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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 4

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閑話7-17 とある二人の冒険者、天職を見つける

この閑話は通常より地の文のツッコミ多めとなっております。

ご注意ください。


副題の「7-17」は、この閑話が第七章 十六話目の次ぐらいという意味です。

 カーン、カーンと木に斧を打ちつける音が響く。

 ユージがいる開拓地とプルミエの街を結ぶ獣道。その途上のことである。


「なんだろ、この音。……ああそっか、おーい!」


 ユージの声に反応したのか、ピタリと音が止む。


 季節は初夏。

 ケビンが開発した缶詰、その工房を見学するためユージはアリスとコタローを連れ、ケビンと専属護衛とともに街へ向かう途中であった。


「あ、ユージさん! それにケビンさんも!」


 道の脇から現れたのは、冒険者ギルドでユージに絡んできた大男だった。

 両手斧こそその手にあるが、粗雑な布の服だけで鎧は着ていないようだ。髪や髭はずいぶん伸びているが、目つきが柔らかくなっている。


「ちょうどいいですね。食料も渡したいですし、ここで休憩にしましょうか」


 そんなケビンの一声で、一行は足を休めるのだった。



「いやあ、顔を見ても誰だかわかりませんでしたよ。ずいぶん変わりましたね」


「ははは、お恥ずかしい。森にいると髪や髭を切るのが手間でして」


 (ほが)らかに談笑するユージと大男。初対面のことを考えると、ずいぶん平和なものである。


「いや、それもそうなんですけど……。雰囲気が変わったというか……」


 うまく表現できないのか、もどかしそうに話すユージ。

 おじちゃん、なんか優しい感じになったー! とアリスが的確に表現する。

 ワンワンッと鳴くコタロー。そうね、ずいぶんけんがとれたわ、と言いたいようだ。


「そうですかねえ。自覚はないですけど……。でもこう、木を切り倒していると、一振り一振り鋭くなっていくのがわかるんですよ。さっきの一振りより、いまの一振り。いまの一振りより、次の一振り。これが冒険者の鍛錬ってヤツなんでしょうねえ。今まで俺は鍛錬なんて意味がない、実戦が第一なんて考えてましたから」


 すっきりした表情で語る大男。

 だが、それはおそらく冒険者の鍛錬ではない。木こりの日常だ。


 そんなもんですかねーと流すユージ。

 呆れた目で二人を見るコタロー。なにいってるの、つっこみなさいよゆーじ、と言いたいようだ。

 アリスは大男が語る一振り一振りを真似して、えい、えいっと拾った木の枝を大木に打ちつけている。


「最近は木の呼吸が聴こえる気がして。合わせて斧を打ち込むと、こう、スパッと深く切れるんですよ。これが斧の奥義ってヤツですかねえ」


 遠い目をして語る大男。

 だが、それはおそらく斧の奥義ではない。木こりの奥義だ。いや、斧の奥義ではあるかもしれないが。


 ほうほう、と興味深げに聞くユージ。仕方あるまい。奥義という響きは男心をくすぐるのだ。

 ちょっとゆーじ、つっこみ! と言わんばかりにコタローが前脚でタシタシとユージの足を叩く。

 アリスは木に耳を当て、えー? なんにも聴こえないよー? と言っている。素直な子である。


「それにしても……まさか俺がモンスターじゃなくて木を伐ることになるなんてねえ。思いもしませんでしたよ」


 そう言って、両手斧を見つめる大男。

 ならばなぜ斧を武器にしたのか。もともと斧は木を切り倒す道具ではないのか。


 あいかわらずユージは突っ込まない。

 力なく首を振るコタロー。もはや諦めたようである。



 ケビンが大男に食料と水を渡し、休憩を終える直前のこと。


「……あれ? そういえば、もう一人はどうしたんですか? 猿人族の人がいましたよね?」


「ああ、アイツですね。えーっと、ああいました、あそこです。おーい!」


 獣道から少し外れ、斜め上を指差す大男。

 だが、ユージがその方向を見ても人の姿はない。首を傾げるユージの耳に、バサッバサッと葉っぱ同士が擦れる音が聞こえてくる。しばらくその音が続き、ユージのすぐ前に、大きな何かが落ちてきた。


「ユージさん、コタローさん、こんにちは!」


 短い毛でおおわれた上半身。手は長く、どうやらこの手と尻尾を使って木々の間を飛びまわっていたようである。

 猿か? あ、いや、人? ユージの頭に疑問が浮かぶ。

 猿らしき人は、下半身に粗い布のズボンを履いていた。それに人語を話しているのだ。聞くまでもなく獣人である。ユージに絡んできた大男の連れ、猿人族の冒険者である。


「ああそうか! いやあ、誰かわかりませんでしたよ。ちょっと痩せました?」


 どこか外れたユージの言葉に、コタローがワンッと吠える。つっこむのはそこじゃないわよ、と言いたいようだ。

 アリスは目を丸くしている。上半身裸に驚いているのではなく、木々を飛びまわっていたことに驚いたようだ。


「そうなんですよ! 最近すっかり痩せまして。でもすっごい調子いいんですよ!」


 勢い込んで話す猿人族の男。

 木々を軽快に飛びまわっているのだ。たしかに快調のようである。


「そう、俺たち調子いいんですよ。俺が木を伐っている間、周囲の警戒もコイツがやってくれますし、モンスターが出てもコイツが木の上から奇襲して、俺が斧でバーン! ですからね。二人して絶好調です」


 ニコニコとうれしそうに猿人族の男と肩を組み、大男が語る。

 たしかに普通に活動するうえで、頭上は死角になりやすい。不意打ちはさぞキレイに決まるだろう。


「俺は王都育ちで、プルミエの街でもこんな田舎なんてって腐ってたんですけどね。森なんて野蛮人の行くところだ、考えられない! って言って」


 懐かしそうに語る猿人族の男。

 都会育ちの猿とはなんなのか。いや、猿ではなく猿人族だが。


 そうなんですか、シティボーイだったんですね、と猿人族の男に返すユージ。

 シティボーイ、都会人ですか、それはいい表現ですね、と嬉しそうに猿人族の男が返す。

 コタローはもはや三人の方を向こうともしなかった。こいつらもうだめね、と言わんばかりである。


「それが森の中で暮らしはじめたら、妙に馴染んじゃって。不思議ですよねえ。都会人の俺が森に合うなんて思いもしませんでしたよ。王都時代の友達に言ったらみんな驚くでしょうね!」


 上半身裸で、猿の短毛を見せる猿人族の男が語る。

 だが、おそらく驚かないだろう。猿は森にいるものだ。


 そうですか、合う土地ってわからないもんですねえ、と返すユージ。

 突っ込みたいのを我慢しているのか、コタローはプルプルと震えていた。

 ついに我慢できなくなったのか、コタローがガウガウガウッ! と激しく吠える。さるがもりにあうなんてあたりまえじゃない、してぃぼーいじゃないわよこのおばか、と言っているようだ。

 だが悲しいかな、コタローは人間の言葉を話せない。

 どうしたのコタロー、とアリスがなだめるようにコタローを撫でていた。


 いやあ、何が合うかなんてわからないもんですねえ。そうですねえ。と笑い合う三人の男たち。


 コタローの鳴き声が森に虚しく響く。


 ともあれ、木こりと猿は森の中で天職を見つけたようであった。


 もとい、ユージに絡んだ両手斧使いの大男と、都会人だった猿人族の男は天職を見つけたようであった。


 この後、彼らは冒険者ギルドの裁定通り、街に帰ることなく荷車が通れる道を嬉々として伐り拓いていく。

 内容を聞いた人たちからは、街からの追放処分ととられるほどの罰。

 長い年月を森で過ごすことになるが、天職を得た彼らにとっては問題ないようだ。

 むしろ真面目に働けば通る人から感謝され、嬉しくなってさらに真面目に働くという好循環を生み出していた。


 後世、彼らは未開地に道を伐り拓く達人コンビとして辺境の街・プルミエに名を残すことになるのであった。たぶん。


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