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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 4

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閑話7-14 ケビン、ふたたび領主夫人と会談する

この閑話は通常より地の文のボケ多めとなっております。

ご注意ください。


副題の「7-14」は、この閑話が第七章 十四話目ぐらいの頃という意味です。

 ユージが初めて異世界の街を訪れ、去ってから三日。

 プルミエの街に残ったケビンは、領主の館を訪れていた。

 面識ができた領主夫人に手紙を出し、アポイントを取っての面会である。


 ユージ不在で領主夫人と会談する。

 色気たっぷりなHカップの人妻を口説きに来たわけではなく、どうやら商売の話であるらしい。ケビンは『血塗れゲガス』の愛娘を想い続ける一途な男なのだ。


 ユージを連れて面談したのと同じ応接室で待つケビンの下へ、領主夫人がやってくる。今回は護衛を連れるのみで、代官は同席しないようだ。


「ケビンさん、お待たせしました。それで今回はなんの話かしら?」


 ケビンの正面に座り、問いかける領主夫人。あいかわらず深い谷間を見せつけるように胸元が開いた服を着ている。だがケビンはその魅惑の領域に目もくれない。一途な男なのだ。


「今回は私の本職である商売のお話をしようかと思いまして」


 領主夫人に告げると、ケビンは後ろに立つ自らの専属護衛を振り返り、おい、あれをと命じる。

 ちなみに首を振った際、わずかな瞬間に視界の端で谷間を捉えていた。男の視線に敏感な女性にも気づかせない神業である。ケビンは一途な男……のはずだ。


 ケビンの専属護衛が取り出したのは、鈍色に光る無骨な金属の箱。

 そう。

 試作品の缶詰である。


「これは……何かしら? 宝飾でもないただの金属の塊に見えるけれど……」


 缶詰を知らない領主夫人は戸惑うばかりであった。頬に手を当て、小首を傾げる動作が色っぽい。自分の魅力を知っている者の動きである。

 そもそも領主夫人は、何も考えずに胸元が開いた服を着ているわけではない。交渉や会談の相手が男性であれば、動揺を誘える。それどころか免疫がない相手なら、簡単に自分に有利な形に持っていける。それがわかっているからこそ深い谷間を見せつけているのだ。計算なのだ。決して露出狂ではないのだ。


「これは、いま開発中の保存食です。武器になる物は預けているので開けられないのですが……。ノミをお借りしてよろしいでしょうか?」


「いえ、その必要はありません」


 缶詰を開けるべく、道具を借りようとするケビン。

 ちなみに缶詰はまだ出まわっていない試作品のため、缶開け専用の缶切りは作っていない。作ったところで使う人は数少ないのだ。缶を開けるにはノミをあて、トンカチなどで叩く原始的な方法を取っていた。


 だが。

 自らの後ろに流し目を送る領主夫人。色気のアピールではなく、後ろに立つ護衛に目で指示を出す。

 ひとつ頷き、腰の剣を抜いた護衛が振りかぶり、振り下ろす。

 試作品の缶詰は、フチが斜めにざっくりと切れていた。


「おお……。さすがにいい腕の護衛がいらっしゃいますね。……さて。こちらは、缶詰というものです。中には食べ物が入っており、温めることで簡単に調理が可能。そして……まだ試作段階ですが、完成品は季節一巡り(・・・・・)は腐らず、味も変わらずに持つのです」


 胸を張って缶詰を説明するケビン。だが、領主夫人の反応は良くない。疑わしげな視線を送っている。特定の嗜好の人物にとってはご褒美である。


「疑われるのは当然です。もしよろしければ、料理ができる人間か毒味役をお連れいただけないでしょうか?」


 どうやらケビンは特定の嗜好は持っていないようだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ふむ……確かに腐った臭いはしませんな。とはいえ何時作られた物かわかりませんがね。ん……? これは! そんな、そんなバカな!」


 応接室に現れたのは、領主の館の調理責任者である料理長だった。年配の料理長は缶詰の中身を皿に開け、匂いを嗅ぎ、味見する。

 食べたのはユージのアドバイスにより、猫人族のニナが開発した『ユキウサギのスープ』である。

 肉を咀嚼した料理長は大声で驚きを口にする。


「どうしたのかしら?」


「これは……この肉は、ユキウサギです! そんな、腐りやすいユキウサギが今の季節に食べられるなんて……。ありえない、だが確かにこれは冬の肉の味……」


 料理長のコメントにニヤリと笑うケビン。ユキウサギは冬以外にも獲れるが、春から秋にかけてその毛皮は濃い灰色であり、その肉は硬くてまずい。皮も肉も、気温が低い冬にしか狩るうまみがない獲物なのだ。味がわかる人物を手配してもらったケビンの狙い通りの反応なようだ。


「ええ、冬に仕留めたユキウサギを調理して缶詰にしたのです。今はまだ試作ですが、完成すればこれが季節問わず食べられるのです。それに、季節一巡り腐らないということは……」


「王都にも、他の街にも売れる。そうね、成功すれば大きいわね。それでケビンさん、まだ試作なのにわざわざこの話を持ってきたのは何が目的なのかしら?」


 身を乗り出し、真剣な眼差しに変わる領主夫人。身を乗り出したことで、深い谷間はさらにケビンから見やすい状態になっていた。だがケビンは動揺しない。一途な男なのだ。


「単刀直入に言いますと、資金を出していただけませんかというお話です」


「あらあらあら。お金を出すと、どんなメリットがあるのかしら?」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべるケビンと、艶然と微笑む領主夫人。二人ともにこやかなのに、ピリピリとした雰囲気が漂っていた。

 ユージがいたら目をそらして我関せずとばかりに現実逃避する光景である。


「庶民向けの缶詰はケビン商会が販売いたします。それとは別に、貴族の方々に向けた高級料理の缶詰を作ってはどうかと考えています。プルミエの街の周辺、大森林で冬の間しか獲れないユキウサギ。これを、例えばそちらの料理長のレシピで調理して缶詰にする。そうすれば滋養たっぷりで美味しいユキウサギ料理がいつでもどこでも食べられる。こちらには格安で卸しますので、その後、領主様とご夫人は貴族の方々にお好きなお値段で売っていただく。いかがでしょうか?」


「税収も上がって、貴族向けの缶詰? の利益は総取り。あらあらあら、ずいぶん美味しそうな話ねえ。それで、何か条件でもあるのかしら」


 問いかけた領主夫人が、テーブルの上のカップに手を伸ばして紅茶を口にする。カップを持つ際、二の腕で胸部装甲の側面を押さえ、谷間を強調することを忘れない。

 つられたようにケビンも手元のカップに手を伸ばす。視線をカップに向ける際、目の端で深い谷間に目をやることを忘れない。ケビンは一途な男……なのか?


「資金以外には一つだけございます。秘密を守るために、ユージさんの新しい開拓地で缶詰を作りたいと考えています。鍛冶師は口が固いですが、覗かれたら作り方がばれるかもしれません。その点、新しい開拓地ならプルミエの街よりも秘密が守りやすい。最初から鍛冶工房のまわりに、何もない空間を広く取っておけばいいんですから。資金提供いただければ、その商品の秘密を守るため、鍛冶師一名とその弟子に開拓地へ移住の許可を出していただきたいのです」


 そう。

 鍛冶師は、その地を治める領主の支配下にある。当たり前だ。武器や防具を作れる鍛冶師が自由に移動したら、領主は武具を手に入れられないかもしれない。それどころか反勢力に取り込まれたら自分たちは武器の入手が難しく、相手は自由に武器を入手できる状態になりうる。また、例えばもし村に一人しかいない鍛冶師が自由に移動してしまったら、村は困窮する。鍛冶ギルドは存在するが、そんな理由から鍛冶師の移住に関しては領主の許可制なのだ。


「そうねえ……。まあ鍛冶師一人とその弟子ならいいわよ。その代わり、早めにこの缶詰? を売り出せるようにしてちょうだいね。それと、資金額だけど……」


 どうやらケビンの思惑通りにまとまったようだ。


 護衛の男に紙とペンを用意させ、領主夫人はケビンと細かな話を詰めるつもりのようである。とうぜん姿勢は前屈みになっていた。ペンを持つ右手。紙を押さえる左手。両の二の腕に圧迫され、谷間はえらいことになっていた。もちろん領主夫人はわかってやっている。

 書面を見る必要があるため、ケビンも机上を覗き込む。紙の下の方など、もはや山と谷に隠されている。だがそれに気をとられるケビンでは……。


 どうやら金銭面では領主夫人の思惑通りにまとまったようだ。


 だがケビンは缶詰の実用化に向けた資金提供と、開拓地への鍛冶師の移住許可を取り付けたのだ。

 じゅうぶんな成果である。ケビンはできる男で、一途な男なのだ。

 自らの色気を理解して仕掛けてくる巨乳人妻の谷間など、たとえ一途に想う相手がいても抵抗できる男の方が希少なのだ。



 ユージさんを連れて来なくてよかった。帰路についたケビンは、馬車の中でそっと胸を撫で下ろす。


 だが、ケビンは忘れていた。


 今日も同行したケビンの専属護衛。彼は王都のゲガス商会から引き抜いたのだ。とうぜん彼も会頭のゲガスには世話になっていた。


 いつかケビンが血塗れゲガスに告げるつもりの『娘さんをください』という言葉。

 ケビンが知らぬ間に、そのハードルはますます高くなっているのだった。


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