第十四話 ユージ、エルフの少女と会話する
『え? アナタ、ニンゲンなのに言葉がわかるの?』
『え? ……えっ?』
エルフの少女の言葉に、ユージはキョトンとした顔でキョロキョロと周囲を見渡す。
ギルドマスター。ポカンとしている。
エルフを見ていた女冒険者たち。ポカンとしている。いや、目が捕食者のソレに変わりつつある。優秀かつ優良な物件を見つけたようだ。
ケビンの専属護衛、アイアス。ポカンとしている。いや、苦い物を噛んだ表情に変わり、ポリポリと頭をかく。やっべー、ケビンさん連れてくればよかった、と言いたげである。
アリス。ポカンとしている。次第にその目は尊敬の眼差しに変わっていく。ユージ兄、すっごーい! という声が聞こえてくるようだ。
コタロー。ワフゥと息を吐き、首を振っている。ゆーじ、きづいてないのね、と言いたいようだ。
「ユ、ユージ殿……エルフの言葉がわかるのか?」
プルミエの街の冒険者ギルドマスター、サロモンがユージに問いかける。動揺していても、さすがは場の責任者であった。
「え? え? いや、フツーにわかりますよね? アレ?」
ユージ は こんらんしている!
「いや、普通はわからんのですよユージ殿。王都の学者ならあるいは……。い、いや、今はいいです。ユージ殿、その子にエルフの里まで自分で帰れるか聞いていただけませんか?」
戦場の場数は踏んでいるとはいえ、思いもよらない事態に混乱しているのか、よくわからない口調になっているギルドマスター。なぜユージが言葉を理解できるのかは置いておいて、目先の大問題の解決の糸口を探すようである。現実的な男であった。
あ、はい、と事態がいまだよくわかっていないユージがエルフの少女に質問する。開拓団長であり、開拓村の村長であり、開拓地の防衛団長であり、冒険者でもあるユージは、通訳も兼任するようであった。
『このおじさんが、エルフの里まで帰れるか? って聞いてるんだけど……。家の場所はわかるよね?』
『もちろんよ! リーゼはもうレディなんだから! えっと……ああ、ない、ない! ウソ、どうしよう……これじゃ帰れない!』
ユージの言葉に反応し、胸を張って答えるエルフの少女。
だが、胸元に手をあてると顔を青くしてゴソゴソと全身を探り、次第に涙目になっていく。
『どうしよう、どうしよう、どこかに落としたのかな、あれ、あれがないと……』
レディを自称していたが、涙腺は決壊寸前である。
そんなエルフの少女の足下にコタローが近寄り、おちつきなさい、とばかりに少女の足を頭で小突く。面倒見のいい頼れる女である。犬だが。
『よくわからないけど、ちょっと落ち着こう! ね?』
しゃがみこんで目線を合わせ、エルフの少女に語りかけるユージ。自然に目線の高さを合わせにいくあたり、どうやらアリスと暮らした経験が活きているようだ。
アリスも少女に近づき、心配そうに見上げている。言葉はわからないが、少女が泣き出しそうなほど困っていることは理解したようだ。知らない場所で一人きり。ひょっとしたら自分が保護された時の境遇に重ねているのかもしれない。優しい子なのだ。人には。
「えっと、サロモンさん。どうも帰れないみたいです……」
ユージがざっと少女の言葉を通訳し、ギルドマスターに報告する。
くそっ、そう上手くはいかねえか、と頭を抱えるギルドマスター。ふうっと一つ息を吐く。どうやら気持ちを切り替えたようだ。パンパン、と手を叩いて冒険者たちの注目を集める。
「よし! とりあえず、予定通りこの場に残るヤツらを置いて、他のヤツらは準備してさっさと出発だ! 各自、担当の方角へ散れ! いいか、エルフのことは口外すんじゃねえぞ。ちょっとでも口にしてみろ、即除名してやるからな!」
ギルドマスターの大声、いや、吠えるような指示を受けてさっさと行動に移る冒険者たち。これ幸いとばかりに素早く行動し、我先に出発していく。まるで、面倒事には関わりたくないと言わんばかりの行動であった。
ちなみに様々な方向に散っていくのは、ゴブリンとオークの残党がいないか探し、見つけたら殺すため。数名が集落の跡地に残るのは、エルフをさらった一隊のように遅れて帰ってくるモンスターがいないか確認し、発見次第殺すためである。根切る気まんまんである。
モンスターの集落跡地に残ったのは、ユージとアリス、コタロー、ケビンの専属護衛のアイアス、ギルドマスターのサロモン、それから開拓地在住の元3級冒険者たち、そしてエルフの少女。
面倒なことは聞きたくないとばかりに一行の反対、集落跡地のできるだけ離れた場所に数名の冒険者たちが集まっていた。どうやら彼らが居残り組のようだ。
「えっと……?」
冒険者たちの突然の動きに目を白黒させるユージ。うろたえながらも、ギルドマスターに問いかける。
「ユージ殿。その少女に聞いてほしい。一人で帰れないなら、こちらとしては王都の有名なエルフの冒険者に連絡をとるぐらいしかできんのだ。ワシらに他に何かできることはないか聞いてくれ。王都のエルフになんとかしてもらうにしても、春になるからなあ……」
わかっているのかいないのか、はい、と答えてエルフの少女に向き直り、ギルドマスターの質問を少女に伝えるユージ。完全に通訳である。
『そっか、外には彼がいるのね! よかったあ……。それでお願いするわって伝えてくれる? でも春ね……ニンゲンの街で暮らすしかないのかしら……』
涙目だったエルフの少女がユージの言葉、いや、ユージを通したサロモンの言葉に顔をほころばせる。ようやく自称した通りのレディらしい振る舞いになっていた。潤んだ目で美少女に見つめられたユージの顔は赤い。
さっそくエルフの言葉をギルドマスターに伝えるユージ。そこに自分の意見はない。
「ふむ……。いずれにせよ領主様や代官には報告するが、街、なあ……」
チラリと森の一方向に目をやるギルドマスターのサロモン。すでに出発して姿は見えないが、その先にはプルミエの街の代官から派遣された役人と、犯罪奴隷たちがいるはずであった。
エルフの少女は美少女である。そしてエルフは長命種であり、その美しさは長い間保たれる。人間や他種族との交流はほぼなく、それだけに希少な存在。
ギルドマスターが気にしていること。それは、エルフが街にいると知られればどう考えても不届き者に狙われる、ということであった。さらに、ユージは開拓団の団長であり、街で冬を越すわけにはいかない。早馬を使ったところで、雪が積もって行動できなくなるまでに王都のエルフを呼びつけることも不可能。つまり、エルフを街に連れていったところで言葉もわからないのだ。
どう考えても厄介事である。それも、下手したら種族間の問題となる厄介事だ。
「ユージ殿……。あつかましいのだが、お願いがあってな……」
そう言って、エルフの少女が街で過ごす場合の状況をユージに伝えるギルドマスター。種族問題にはしたくない領主から住まいの提供や護衛もつくはずで、冒険者ギルドとしても信頼できる冒険者を派遣する、だが言葉はわからず、警備の観点からもおそらく不自由な生活になるだろうことをユージに告げるギルドマスター。
そして。迷いながらも、ユージにもしできるなら、というお願いを投げる。
「ユージ殿。エルフの少女を、春まで保護していただけないだろうか。あの開拓村なら、雪が積もればむしろ人の出入りはなく安全なはずだ。ユージ殿が言葉がわかるなら、その子もだいぶ気楽だろう。もちろん、領主様とワシら冒険者ギルドから、金銭や物資も提供しよう。ユージ殿とアリスの嬢ちゃん、それから『深緑の風』の四人にも護衛費の名目で報酬を出す。引き受けてもらえないか?」
「そうですか、街だと危ないし言葉が通じないと……。俺はかまわないんですが、開拓地のホウジョウ村にはまだ何もないですからねえ……。この子にどっちがいいか聞いてみます」
ギルドマスターの言葉を受けて、そう答えるユージ。どちらを選ぶにしろ、それぞれにメリットとデメリットがあるのだ。どうやらエルフの少女自身に選ばせることにしたようである。
さっそく街の事情、開拓地の情報を伝えていくユージ。なぜかアリスは期待した目で少女を見つめている。物語でしか聞いたことがないエルフさんとお近づきになりたいようだ。
コタローは、エルフの少女の足に体をこすりつけていた。べんりさより、みのあんぜんをえらびなさい、と諭しているかのようだ。せっかくたすかったんだから、ぶじにいえにかえるのがいちばんよ、と言いたいようであった。オカン体質である。
事情を聞いたことで、家族や同族から離れ、人間に囲まれて一冬越さなければいけないことに実感がわいたのか。エルフの少女は、うつむいたまま無言であった。せっかく止まったのにまた涙目である。レディぶっているが、まだ幼い少女なのだ。
うつむき、無言のままそっと手を伸ばしたエルフの少女が、ユージの上着の裾をそっとつまむ。
ニパッと顔をほころばせ、満面の笑みを浮かべるアリス。
ワンワンッとうれしそうに吠えるコタロー。そう、だいじょうぶ、わたしがまもるわ、と言わんばかりである。
『えっと……。開拓地に来るってことでいいのかな?』
コクリと頷くエルフの少女。
どうやら少々不便でも、身の安全と言葉が通じる環境を選んだようだ。
目が覚めたら見知らぬ土地。まわりには気をつけるようにと言われてきたニンゲンたち。帰り道はわからない。そんな状況で、一冬越えることを余儀なくされたのだ。幼い少女が、言葉が通じるユージを頼るのは無理ないことだろう。
こうして。
ゴブリンとオークの討伐を終え、さらなる安全を確保した開拓地に、一冬だけのゲストが加わることになるのだった。
うーん、とりあえずケビンさんに報告と相談かなあ、ああ、掲示板にも報告しなきゃ、という開拓団長の不安な呟きを残して。





