第三話 ユージ、ホウジョウ村防衛団長として備える
「よし! さすがにみんなでやると速いなあ」
そう呟いたユージがまわりを見渡す。
木の葉も落ち切った晩秋。
開拓地の南側、柵の外では開拓民がそれぞれ作業をしていた。
木の杭を立てて柵を作っているのは、元冒険者チームとユージの奴隷、犬人族のマルセル。
これまでのように開拓地を囲う柵ではなく、ほぼ直線の獣道を挟むように両側に木製の柵を作っていた。上から見ると、二つの山で棒を挟む形である。二つの山で棒を……いや、山と棒の間には空間がある。上から見ても卑猥な形はしていなかった。
開拓地へ入る簡素な門は、二つの山の間、谷底に接している。獣道を進んできた外敵に対して、左右から矢を射ったり魔法を放てるようにという工夫である。簡易だが、いわゆる『殺し間』であるようだ。
ユージとアリスは作業する五人のさらに外で、先端を尖らせた逆茂木がわりの木を打ち込んだり、根元近くにロープを結んでいる。狩人である猫人族のニナとケビンの護衛の冒険者の弓士、イレーヌの指導により、片側を引くと人型生物のスネの高さにロープが張られるようにしているのだ。単純な罠ではあるが、モンスターを相手にすると考えたら充分、という冒険者たちのアドバイスであった。
そのイレーヌは鳴子を仕掛けに行った。人間ならすぐ見抜くけど、ゴブリンとオークなら余裕で引っかかる、とのことである。コタローも同行しているようだ。獲物、あるいは敵を発見するコタローの索敵力はすでに住民たちに信頼を得ているのだ。優秀な犬である。
鳴子を仕掛ける狩人チームとユージたちの間の森では、猫人族のニナとその息子のマルクが木登りをしていた。いや、遊んでいるわけではない。鉈を手に木に登り、枝を払っているのだ。見通しをよくするため、射線を確保するための大事な作業なのだ。マルクの尻尾が揺れているのは気のせいなのだ。犬人族のマルクも、母親の血を引いて高いところが好きなようである。
だが、開拓地の防衛を整える中で一番忙しかったのは、トマスとその二人の助手の木工職人チームだろう。これまで伐採してきた木の先端を尖らせて柵や逆茂木用に加工したり、獣道の横にせり出した柵の後ろに簡素な櫓を組んだりと八面六臂の活躍であった。
ちなみに、ユージのリクエストで櫓が一つ追加されたようだ。いや、開拓団長の言うことだしいいんすけどね、とトマスがぼやきながら櫓を組んでいた。防衛の役に立たないカメラ用である。ユージ、初の職権乱用であった。
ケビンと二人の専属護衛は、ため池から水がいっぱいに入った瓶をせり出した柵の近くに運んでいた。背負子も活用し、三人は何度も往復する。無駄な荷運びを繰り返すシジフォスの労働、ではない。せり出した柵同士の頂点を結ぶラインに水をまき、さらにかき集めた瓶をすべて水で満たしたところで、ケビンが声を掛ける。
「ユージさん、アリスちゃん、水の準備ができました!」
「ありがとうございますケビンさん! よーしアリス、じゃあ説明した通り、柵と柵の間だからね。あの濡れてるところの手前までだから、気をつけるんだよ」
「はーい、それじゃあやるね! んんー」
ユージの言葉を受け、アリスが手をあげて元気に返事をする。9才ではあるが、まだまだ子供であった。
んんー、とまるで力んでいるかのような声を出すアリス。いや、実際に力んでいるのだ。んんーってやるとおへそのとこがぽかぽかするの、である。それに続く言葉は、ぐぐーってやって手のほうに動かしてね、だ。魔法を使おうとしているのである。だが、いつもより明らかに溜めが長い。かつてプルミエの街の冒険者ギルドマスターを危うく殺しそうになった時と同じほどか。
そして。
えいっというかわいらしい声とともに、かわいらしくない魔法が発動した。
アリスがかざした手の上に、炎の球が生まれる。
手を振り下ろすと、その炎の球は『殺し間』予定地の中心へ飛んでいく。
着弾。
そして、爆発することなく炎が広がる。
どうやら新しいタイプの魔法のようだ。
高さはユージのヒザあたりまで、赤い炎が広範囲に燃え上がる。いつものアリスの魔法とは違い、火はすぐ消えることなく維持され、下草を焼いている。3秒、5秒と時が経つ。魔法の炎が消えたとき、そこにはプスプスと焼け焦げた地面が広がるばかりであった。
ついにアリスは範囲型魔法を覚えたようだ。掲示板住人に促され、ユージが教育した結果である。
えへーっと顔をほころばせ、自慢げにユージを振り返るアリス。
教え込んだはずのユージはポカンと口を開けて間抜け面をさらしている。いや、ユージだけではない。近くにいたニナとマルク、元冒険者パーティ、ケビンと二人の専属護衛、木工職人チーム。揃いも揃って口を開け、間抜け面である。
あれっと小首を傾げるアリス。褒められたい系の女なのだ。
「お、おう! 嬢ちゃんすげーな! ほらおまえら、ぼっとしてないで水まくぞ!」
最初に立ち直ったのは、元冒険者パーティのリーダーであった。さすが場数が違う。しっかり硬直していたが。その言葉に従って、水をまいていくユージたち。だが、火はほとんど延焼することなく消えていた。魔法の火はコントロールが可能で、燃え残った草や葉、木にわずかに火が残るのみであったのだ。
「ア、アリスはやっぱりすごいなあ」
そう言ってアリスを褒め、頭を撫でるユージ。
その一方で。
あの、これ、防衛準備ここまでいります? けっこう大変なんすけど、と小声で呟く木工職人のトマス。そういえばこの男、アリスの火魔法を見るのは初めてであった。元3級冒険者パーティに、アリスの魔法。過剰とも思われる戦力に、開拓地を守るためにとがんばって徹夜作業を続けていたトマスはぼやかずにいられなかったようだ。
そんなトマスのぼやきを耳にして、ユージはいえいえ、安全第一ですから! と言い切る。そんなユージに、そりゃそうなんだけどさ、という木工職人チームの冷たい目が向けられていた。だが仕方あるまい。このところ、彼らはブラック企業顔負けの労働時間なのだ。その仕事が過剰かもしれない、となれば恨めしくも思うものである。
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夕方。
一日の作業を終え、ユージとケビン、元冒険者パーティのリーダーが完成した共同住宅に集まっていた。
「だいぶ形になりましたね」
笑顔で話しかけるユージ。暢気なものである。
「おう。俺たちがいて、嬢ちゃんの魔法があればドラゴンでも来ない限り安全だろ。さっさと家を建てて二人で暮らしてえなあ。俺たちだけじゃなくて、アイツも早く婚約者を呼びたいだろうしな」
そう言い切るのは元冒険者のパーティリーダー。お墨付きである。パーティメンバーの、婚約者がいる無口な大男を気づかう余裕すらあった。ユージは、え、いやちょっとそれフラグじゃ、というかやっぱりいるんだドラゴン、などとブツブツ言っている。
「いえいえ、この辺にはドラゴンはいませんよ。春には時おりワイバーンが現れることもあるようですが。まあ集落を殲滅して、雪が解けたらトマスさんの親方も弟子を引き連れて様子を見に来ると言ってましたし、本格的な建築は春以降でしょう」
そう言って、パーティリーダーが建てたフラグを折るケビン。よし、フラグ折れたな、ってまた新しいフラグ……などとユージはまたブツブツ言っている。
「それより、共用の武具も持ち込みましたし、罠や柵も形になってきました。この開拓村の防衛団長を決めておきましょう」
そう言ってユージを見るケビン。ほぼスポンサーのような役割を担っているとはいえ、ケビンはまだ開拓村に住んでいるわけでも店を出しているわけでもない。視線は明らかにユージを捉えている。
「ユージさん、頼むわ。俺たちはパーティ単位で戦うか、攻め込まれたら遊撃で出るはずだからな。全体に指示を出すのは別の人のほうがうまくいくだろ」
元冒険者パーティのリーダーも、そう言ってユージのほうを見やる。開拓地で戦闘があれば最前線に立つのは彼らの予定だ。全体を見て指示を出す、というのはたしかに難しいところだろう。
「え……? 俺ですか? でも俺、経験もないし何もわかりませんよ?」
「ユージさん……。今日、ユージさんの指示で防衛のための柵や罠を作りましたよね? 助言はしましたが、みんな納得したから動いたんですよ。ここまで拠点の守り方がわかっているなら、みんなユージさんの指示に従いますよ」
呆れた表情で言い張るケビン。演技である。いや、言っていることは実際にケビンが思った通りなのだが、表情を作ったのは演技であった。鍛えられた商人は、ポーカーフェイスなどお手の物なはずなのだ。
「まあ俺たちも助けるし、間違えてたら言うしな。それに多少間違えてたところで、軍にでも攻められなきゃ楽勝だ。どーんと構えてりゃいいんだよ」
そう言ってユージの肩を叩くパーティリーダー。え、ちょ、そのフラグしゃれにならない、とブツブツ呟くユージ。三度目である。
いえいえ、領主夫人にも代官にも目をかけていただいてますし、軍なんて来ませんよ、とケビンがフォローする。
ケビンの言葉を受け、ようやくユージは。
「わかりました。開拓団長ですし村長ですし、いまさらですよね。防衛団長もやってみます!」
握りこぶしを固め、ユージが決意を口にする。
そういえば、開拓団長も村長も、断る選択肢はなかった。
断れる役職を引き受けたのは初めてである。
ユージがこの世界に来てから三年半と少し。
どうやらユージは、わずかであっても精神的に成長しているようであった。
※本編中でも何度か書いておりますが、魔法は無詠唱でも発動する設定です。
ユージが詠唱している理由? 作者の趣味です!
いえ、無詠唱だと仲間も目つぶしくらっちゃうからですね、きっと。





