の礼と似ているが、微妙に異なっている。
「あー、リーゼちゃんです。12才のレディだそうです」
通訳したユージは、12才、アリスより三つ歳上か、でもエルフは12才でレディなんだろうか、などとブツブツ言っている。
だが。
集まった留守番組の開拓民はそれどころではなく、ざわついている。
おい、なんでユージさんがエルフの言葉しゃべれるんだ。知らないわ、ちょっと聞いてみなさいよ。ゆ、ユージさま……と大騒ぎである。
代表するかのように、ケビンが切り出す。
「ユージさん……その、ユージさんはエルフの言葉がわかるんですか?」
「ええ、そうなんですよ。ほら、俺は遠い外国から来ましたから、その時にいろいろあって」
ユージとケビンが初めて街に行く前に決めた、遠い異国の出身という設定。どうやらユージはいまだに守っているようだ。
ケビンとアリス、コタロー、リーゼ以外の開拓民たちがジットリとした目でユージを見つめている。
「はあ……。まあユージさんがそう言うならそれでいいけどよ。いつか話してくれるまで待つさ。さて。みっともないとこ見せてすまんな。俺はブレーズ。元3級冒険者パーティ『深緑の風』のリーダーで、いまは開拓地の住人だ。それからコイツがパーティの弓士で俺の嫁のセリーヌ。よろしくな」
そう言って横に座る嫁の肩を抱き、エルフの少女リーゼに自己紹介するパーティリーダー。その言葉を聞くに、ユージが外国の出ではないことに気づいているようだ。
「次は俺だな。おっとその前に。そこの大男も同じパーティのメンバーで、盾役のドミニクだ。無口だが悪いヤツじゃねえから安心してくれ。で、俺は斥候役のエンゾ。独身だ。嬢ちゃんがもうちょっと歳いってりゃなあ……」
続けて自己紹介したのは、パーティの斥候役、エンゾ。ついでとばかりに無口な大男のことを紹介していた。どうやら彼にとって、12才のエルフの少女は対象外だったようだ。ロリコンではないのだ。エロおっさんだが分別ある紳士なのだ。だからこそカモ扱いされているのだが。
ユージが通訳する自己紹介タイムは獣人一家へと続く。
マルセル、ニナの挨拶の後、マルクは顔を真っ赤にしながらたどたどしく言葉を述べる。どうやらマルクにとって守るべき対象が増えたようだ。本命はどちらになることか。うらやましい環境である。
「私は先ほども言いましたね。『ケビンです』。ところでユージさん、リーゼさんの住む場所ですが……。ユージさんの家にするおつもりですか? いえ、言葉が通じないので共同住宅に住むのはリーゼさんもみなさんも大変でしょうから、私も賛成なのですが……。先ほど、自然に入れましたね?」
ようやく、荷下ろしのために解散した時に見落としていた問題に気づくケビン。
アリスと手を繋いだエルフの少女、リーゼはユージの家の謎バリアにぶつかることなく中に入っていた。以前、稀人らしき住人たちと、謎バリアを持つ建物についてケビンが語った際、「住人に手をひかれる」「敵意・害意がない」ことが通り抜ける条件ではないか、とユージに伝えていた。図らずもその仮説の正しさが証明されたようだ。
ユージ、コタロー、アリス以来の住人になったリーゼは、キョトンとした顔でケビンを見つめている。そのリーゼは、アリスの案内と説明で一緒にシャワーを浴び、汚れた服を着替えてサクラの服を着ていた。
ちなみに。
リーゼは身長150センチほど、サクラは160センチほどなのだが、サクラのジーンズは裾上げもロールアップも必要なかった。後にそれを知ったサクラは血涙を流すことになる。人種の違いは時に越えがたい断絶を生むのだ。
「そういえば……。ま、まあケビンさんが言うように言葉が通じないと大変ですからね! コタローもアリスも懐いてるみたいですし! ……そうですね、いずれ俺の素性を話すことも含めて、その時にケビンさんもここにいるみなさんも試してみましょうか。問題なければいざという時に逃げ込む場所になるわけですし」
ごまかすように告げるユージ。だが、ユージも考えていなかったわけではない。
掲示板の住人に腹をくくっておくようにと言われて以来、考え続け、決めたことなのだ。
今回は防衛戦も討伐戦も圧勝だったものの、いざとなれば開拓団長として、防衛団長として、ユージは謎バリアに守られた自宅で第一次開拓民の安全を確保するつもりであった。
そんな空気をごまかすかのように、開拓民の挨拶が続く。
木工職人のトマスとその弟子の二人、針子の男のヴァレリーの自己紹介が終わり。
ついに、その女が立ち上がる。
「私はユルシェル、ヴァレリーと同じ針子よ! ね、ねえ、リーゼちゃん、私が作った服も着てくれるのかしら? い、いえ、この白い素肌に細やかな金髪……ユージさんにもらったあのデザインと型紙の服の方が似合うはず! ひゃっほう、ここが天国ね! ほらヴァレリー、行くわよ! さっさと美少女エルフの服を縫うのよ!」
自己紹介もそこそこに、あっけにとられるリーゼと一行をこの場に残し、針子の男の首根っこを掴んで作業場所へ引きずっていくユルシェル。どうやらエルフの美少女を前に職人魂がうずいてしまったようだ。現代のデザインを目にして醸成されていたイメージが、着用する対象を得てしまったのだ。むべなるかな、である。
「あ、あの、ユルシェルさん? 私が頼んだ服、忘れてませんよね? 春に間に合いますよね? 結婚の申し込みで贈る、けっこう大事な服なんですけど……」
そんなケビンのつぶやきと伸ばされた手は、誰にも答えられず宙に浮くのだった。
ちなみに拙作、ハーレムタグもNTRタグもついておりません。





