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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第八章 開拓団長ユージはパストゥール領ホウジョウ村村長を兼務する』

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第六話 ユージ、男たちと密談する

「おーい、ユージさーん!」


「あ、ケビンさん! お帰りなさい! ん? お帰りなさい?」


 季節は晩夏。

 ユージがアリスとコタローを連れ、今日も用水路造りに取りかかるため出かけようとしていた朝のこと。

 見知らぬ人間を何人か連れ、ケビンが帰ってきたようだ。いや、帰ってきたと言うべきか開拓地に来たと言うべきか、ユージは混乱していたが。


「そうですね、ここは私のもう一つの拠点ですからね。お帰りなさいでいいと思いますよ」


 ニコニコと笑顔で応えるケビン。

 後ろには大きな荷物を背負った二人の男女が控えている。どうやら彼らが針子もできる移住者のようだ。

 街で服飾についてユージとケビンが会話してから二ヶ月。ケビンはさっそく人材を連れてきたようであった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「それにしても、ちょっと見ない間にずいぶん様変わりしましたねえ」


「ええ、そうなんですよ! 木の柵もぐるっと一周繋がりました!」


 ユージの家の門の前、少し開けた場所に切り株が置かれ、簡易集会所と化したスペースでユージとケビンが話し込んでいる。

 ケビンに連れてこられた二人の男女はさっそく割り当てられたテントに向かい、荷下ろしに取りかかっていた。ケビンは二人を商会専属の職人として雇い、基本は針子として、繁忙期は農作業の手伝いをさせるつもりのようだ。


「それに、もう水場と溜池ができているなんて思いませんでしたよ」


 チラリと水場の方向に目を向けるケビン。ユージの横に座ったアリスは、むふーと得意気に胸をはっている。ケビンはすぐにその様子に気がつき、アリスちゃんの魔法かあ、アリスちゃんはすごいねえ、と誉め称えている。ほらこれよ、みならいなさいゆーじ、と言いたげに、コタローが一吠えする。


「ほんとアリスの魔法がすごくって。こう、土をへこませる魔法を何度か使ってもらったら、あっという間に大穴ができたんですよ。あとはマルセルとトマスさんに水瓶を置く場所を造ってもらうだけでした」


 アリスの頭を撫でながら説明するユージ。


「ユージさん……。土をへこませただけだと、水がしみ込んで溜池にならないと思いますよ?」


 もっともなことを言うケビン。

 ユージはえっと驚きの声を上げ、フリーズする。二人の会話を聞いていたアリスは、よくわかっていないのか首を傾げていた。


「え? でも、もう水は貯まってますよ?」


 ユージとアリスがケビンの言葉に驚き、疑問を抱く。実際に水は貯まっているのだ。今度はケビンが首を傾げる番であった。


「そ、そうですか……。人が掘ったのではなくて、魔法だったからかな? それにしても……」


 ブツブツ言いながら考え込むケビン。

 コタローがワンワンッと鳴いている。こまかいことをきにするとはげるわよ、ありすのまほうがすごいってことでいいじゃない、と言いたいようだ。大らかな女であった。細かいことを気にしない彼女はフサフサである。当たり前だ。犬なのだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 とっぷりと陽が暮れ、暗闇に包まれた森。

 ユージの家の裏手、まだ開拓が進んでいない北側に、小さなたき火に照らされた三つの人影があった。


「お二人に来てもらったのは、見てほしいものがあったからなんです」


 この会合の主導者が、残りの二人の姿を見てそう切り出す。

 その手にあるのは数枚の紙。


「まずはこれです」


 そう言って、男は一枚の紙を差し出す。


 そこには、ブラジャーとショーツの写真がプリントされていた。

 もちろん、わかりやすいようモデルが着用しているものである。


 そう。

 この会合の主導者はユージだ。

 インクとプリント用紙はいまや貴重品となったが、この会合の資料作成にあたり、ユージは惜しみなく使っていた。ユージにとって、非常に、非常に大事な会合なのだ。


「これは……。昼に提案いただいたじいぱん(・・・・)おおばあおーる(・・・・・・・)とはずいぶん違いますね……。女性用の下着、ですか? 高価なレースをふんだんに……。それに上はずいぶん複雑な形ですね……」


 一人の男がプリントされた写真を見てユージに質問する。

 もう一人は初めて目にした現代のブラジャーとショーツを見て、ゴクリと唾を飲み込む。


「ええ。こう、立体裁断と言って、ふくらみに沿って作っているようなんです。よかった、その反応を見ると受け入れられそうですね。それで、これを見てください」


 続けてユージは、さらに一枚のA4用紙を取り出す。

 そこには、モデルが着用しているブラジャーの写真がプリントされていた。


「おお、す、すげえ……」


「これはなんとも……」


 感嘆の声を漏らす二人の独身男。いや、写真に釘付けなのはユージも入れて三人の独身男である。

 ユージ、ケビン、元冒険者パーティの斥候役の男。

 これは、現代の女性用下着がこの世界の男たちにどう見えるか確かめるためにユージが主催した会合であった。

 決してエロ目的ではない。商売のためなのだ。エロなど二の次なのだ。新たな資金源になりうるのだ。


「これも先ほどの写真も、同じくブラジャーと言います。この一枚目はフルカップと言いまして、巨乳の形を美しく保てる種類ですね。それから2枚目のこれ。これは、ハーフカップと呼ばれるタイプです。こう、ですね、寄せてあげて、美しく深い谷間を作るわけです」


 ユージの解説に、二人の男はおお、と感嘆の息を漏らす。

 よし、いける。ユージはそんな確信を抱き、さらに一枚の紙を取り出す。


「これは、どうですかね」


「おおおおおお!」


「なんということでしょう!」


 ユージが手にしていた紙に写っていたのは、Tバックとガーターストッキングの組み合わせである。

 夜の森に、二人の男の喜びの咆哮が響く。


「しっ! 静かに! みんなに気づかれますよ!」


 慌てて二人を止め、キョロキョロとまわりをうかがうユージ。

 人影は見えない。どうやら誰にも気づかれていないようである。


「お、おお、すまん……」


「すいませんユージさん。それにしてもこれ……。確かに形も見た目も美しいですが……。その、ちょっと、扇情的すぎませんか? それに装飾にも凝っているようですし、ずいぶん高くつきそうな……」


 さすがに商売人なのか、意見を述べるケビン。

 だが、それはユージも掲示板の住人たちも予想していた言葉である。


「ええ、ケビンさんの言うこともわかります。でも、普段はいつものでいいワケですよ。ただね、こう、女性にとって特別な時なんかにこれを着るワケですよ。それを目にした男性はこう、ね。とはいえ高くなるでしょうから、基本は貴族向けですかね。あとは男性から意中の女性に贈る、というのを提案してもいいかもしれませんね。平民でも裕福ならなんとか手が届く、ぐらいの値段にしたいですね」


 ほうほう、それならとうなずくケビン。頭の中で算盤を弾きはじめたようである。


「お、おい、つまりアレか? こう、高級店に行って、脱がせてみたら、これ、これ着てることも……?」


 元冒険者パーティ、残された最後の独身男が、ユージとケビンに問いかける。真剣な表情と鋭い眼光。嘘など許さんと言わんばかりの迫力は、まさに3級冒険者のそれであった。


 元斥候の男の問いかけに、コクリと頷くユージとケビン。


 無言のまま、三人がゆっくりと視線を交わす。

 両手を出し、三人ががっしりと手を重ねる。


 我ら生まれた時は違えども、死すべき時は同じと願わん。

 桃園(とうえん)の誓いならぬ、桜樹(おうじゅ)の誓いである。


 いや、実際にはそこまでの思いもなく、誓いもしていないが。


 だがこの日より、ケビン商会の服飾事業は商品化に向け加速していくのだった。

 エロは男たちの原動力なのだ。

 エロは世界を救うのだ。


 三人で両手を重ね、無言で通じ合う独身男たち。

 彼らのまわりに、人影はなかった。

 人影は(・・・)なかった。

 ()にも気づかれていなかった。



 だが。

 暗い森、その木陰。

 そびえる木から顔を半分出し、静かに彼らを見つめる犬影があった。

 コタローである。


 三人の男たちに気づかれる前に、音を立てずにコタローはさっとその場を離れる。

 ふうっとため息を吐き、頭を振るコタロー。

 もう、おとこってほんとばかね、と言いたげであった。


 とはいえ、完成すればこの世界の女性に下着の選択肢が増えることは確かである。

 現代日本を生きてきたコタローにとって、歓迎すべきことのようだった。そのため三人の男は見逃されたのだ。

 もっとも、ブラジャーとショーツが完成したところでコタロー自身は着ないのだが。犬なので。



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