第八話 ユージ、討伐戦の開始を知らせに来た冒険者を迎える
陽があるうちは戦場の片付けと罠の再設置、夜は掲示板で今後の防衛計画について相談していたユージ。
初の開拓地防衛戦、その片付けをようやく終えた日の夕方。
獣道をたどり、開拓地を訪れる三人の男の姿があった。
「おお、ここがユージ殿の開拓地ですか! 一年目なのになかなか立派ですな。いやあ、そうですかそうですか」
「あれ、ギルドマスターのサロモンさん? どうしたんですか?」
髪は白髪まじりのブロンドで、いわゆるクルーカット。眼光は鋭い。そして、無理やり縫い合わせたのだろうか、片側の口の端から頬にかけて残る大きな傷跡。その頬と傷跡をゆがめてユージに挨拶する一人の男。プルミエの街の冒険者ギルドマスター、サロモンであった。どうやらこれでも笑っているつもりのようだ。凶悪な人相である。
開拓地にやってきたのは、二人の冒険者とギルドマスターその人であった。
「最近ちょっと体がなまってましてな。ワシもモンスターの集落の討伐に参加することにしたんですよ。伝令兼集落までの案内ついでに、ユージ殿の開拓地と『深緑の風』の様子を見てやろうと思いましてな。アイツらに粗相があったら、引退する冒険者を受け入れてもらえなくなるかもしれませんから。それよりユージ殿、獣道に大量の足跡が残っていましたが、モンスターですかな? みなさん無事ですか?」
「え、ああ、無傷で撃退しました! あ、ギルドマスター、すぐ出発しますか? だったらみんなに声かけてきますけど……あ、でもどっちにしろ呼んだほうがいいか」
「おおそうですか、無傷で。それはそれは……。ユージ殿たちが問題なければ、出発は明日にしましょう。夜の行軍は無駄な危険がつきものですからな」
伝令兼案内役の到着。
それは、冒険者として初めてユージとアリスが受けた依頼、モンスターの集落殲滅へ出発することを意味していた。
ユージは拠点防衛の大規模戦闘に続き、今度は拠点を攻める側の大規模戦闘に参加することになるのだった。
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「おやっさんじゃねーか。どうした? まさか集落討伐にしゃしゃり出てきやがったのか?」
開拓村、共同住宅前。
ユージが招集をかけ、そこには開拓民、プルミエの街から訪れた三人の男、それにケビン一行の姿があった。どうやら話し合いも兼ね、ここで夕食をとるつもりのようだ。
元冒険者パーティのリーダーが、ギルドマスターを見つけてさっそく声をかける。いまは開拓民として暮らす冒険者パーティは、元々プルミエの街に20数名しかいない3級冒険者。どうやらギルドマスターとは知己であったようだ。
「おう、まだまだ現役だってところを見せてやらねえとな。それと、おまえらがユージ殿とケビン殿に迷惑かけてないか見に来たのよ」
偉そうに語るギルドマスター。いや、偉いのだが。
だが、ケビンにやり込められたり、アリスの魔法で死にそうな目にあったところしか見ていないユージには新鮮に映ったようだ。あ、この人やっぱり偉いんだ、などと小さな声で呟いている。
「いえいえ、みなさんよくやってくださっていますよ。農作業も建築も開拓もイヤな顔せず働いていますし、ちょうど数日前にゴブリンとオークの群れに開拓地が襲われましてね。しっかり活躍していただきました」
ケビンの言葉を聞き、おお、そうかそうかと顔をほころばせるギルドマスター。ユージの足下にいたコタローがギルドマスターに向けて、ワンッと吠える。ちょっと、えがおがこわいわよ、こどもがなくじゃない、と言いたいようだ。
が、アリスはニコニコと笑顔であった。ハートが強い幼女である。
だが、犬人族のマルクはプルプルと震え、尻尾は足の間に入っていた。これが普通の反応だ。何しろギルドマスターの凶悪な笑顔に、ユージもちょっと引いていたぐらいなのだ。
そのまま、次の開拓民受け入れについて話をはじめるギルドマスターとケビン。このモンスター集落の討伐を終えて安全を確保し、春になればまた人を増やす予定なのだ。針子、あるいは手先が器用な者。農作業ができる経験者、あるいは頑強な体を持つ者。街と開拓地を結ぶ獣道を拓く追加の人員。
まだ先の話ではあるが、いよいよ本格的に開発がはじまろうとしていた。
そんな先々の話を進めつつ食事を終え。
全員揃っている機会だからとばかりに、ユージが切り出す。
「案内も来ましたし、俺とアリス、コタローは明日から冒険者としてモンスターの集落の討伐に向かいます。その間、この開拓地の防衛をみなさんでお願いしますね。まああれだけの数のモンスターを撃退したんです。問題ないと思いますが……」
ちなみにユージはそう言っているが、コタローは冒険者ではない。街の冒険者ギルドに行った際、いちおうユージがギルドマスターに聞いてみたのだが、冒険者登録はできなかったのだ。犬なので。
「ああユージさん、それなんだがな。俺とコイツも行くぜ。斥候役は何人いても困らないだろうし、防衛側にいてもあんまり役には立たねえからな」
元冒険者パーティ『深緑の風』のリーダーが、斥候役の男を親指でさしてユージに告げる。さりげなく本人も参加メンバーに入っていた。
「……え? 防衛、大丈夫ですかね?」
「ああ。柵も櫓もあるし、攻めてこられたら今度はコイツがきっちり盾役をして、また弓で針山にしてやるさ。この前はぬるすぎて、コイツなんて盾役なのに一回も盾を使ってねえからな。余裕だ余裕」
ニヤッと笑ってユージに語るパーティリーダー。その横で、大柄な盾役の男がコクリとうなずいている。たしかにこの前の防衛戦では、盾役の男は転んだゴブリンにトドメをさすだけの簡単なお仕事しかしていない。
ワンワンッと吠えるコタロー。ちょっとだいじょうぶ、それふらぐじゃない、と言いたいようだ。このパーティリーダー、以前からフラグを立てるような発言ばかりである。
「大丈夫ですかね……。どう思います、ケビンさん?」
ユージはケビンに話を振る。開拓団長にして村長、防衛団長のユージだが、いまだ敵の脅威度や適切な戦力把握には慣れていなかった。この世界の強者は言葉通りの一騎当千だったりするのだ。現代を生きてきたユージにはわかりづらくて当然である。
「問題ないでしょう。ああ、元冒険者のお二人は自由に動きたいでしょうから、ユージさんとアリスちゃんの護衛に、私の専属護衛から一人出しますよ」
パーティリーダーの申し出を否定するどころか、ケビンはさらに戦力の提供を申し出る。それほど開拓地の防衛戦力は過剰だったのだ。
「そうですか……。というか、こういう飛び入り参加みたいなのはいいんですか?」
今度はギルドマスターに問いかけるユージ。たしかに、二人の元冒険者もケビンの専属護衛も、冒険者ギルドで依頼を受けていない。それにしてもユージは気がまわるようになったものだ。33才なら当たり前レベルだが。
「うむ……。まあ村の防衛やモンスターの撃退は、現地の人間が手伝うこともありますからな。その延長、ということにしておきますかな。依頼への報酬は出ませんが、討伐したモンスターの分ぐらいは報酬も出しましょう」
「よっ、おやっさん太っ腹!」
プルミエの街の冒険者ギルド、そのトップの裁定である。問題ないうえに、一部報酬も出すことにしたようだ。すかさずパーティリーダーが茶々を入れる。
だが、その内容にケビンが反応し、自らの腹を押さえていた。これは違う、恰幅がいいだけなんだ、いや、でも春までに痩せたほうがいいか、などと呟いている。結婚の申し出を前に、ダイエットを考えているようだった。多少の肥満は富の象徴なのだ。問題ないのだ。恰幅がいいだけなのだ。異世界にメタボという言葉は存在しないのだ。うらやましい。
ギルドマスターの討伐報酬の話を聞いて、元冒険者の盾役の男がうらやましそうな目で、ニヤつく斥候を見つめていた。どうせ花街で使うんだろ、討伐を代われ、俺の結婚資金にする、と目で語っている。が、斥候の男は無視である。俺、この依頼が終わったらあの子に告白するんだ、などと呟いていた。ちなみに彼の意中のあの子は花街の店の従業員だった。いいカモである。
一方で、元冒険者パーティの弓士は夫であるリーダーに声をかけていた。楽勝だからって油断しちゃダメよ、無事に帰ってきてね、と。パーティリーダーは、ああ、大丈夫さ、俺の帰りを待っててくれ、帰ってきたら子供のことも考えような、と返す。
そんな二人を、アリスはキラキラした目で見つめていた。アリスもいまや9才。そろそろ恋物語に憧れる年齢のようだ。
コタローは、キョロキョロと忙しく目線を動かしていた。なんなのこいつら、ふらぐたてまくりじゃない、しにたいの、と言いたいようだ。だが、コタローにツッコミは期待できない。しゃべれないので。
針子や開拓者もさることながら、開拓地には人間のツッコミ役の確保が急務のようだ。
ともあれ。
ユージ、アリス、コタロー。
元冒険者パーティから、リーダーと斥候役の二人。
ユージたちを守るため、ケビンの専属護衛の一人。
開拓地からは合計5人と一匹が、明日からゴブリンとオークの集落討伐に向かうことが決まるのだった。
元冒険者パーティが、大量のフラグを立てて。





