第十三話 ユージ、冒険者たちと一緒に後始末をする
ちょっとだけ残酷な描写があります。
苦手な方はご注意ください。
早朝まではモンスターの集落となっていた場所、その跡地の中央。
少女を抱えたユージは、ギルドマスターのサロモンをはじめとする冒険者たちと合流する。
「ユージ兄! ケガはない? だいじょうぶ? その子も平気かな?」
合流したユージに飛びつかんばかりに近づいてきたアリスは、まくしたてるように話しかけていた。
なだめるかのようにワンワンッと吠えるコタロー。だいじょうぶ、みんなぶじよ、と言いたいようだ。優しい女である。味方には。
アリス、だいじょうぶ、誰も怪我してないよ、と返事するユージ。頭を撫でたいようだが、その手は塞がっている。
「ユージ殿。その子はひとまずここに寝かせてほしい」
そう言って、ユージがお姫様抱っこした少女を下ろす場所を指示するギルドマスターのサロモン。
ユージが目をやると、そこには冒険者たちのマントが敷かれていた。抱きかかえた少女をそっと下ろすユージ。ちなみに、手が滑っていろんなところは触っていない。ユージは紳士なのだ。斥候のエロおっさんとは違うのだ。
「ユージさん、さっきの戦いは上出来だったな。それにしても……おやっさん」
ユージに近寄り、声をかけてきたのは開拓地の住人にして元3級冒険者パーティのリーダー。だが、少女を見てなにやら口ごもっている。ギルドマスターのサロモンに確認しようかどうか迷っているようだ。
「……エルフだろうな」
「だよなあ……」
先回りするように、ギルドマスターのサロモンが答える。
言葉にしたことで現実を知ったのか、二人は頭を抱えんばかりであった。
「エルフ! やっぱりエルフなんですね! ホントにいたんだ!」
目を輝かせ、ハイテンションなユージ。仕方あるまい。本物のエルフを目の当たりにしたのだ。生エルフなのだ。平静でいられる男がいようか。いや、いるまい。尖った耳を見てユージはもしかしたら、とは思っていたようだが、確証を得てテンションはうなぎのぼりであった。
バウッと吠え、ユージに冷たい目を向けるコタロー。いまはそれどころじゃないでしょ、と言いたいようだ。
一方でユージの隣にいたアリスは、うわあ、えるふさんなんだ! お話で聞いたえるふさんだ! とテンションを上げていた。ユージに似てきているのか。危惧すべき事態である。
「見かけることは滅多にないから、ユージ殿の気持ちもわかるが……」
そんなユージたちをよそに、ギルドマスターや元冒険者のパーティリーダーは苦い顔である。
「おやっさん、街には?」
「お前がいたころと変わらん。エルフはいない。無事に救出できたのは幸いだが……」
パーティリーダーとそんな会話を交わし、ふうっとひとつ大きなため息を吐くギルドマスターのサロモン。気持ちを切り替え、集まった冒険者たちに指示を飛ばす。
「今回は女冒険者も参加してたな。ああ、この子の近くで見ていてくれ。いきなりむさ苦しい男どもの顔に囲まれてるよりいいだろう。他のヤツらは片付けだ! ユージ殿は魔法を使うアリスの嬢ちゃんと一緒に行動してほしい」
パンパンと手を叩き、ギルドマスターが集まっていた冒険者たちを作業にかからせる。
思い思いに返事をして、かつてのモンスターの集落に散っていく冒険者たち。
これから木や枝葉といった掘っ建て小屋の残骸とゴブリンとオークの死骸を集め、焼却する陰鬱な仕事が待っているのだ。ほかのモンスターや盗賊の住処とならないように念入りに破壊する必要があるため、下手をしたら片付けは討伐そのものよりも大仕事なのだ。もっとも、だからこそ6級から8級の冒険者たちが20人もいるわけなのだが。
「おーい、ユージさん、アリスちゃん! 次はこっちを燃やしてくれー!」
ふわふわと綿のように白いゆきふりむしが舞う中、モンスターの集落の破壊にとりかかる冒険者たち。瓦礫となった木々を集め、死体を集め、小山を作ったところでアリスの出番である。
ユージとコタローが先導し、準備が終わった場所へ向かうアリス。みんなの役に立てるのがうれしいのか、ニコニコと満面の笑みである。やっていることは凄惨なのだが。
「よーし、じゃあいくよー! あっついほのお、いっぱいもえろー!」
アリスから放たれた魔法が着弾し、小山を覆うように燃える。討伐の最初に放った魔法の狭い範囲バージョンのようだ。
「いやあ、ホントすげえなあ嬢ちゃん! 威力もだが、まだ魔力切れしないのか? どうだ? 開拓やめてウチのパーティに入らないか? 稼げるぞー」
褒められてえへへーと笑うアリスだが、勧誘はきっぱりと断っていた。
さらに、勧誘する男にはコタローの鋭い目つきと唸り声が飛ぶ。
「おわっ! い、いやだなあ、冗談だよ冗談、な?」
うへへへへ、と愛想笑いを浮かべてなぜかコタローに弁解する男たち。腰が引けている。
それを見てフンッと鼻をならすコタロー。まあゆるしてあげるわ、と言っているかのようだ。
ともあれ。
こうして、6級から8級の冒険者20人という人手とアリスの火魔法の活躍により、集落の破壊は順調に進んでいったのである。
「おおー、アリスの嬢ちゃんの魔法のおかげで順調だな!」
早朝にモンスターを討伐し、午前に片付けをはじめて昼休憩を挟んだ午後。
燃やす小山がなくなったため、ユージとアリス、コタロー、ケビンの専属護衛のアイアスは、燃えかすを片付ける冒険者たちを残して一足先にギルドマスターの下へ戻っていた。
たくさんの人から褒められ、終始ご機嫌だったアリス。だがいまは心配そうにエルフの少女を覗き込んでいる。
そんなアリスの横にはコタローがちょこんと座り、こちらも心配顔で少女を見ていた。
「それにしても、サロモンさん。先ほどはなんでこう……面倒そうな感じだったんですか?」
「そうだなあ、いろいろあるんだが……。ユージ殿、まず、この少女はエルフで間違いないだろう。だがな、プルミエの街にエルフはいないし、人間も獣人もエルフの里の場所は知らないのだ。この大森林に存在することは確かなんだがな」
「え……? あ、でも、この子が起きたら、案内してもらって里まで送ればいいんじゃないですか?」
「それができればな。王都に有名なエルフの冒険者がいるんだが……。ソイツが言うには、里に入るのはエルフでも特殊な方法がいるんだと。大げさに言って探しても無駄だと思わせたかったのかもしれないがな」
「つまり、この子も知らない可能性があるってことですか? ……さすがにそれはないでしょう。ないですよね? それにもしこの子が知らなければ、その王都のエルフのところに送り届ければなんとかなるんじゃないですか?」
「……そうだな。まあ目を覚ましてもらわないことには何とも言えん。王都まで送るのは……ほれ、ゆきふりむしだ。もうすぐ雪が降る。積もったところで早いうちなら近場は行けるだろうが、王都までとなるとな。それに、最大の問題は」
いまだ浮かない顔でユージと話をするギルドマスター。どうやら少女が目を覚ましても、はいよかったね、じゃあ後はご自由に、とはいかないようだ。
そして、ギルドマスターの言葉の途中で、声が聞こえてくる。
『う……ううん……』
エルフの少女の声だ。
あ! ユージ兄、もうすぐ起きそうだよ! うれしそうに声を弾ませ、エルフの少女を覗き込みながらユージに報告するアリス。
コタローも少女のまわりをうろうろ歩き、よかった、だいじょうぶそうね、とほっとした様子である。
ギルドマスター、見守っていた女冒険者たち、ユージ、アリス、コタロー、アイアスが注目する中。
ゆっくりと、エルフの少女のまぶたが開いていく。
だが。
ギルドマスターが語る、最大の問題。
それは。
『……え? ここはどこ? キャッ! ニンゲンね!』
体を起こし、まわりを見渡し、首を傾げたエルフの少女が声を上げ、囲んだ人間の姿に驚きを見せる。
その声を聞き、やっぱりかとばかりに肩を落とすギルドマスター。
アリスはエルフの少女を見つめ、小首を傾げていた。
まるで、少女が何を言っているかわからないように。
コタローはキョロキョロとサロモンやアリス、冒険者を見渡し、ワンッと吠える。そう、そういうことね、さろもん、と納得しているかのようだ。
ただ一人。
ユージだけが、変わらない態度であった。
いや。
エルフの少女をなだめるように、ユージはゆっくりと話しかける。
『だいじょうぶ、落ち着いて。君は助かったんだよ』
ギルドマスターが、冒険者が、アイアスが、アリスが、そしてエルフの少女が目を見張る。
『え? アナタ、ニンゲンなのに言葉がわかるの?』





