第九話 ユージ、初の大規模戦のため討伐隊と合流する
ユージとアリス、コタロー、元冒険者の二人とケビンの専属護衛。
5人と一匹の開拓地モンスター集落討伐チームとギルドマスターたち冒険者チームが獣道を行くこと一日半。
一行は、街から向かった討伐隊との合流地点まであとわずかのところまで来ていた。
ユージの前を歩いていたコタローが視線を上げ、斜め前方を見る。どうやらなにか見つけたようだ。
「おーい、ユージさん! うわ、ギルドマスター!」
獣道の脇の薮をかきわけて現れたのは、かつて冒険者ギルドでユージに絡んできた大男だった。
さらにガサガサとユージの頭上の木々が葉音を鳴らす。上空から降りてきたのは、猿人族の男。
モンスターの集落から獣道をたどって60匹のゴブリンとオークが進撃したが、どうやら木こりと猿、いや、ユージに絡んだ両手斧の大男と猿人族のコンビは無事だったようだ。
「二人とも無事だったんですね! 心配しましたよー」
「いやあ、コイツがなんかイヤな予感がするとか言い出しましてね。ちょっと街寄りに移動してたんですよ。そしたら街から来た冒険者が、この近くにモンスターの集落があるって言うじゃないですか。あわてて見まわったら大量の足跡があって。開拓地に知らせに行こうかどうか迷ったんですけど……『深緑の風』のみなさんがいることを思い出して、まあ大丈夫だろうと。でもよかった、無事だったんですね!」
怪我ひとつないユージの姿を見て、うれしそうに語る大男。かつて冒険者ギルドでユージを怪我させてやろうと意気込んでいたのはなんだったのか。もはやただの善良な木こりだ。
「あれが虫の知らせってヤツなんですかね。王都育ちでシティボーイの俺には縁のない話だと思ってたんですけど」
木こりの横で、ニコニコとうれしそうに猿が語る。以前、ユージが言ったシティボーイという単語を気に入ったようだ。そもそも猿は賢く、警戒心が強い生き物だ。動物的な勘で危機を察知してもおかしくはない。いや、彼は猿ではなく猿人族なのだが。
「こちらはけっこう余裕で撃退しましたよ。いやあ、お二人が無事で良かった」
そう言って笑うユージ。どうやら、冒険者ギルドで乱闘騒ぎとなったわだかまりは、三人の間にはもうないようであった。
そんなユージの足下で、コタローはワンワンワンッと何度も吠えていた。おさるのくせにしてぃぼーいってどういうこと、それにもうもりがすみかじゃない、とツッコミたかったようだ。だが、言葉は通じない。
激しく吠えるコタローを、よしよし、となだめるようにアリスが撫でまわす。
今日もコタローのツッコミは、誰にも理解されないようであった。
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獣道で木こりと猿と別れ、森に入る一行。
先導は街から来た二人の冒険者と、ギルドマスターその人である。
開拓地を出てから二日目、もうすぐ日が暮れる。
と、先頭を歩いていたギルドマスターが足を止め、右手で奇妙な動きを繰り返す。
いくら歳だからといって、ボケたわけではない。少なくとも見た目はまだ50代なのだ。
味方に向けたハンドサインである。
暗くなる前に、一行は合流地点にたどり着いたようであった。
「おう、待たせたな。それで、集落の様子はどうだ?」
「おやっさんと分かれた後、特に動きはありません。ただ調査のときよりも数が減っています。おそらく250ほどかと」
声をかけたギルドマスターに返答したのは、軽戦士と斥候の二人からなる冒険者パーティ『宵闇の風』。集落の調査を担当した二人は、そのまま討伐隊の案内役としてこの依頼を受けていたようだ。その二人の後ろにも多くの冒険者がたたずんでいた。
「ああ、減った分は気にしなくていい。開拓地に向かったが、すでに殲滅したとさ」
ギルドマスターはそう言ってチラリとユージたち開拓地組に目線を飛ばす。
「え? 殲滅って、減った分を考えたら50ぐらいは開拓地に行ったんじゃないですか?」
ギルドマスターの言葉に驚く宵闇の風。だがユージたち開拓地組を見ると、すぐに納得顔で頷いていた。あ、先輩たちがいたんですもんね。そりゃ殲滅も余裕か、と。
身近にいるユージはわかっていないが、元3級冒険者パーティとはそれほどの存在であるようだ。
「よし。これで討伐隊は揃ったな。では、明日早朝から討伐にかかるぞ」
音頭をとるのはプルミエの街の冒険者ギルドマスター、サロモン。
討伐隊の主だった面々を集め、最後の作戦会議のようである。
その場にはなぜかユージも招かれていた。
「作戦は前に言った通りだ。6級から8級の20人は集落を包囲して一匹も逃がすな。もしオークが行ったら複数で当たるようにきちんと伝えとけ。4級と5級の8人、それから俺と『宵闇の風』の二人が斬り込み隊だ。あと開拓地から『深緑の風』の二人が参戦だ。なまってねえだろうな? おまえらも斬り込み隊だ。情報ではオークリーダー以上がいると思われる。殺ろうとする分にゃかまわんが、一当てしてキツイと思ったら俺を呼べ。それから……」
集まった各パーティのリーダーに言い聞かせるように話すギルドマスター。作戦はすでに説明済みで各自の頭に入っており、この場は最後の確認だったようだ。ギルドマスターが復習するようにざっと概要を伝えた後、言葉を止めてユージを見る。
「開戦の合図だけ変更だ。ユージ殿、準備ができたらケビン殿の専属護衛に合図を送る。そしたら嬢ちゃんの火魔法で開戦だ」
無言で頷き、了解の意を示すユージ。大物を気取ったわけではない。作戦会議の空気にあてられているのだ。一般人、いや、10年引きこもっていたユージが、緊迫したブリーフィングで発言できるわけはなかったのだ。
ユージの足下にはコタローがいたが、コタローにも異論はないようだった。むしろコタローの目は爛々と輝いている。だいきぼせんとうね、もえるわ、と言っているかのようだ。好戦的な女である。獣なので。
「それとおまえら、この方がユージ殿だ。8級冒険者としての参加だから、周辺の包囲を担当してもらう。この討伐の依頼主の一人であり、開拓団の団長だ。粗相がないようにな」
静かに話を聞いていた冒険者の面々の目つきが変わる。特に、歳かさの冒険者が顕著であった。
それまでの静けさが嘘のように騒がしくなる会議。
お、俺たちは全員農村出身で農作業もばっちりです。バッカお前、ユージさん、俺、矢は自作できます、狩りでも自警団でもなんでもこいです。ユージさん、ウチのパーティは力自慢が揃ってます、開拓に役立ちますよ。
開拓団長ユージへの売り込み合戦である。仕方あるまい。現代で言えば、冒険者は会社に所属していないフリーランスのようなものだ。それも体が資本で基本は力仕事、そのうえ命の危険がある職業なのだ。体力や才能の限界が見え、命の危険と現実を知ったフリーランスが、良好な条件の雇用枠を持った再就職先を目の前にしているのだ。歳を重ねた冒険者ほど真剣にユージに売り込んでいた。その勢いに、若手の冒険者たちは引き気味であった。彼らはまだ若く、自分は特別だと思っているのだ。勘違いも甚だしいが、若さゆえの過ちは誰でも認めたくないものであった。いや、過ちだと気づいていないだけなのだが。
いきなりはじまった売り込みに、ちょ、ちょっと落ち着いてください、となだめるユージ。順番などなく一斉に話しはじめたため、ユージの耳にその内容は届いていなかった。だが、それで良かったのかもしれない。
女性冒険者チームのリーダーは、こんなことを言っていた。
ユージさん、ウチは女性だけのチームなの、ほら、開拓地って男ばっかりでしょう? 選んでくれたら、ね。と、流し目で。
その女に向けて、ワンワンと吠えるコタロー。びっちはおよびじゃないの、と拒否しているかのようだ。
ユージのハーレムは、ユージが知らない間に、誕生する前に潰されたようである。
別の冒険者の男は、こんなことを言っていた。
へ、女なんて行ったら揉めるに決まってるじゃねえか、ユージさん、アイツらよりウチのほうがおすすめですよ、ウチのメンバーには両刀使いがいますからね。と、力強く。
向きを変えてコタローが吠える。ちょっと、りょうとうってぶきのはなしよね、でもどっちにしろだめよ、と言いたいようだ。
ユージの貞操の危機は、ユージが知らない間に、防がれたようである。
「まあまあみなさん、いまはここまでにして、終わったらゆっくり売り込んでください。それでギルドマスター、犯罪奴隷はどう使いましょうか?」
冒険者たちを遮って声をかけたのは、プルミエの街の代官より派遣された役人であった。モンスターを殲滅できたかどうかの成果の確認と、犯罪奴隷の使役と監視のために派遣されたのだ。
「ああ? 戦力になるかどうかわかんねえから、大人しく包囲でもしてりゃいいんじゃねえか?」
不快だ、と言わんばかりにぞんざいに答えるギルドマスター。それが犯罪者に対してなのか、無駄な戦闘に駆り出す役人に対してなのか、戦闘という己の本分を荒らされたように思えるからなのか、その原因はわからないが。
「そうですか……。それでは、集落の包囲にまわしますね」
ギルドマスターの不機嫌を意に介さず答える役人。どこの世界でも、面の皮の厚い役人は存在するようであった。
ともあれ。
ユージたちは討伐隊に合流した。
一行はここで一夜を過ごし、翌早朝からついにゴブリンとオークの集落討伐がはじまるのだ。
ちなみに、開幕の合図を任されたと伝えられ、アリスはむふーっと鼻息も荒かった。
役に立てることがうれしかったようだ。
……森林火災にならないことを祈るばかりである。





