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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 5

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閑話8-6 針子の二人、開拓地に移住する

今話は現地人も英語やら現代っぽい言葉を使っていますが、ご容赦ください!

か、閑話ですので!


副題の「8-6」は、この閑話が第八章 六話目ぐらいの頃という意味です。

 プルミエの街、商人に人気の仕立て屋。

 その作業所にて、二人の男女が会話を交わしていた。


「うわあ、見てよヴァレリー! やっぱり先輩のデザインはすごいわあ……」


「ほんとだ……。どうしたらこんな発想ができるんだろう……」


 うっとりした表情で仕上がったばかりの服を眺めるのは、針子のユルシェル。恍惚としたその表情は、18才の少女らしからぬ色気を発していた。

 ユルシェルの言葉に反応したのは、同じく針子のヴァレリー。服を見て、そしてユルシェルの表情を見て顔を赤らめる20才の男である。


 二人が故郷のアルブル村を出て、針子として修業をはじめて5年。裁縫の技術は一通り身に付け、先輩や店主からの評価は高いものの、デザインに関しては伸び悩んでいた。田舎者が都会のセンスを身につけるのは難しいことなのだ。いや、プルミエの街も田舎なのだが。

 一人前になったらユルシェルに結婚を申し込もう。そんな思いを抱えるヴァレリーが、なかなか結婚を切り出せない理由でもあった。


 ここのデザインが独創的だ、いやこの処理が素晴らしい、やっぱり色のセレクトが、などとひとしきり先輩がデザインした服を褒め合った後、二人は再び作業を開始する。いつかきっと、自分もこんな服を。志を新たに、針仕事に精を出すのであった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 春も終わり、徐々に日差しが強まりはじめた初夏のこと。

 仕立て屋に、常連であるケビン商会の会頭が訪れていた。

 なぜか店主から呼ばれ、作業所から店舗スペースへ足を向ける二人。そこで求められたのは、その後の人生をかけた決断であった。



「こちらがそのお二人ですか。ヴァレリーさん、ユルシェルさん、私はケビン商会の会頭のケビンです。お二人に話があってお呼びしました」


 ケビン商会といえば、新しい保存食を売り出して街で話題の店である。その会頭が俺たちになんの話なのかと首を傾げるヴァレリー。隣にいたユルシェルはなぜか目を輝かせている。店主に目を向けても、ニコニコと笑顔を浮かべるのみであった。


「お二人を、針子としてケビン商会で雇いたいのです」


 混乱するヴァレリー。

 針子の腕は認められたが、二人ともデザインはさっぱりなのだ。ちょっと……うん、努力は認めるけど、野暮ったいのよねえ……というのが、先輩の評価であった。しかも、これでも優しく言われているほうだ。


「あの……ですが、私たちはオシャレなデザインはできませんよ? あ、噂に聞いた開拓団のための服ですかね?」


 まあそれなら作れるか、と納得してケビンに問いかけるヴァレリー。

 流行を取り入れたハイセンスな服ではなく、農作業用の服ならお手の物である。13才で針子の修業をはじめるまで、二人は農村で育ってきたのだ。動きも理解しているし、ダメになりやすい箇所もわかっている。なるほど、それなら俺たちはいいかもな、とヴァレリーは一人で納得していた。

 横のユルシェルは、どこか不満顔であった。私は流行を生み出すファッショニスタになるのよ、と言いたげである。意識高い系の女なのだ。めんどくさい。


「ああ、それはかまいませんよ。それにはアテがあるのです。ただその方、縫製のことはまったくわからないので……。まあご覧いただいたほうが早いですね。これを見てください」


 ケビンが懐から取り出したのは、店でも使われている粗い紙。

 そこには、見たこともない服が描かれていた。子供用のようだが、フリルたっぷりである。そして、スカートが短い。

 衝撃を受けるヴァレリー。こ、こんな、こんなスカートの丈じゃ足が丸見えじゃないか、な、なんて破廉恥な……などとブツブツ言いはじめている。

 一方で、ユルシェルの反応は顕著であった。な、なにこれ、かわいい! ヤバいぐらいかわいいわ! と目を輝かせて興奮している。


「ケ、ケビンさん! この服を作るんですか!? わ、私たちが!?」


 悩むヴァレリーを置き去りに、勢い込んでケビンに話しかけるユルシェル。どうやらケビンの術中にはまったようである。いつの世も新しい流行を取り入れるのは女性なのだ。


「ええ、もちろんです。ほかにもいろいろ案はあるのですが……。実現できる針子がいないのですよ。そこで店主に声をかけたところ、お二人を紹介していただきまして」


 そう、まだ新しいデザインが、ふふ、うふふふと不気味な笑い声を響かせるユルシェル。心は決まったようである。だが、すぐにでも返事をしそうなユルシェルを遮ってヴァレリーが質問する。


「それで、場所はどこになるのでしょうか? やっぱり開拓地ですか? それと、お給金はどれぐらいで……」


 ヴァレリーは現実的な男であるようだ。だからデザインが野暮ったいのかもしれない。常識にとらわれていては新しいデザインなど不可能なのだ。


 場所は開拓地。給金は、今の店よりもはるかに高い。さらに、行商人時代の伝手を活かしたケビンが、アルブル村への仕送りも引き受けてくれるという。高待遇である。

 しかも、ケビンは二人の身請け金としてかなりの額を店主に支払おうとしているようだ。店主がニコニコなのも納得である。


「最後に一ついいですか? 開拓地の戦力はどうなんでしょうか……?」


 当たり前だが、開拓地には危険が付きものである。もちろん二人が育ったアルブル村のように、村であっても危険はあるが。

 ケビンから返ってきた答えは、とんでもないものだった。元3級冒険者パーティ『深緑の風』の四人。ヴァレリーとユルシェルでも知っているほどの有名人である。さらに、冒険者ギルドのマスターから戦闘力、魔法、それぞれ4級相当だとお墨付きをもらった戦力もいるらしい。それでいて、住人は12人。過剰戦力もいいところである。

 なんだそれ、アルブル村より安全じゃないか、と驚くヴァレリー。心は決まったようである。


「わかりました。よろしくお願いします!」


「もちろん行くに決まってるわ! 私のサクセスストーリーがついにはじまるのね!」


 表に出たテンションに違いこそあれ、二人とも興奮しているようだ。

 こうして、開拓地に向かう針子の二人が決まるのであった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ケビンの案内で二人が開拓地に移住してからは、(せわ)しない日々であった。

 ユージに挨拶して間もなく、提供されたのはじいぱん(・・・・)おおばあおーる(・・・・・・・)の型紙であった。

 ケビンが持ち込んだ帆布で仕立てる二人。


「うん、たしかに頑丈だ! お給金で買って、アルブル村の家族に送ってあげようかな」


 試作品を見て、満足げな表情を浮かべるヴァレリー。どうやら気に入ったようである。


「そうね……。でも違うのよ! 私が作りたいのはこういうのじゃないの! もっと、こう、ビビッとインスピレーションを刺激するような!」


 一方で、ユルシェルは不満げである。ちょっと何を言っているかよくわからない。



 試作品が完成し、ユージに確認してもらったその夜。

 誰にも言わず一人で来るように、とヴァレリーはユージから呼び出される。


 忍び歩きして、開拓地の北側に向かうヴァレリー。

 そこには、二つの人影があった。

 ユージと、元冒険者パーティの斥候役の男。開拓地常駐の独身コンビである。


「ようこそヴァレリーさん。誰にも言わず、誰にも見つからずに来ましたか?」


 小さな声でユージがヴァレリーに話しかける。


「ええ。……ところで、なんの用ですか? こんな場所で人目につかないようにって……」


 おそるおそる問いかけるヴァレリー。よからぬ相談だったらどうしよう、と不安げである。


 これを見てくださいとユージがそっと差し出したのは、通販用の下着カタログと数枚のなめらかな紙に描かれた型紙であった。


「こ、これは……なんという……」


 カタログを見たヴァレリーが、ゴクリと喉を鳴らす。

 想像してしまったのだ。

 扇情的なショーツを、ブラジャーを、最愛のユルシェルが着けているところを。


 そんなヴァレリーの姿を見て、二人の独身男がニヤリと笑みを浮かべる。


「いいでしょう? これをね、作ってほしいんですよ、ヴァレリーさんに。もちろん、完成したあかつきにはヴァレリーさんにも一式差し上げますよ? それで、こっちも見てください」


 そう(うそぶ)くユージ。まるで悪魔のささやきである。

 差し出したのは、ショーツとブラジャーの型紙。

 そして。

 ショーツとブラジャーの、実物であった(・・・・・・)。もちろん、サクラの物である。


 無言で手に取るヴァレリー。布の素材を、伸縮性を、刺繍を、縫い目を確かめ、型紙をチェックする。それは、プロの目つきであった。

 固唾をのんで見守る二人の独身男。やがて、ふうっとひと息はいてヴァレリーが口を開く。


「ユージさん……これは、無理です。せめて同じ布が手に入らないと……。いや、それでもこっちは無理かもしれません」


 そう言ってブラジャーの実物を示すヴァレリー。


「パーツ数がありえません。それに、人によってサイズが違うでしょう? どこで形を調整するのか……。少なくとも、このままでは不可能だと思います。これ、どこで作ったんですか? もっとシンプルなものはないですか? それに……」


 ヴァレリーの言葉に、がっくりと落ち込む二人の男。さらに追い打ちをかける言葉が続く。


「試作のしようがありません。少なくとも、サイズ測定に裁断、縫製、試着、何度も付き合ってくれる女性の協力者が必要ですよ」


 ユージと斥候の男の顔に浮かんだのは、絶望であった。当たり前だ。そんな女性がいないから独身なのだ。潤いがないのだ。

 二人に絶望を与えたのはヴァレリーであったが、救いを与えたのもまたヴァレリーであった。


「協力するよう、ユルシェルを説得してみせます。ユージさん、何かエサになるものはありませんか?」


 いかに長い付き合いと言えど、いまのままではユルシェルも試着に付き合ってもらえそうにない。協力するということは、妙齢の女性が肌をさらすこととイコールなのだ。


 ついに、ヴァレリーは決心した。

 プロポーズしようと。

 ユルシェルに結婚を申し込もうと。

 男ヴァレリー、一世一代の勝負に臨む決意を固めたのである。


 下着のために。


 男とは、かくも業の深い生き物なのだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 

「ユルシェル、ちょっと話があるんだけどいいかな?」


 針子の二人のために作られた作業場で、ヴァレリーがユルシェルに声をかける。平然としているように装っているが、その声は震えていた。


 なに、どうしたのいきなり? というユルシェルの言葉を無視して、ヴァレリーは隠していた木箱を取り出す。この木箱、木工職人のトマスが作った品である。アリスの誕生日プレゼントのための試作品とはいえ、そこは木工職人。特に難しい要素もないため、仕上がりは完璧であった。


 そっと蓋を外し、中の贈り物を取り出すヴァレリー。

 布で作られたバラのコサージュである。

 これが、この世界で作られたコサージュの第一号であった。


 目を輝かせ、いまにも奪い取らんばかりに手を伸ばすユルシェルを、ちょ、ちょっと待って、いまいいところだから、と制止するヴァレリー。せっかくの雰囲気が台無しである。

 ようやく落ち着いたユルシェルを前に、跪いてコサージュを捧げるヴァレリー。

 演技指導はユージである。指導できるほど経験はないが、ユージには本とネットで蓄えた知識があるのだ。これでイチコロですよ、とユージは断言していた。根拠はフィクションから得た知識である。


「お、俺の糸と君の糸を織って布にしよう。結婚してほしい」


 意味が分からない。

 この世界に運命の赤い糸という概念はないのだ。

 そんな歌も流行っていないのだ。

 ユージに相談したヴァレリーの痛恨のミスである。


「うわあ、やっぱりこの花、布でできてるんだ! なにこれスゴイ! ねえヴァレリー、これどうやって作ったの? アイデアはユージさん? ちょっと、私にも作り方教えてよ! あ、結婚ね、もちろんよ、というか言うの遅いわよ! アルブル村では私たちもうとっくに結婚してると思われてるわよ? あっちでは家族同士もう仲良いみたいだし」


 いろいろ衝撃を受けるヴァレリー。

 ヴァレリー渾身のプロポーズは、コサージュに負けたようである。

 そして、いまさらだったようである。

 ヴァレリーは、あは、あはは、と乾いた声をあげるのみであった。


 ともあれ。

 こうして、下着プロジェクトは二人の針子を加え、より具体的に動き出すのであった。



 余談だが、アリスの誕生日プレゼントに作ったコサージュは二作目である。

 そしてマルクが贈り物を相談した際、針子の二人が大きな隈を浮かべていたのはコサージュ製作のためではなく、下着試作のためであった。


 また、サクラの下着を持ち出したことはあっさり本人にバレたようである。

 ユージ、覚悟の上の行動であった。

 ちゃ、ちゃんと保護しないと、お、重かったり、た、垂れたりして大変なんだろ? それに、女の子には選択肢があるほうがいいじゃないか! や、やましい気持ちなんてないんだ! などという言い訳により、多少の情状酌量がされたようであったが。



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