3
あたしはヘナヘナとその場に倒れ込んでしまった。
もう・・・もう・・・・・・
気力も体力も、精神力も集中力も、ぜんっっぶ切れた。
うっかりすると生命力まで途切れてしまいそう。
本当に腕にも足にも全然力が入らなくて、晃さんが慌てて抱え上げてあたしを運んでくれた。
人生初のお姫様抱っこ。記念すべき第一回目だというのに。
なんだかとことん悲惨な気がするのは、なぜだろう・・・・・・。
晃さんはあたしを空港のロビーのソファーに降ろしてくれて、事情の説明を求めた。
あたしはグッタリ弛緩しながら、今回の顛末を逐一説明する。
ついでに『和クン事件』の事も、包み隠さず報告した。
晃さんは首を傾げたり、頷いたり、目を丸くしたり、顔を赤らめたりしながら聞いている。
そして最後に片手で顔を覆って、大きな溜め息をついてしまった。
その頃には、興奮のるつぼだったあたしの頭の中もだいぶ冷えてきて。
結構冷静に、あの時に自分のとった行動を判断できるようになっていた。
「あのぉ、晃さん」
「ん?」
「あたし、正直な所・・・やり過ぎました?」
「うん。ちょっとね」
「やっぱり・・・・・・」
だよねぇ。そうだよねやっぱり。
あたしにとって和クンが嫌な人間なのは、間違いのない事実だけど。
だからって『こんな男と別れろ!』は無いよなぁ。
あたしのどこにそんな権利があるのよ。しかも母親の目の前で、その息子を卑下するような態度をとってしまった。
あっちもずいぶん言いたい放題、暴言カッ飛ばしてくれたけど。
売り言葉に買い言葉な部分も、多分に否めない。
向こうは一般客で、こっちは新人とはいえプロなんだから、徹底して最後まで相応の対応をするべきだった。
「うん。確かに聡美さんの言う通りだね。それが分かっているなら大丈夫だ」
「はい・・・反省します」
「でも・・・俺、その場にいなくて本当に幸運だった」
「はい?」
「だって絶対、和クンに殴りかかって半殺しにしてたよ。うっかり前科持ちになるところだった」
思わずブッと吹き出して笑ってしまう。
晃さんはそんなあたしを恨めしそうな目で見た。
「笑いごとじゃないよ。それでなくても俺には、キミを守れなかった責任があるのに」
そしてあたしを切なそうに見つめる。
「守れなくて・・・ごめん」
あたしは微笑み、首を横に振った。
いいの。晃さんには全然責任の無いことなんだから謝らないで。
「あたしは大丈夫だから気にしないで下さい」
「そうだね。傷もほとんど消えてるみたいだし、本当に良かった」
「・・・・・・へ?」
傷が、消えてる? って、言った?
消えてる・・・・・・の? あたしの顔の傷?
あたしは自分の頬を指差し、晃さんに目で問いかける。
晃さんは普通に頷いた。
「うん、医者の説明通りだね。下の組織まで傷付いてないから、時間が経てば綺麗になるって」
「・・・・・・・・・・・・」
医者の説明? そんな説明されたっけ?
あの時は完全に魂が崩壊状態だったから、説明もなにも、右の耳から左の耳に一直線に突き抜けていた。
そういえば・・・・・。
お母さんにパッドの張り替えしてもらう度に言われてたっけ。
『ずいぶん綺麗になったわね』って。
あたしに気を使ってくれている嘘だと思い込んでたから信じなかったけど。
あたしは指先で自分の頬の傷を確認する。
・・・・・・ほんとだ。指に違和感が感じられない。
傷を見るのが怖くて、ずっと目を逸らしていた。
だから、もう傷なんて治ってきていることにも自分で気が付かなかった。
あたしは・・・・・・いつもそうだ。
「いろいろ大変だったし、これからお店に戻れば大説教が待っているだろうけど・・・」
晃さんがあたしの頬に手を当て、上を向かせる。
「お蔭で俺はやっとキミの本音を聞くことができた。感謝だな」
彼の真っ直ぐな熱い視線を受けて、あたしは自分の状況に気が付いた。
そ、そういえばあたし、凄惨な状態なんだったわ!
涙と鼻水の大洪水で、汗臭い。髪はバクハツしているし、完全にノーメイク!
うわー! 悲惨! 悲惨の極地!
メイク依存症以前の問題で、普通に女として恥ずべきレベル!
思わず顔を下げて隠すあたしを、晃さんは笑って抱きしめた。
「隠さないで。伝えたろ? 俺は聡美さんが好きで、愛しいって」
「・・・・・・・・・・・・」
「俺の愛するキミが、こんなに必死に俺を求めてくれた証なんだ。愛しい以外のなにがある?」
あたしはオズオズと顔を上げた。
目の前には、彼の笑顔。
出会ったあの日から少しも変わらない、偽りの無い爽やかな笑顔がある。
あの日からずっと恋して、こんなにも愛しく思う、彼の笑顔が目の前に・・・・・・。
彼が目を閉じ、顔をそっと寄せてくる。
あたしもゆっくりと目を閉じた。
そしてこれから受け止めるだろう、初めての喜びを今度こそ待ち受ける。
ふわり、と唇に、自分以外の体温を生まれて初めて感じた・・・。
柔らかい。そして温かい。
きっとこれは、彼自身の想いとあたしの想いが混じり合ったもの。
幸せが胸に満ちていく。
彼と自分を受け止めて、あたしの心は幸福に酔いしれる。
甘くて・・・切なくて・・・煌めいて・・・
まるで宝石のようなキス・・・・・・。
そっと唇が離れて、晃さんとあたしは見つめ合った。
恥ずかしくて嬉しくてたまらない。
頭から湯気が出そうだし、破裂しそうな喜びが、胸から飛び出してしまいそうだ。
晃さんの目が宝石のように美しく輝いている。
きっと、それを見つめるあたしの目も。
「愛してるよ、聡美さん」
「あたしも愛してる。晃さん」
あなたという人に、あたしは巡り合った。
そしてこの目で見たあなたを信じ、あなたを選び、恋をした。
・・・・・・すごいわ。あたしって見る目がある。
しかも、運だってちゃんとあるじゃないの!
あるどころか、最っ高の強運の持ち主よ! こんな素晴らしい最高級品を手に入れるくらいだもの!
あたしはもう、二度と自分を卑下しない。
人間だから落ち込んだり悩んだりはするだろうけど、自分で自分を貶める事は絶対にしない。
晃さんの存在が、あたしを守ってくれる。
指に、胸に、耳に寄り添い、揺れて輝き光を放つ宝石のように。
あたしの全てを肯定してくれる彼が、あたしの傍にいてくれる。
「一週間、待っていて。帰ってきたらリミット切れたみたいにいっぱいキスするよ。溶けるくらい」
「晃さん・・・・・・」
「俺が戻って来るまでちゃんと覚悟しておいて。ほんとに蕩かすよ? ・・・キミの全身を」
「・・・・・・・・・・・・」
「その時はお預けも、待ったも無し。約束な? これはその証」
再び交わる唇。
そして唇から、強引に入り込んでくる滑らかで湿った彼の舌先。
くすぐり、じらして、からかうように、初めての経験に戸惑うあたしの舌に絡ませ合う。
やがて唇が離れて、あたしは恥ずかしさのあまり真っ赤になって俯いてしまった。
「あ、晃さん、あの、よく考えたら人前なんですけど・・・・・・」
「うん。だから今日はここまで。これ以上は帰国後のお楽しみにちゃんととっておくから」
「こ、これ以上? お、お楽しみって・・・・・・」
「すげえ楽しみ・・・。逃げようとしても絶対に逃がさないよ。聡美・・・」
耳をくすぐる彼の甘い声。
頬を火照らす彼の熱い吐息。
あたしと晃さんはオデコをコツンと触れ合わせ、赤く幸せな顔で笑い合った。
そして何度も繰り返す言葉。
「愛してる。聡美」
「愛してる。晃さん」
イミテーションは本物になった。
あたし自身という、本物に。
これからあたしは生まれて初めて、自分自身として世界に向き合っていく。
鉄仮面を脱ぎ捨てて。
怖くない。だってあたしには彼がいる。そして、認められる自分という存在がある。
あたしと彼は向き合って
もう一度、幸せな気持ちでキスを交わした・・・・・・。
完結
最後まで読んで下さって、ありがとうございます。
お蔭さまで本日、無事に完結を迎えることができました。
こちらの作品は、あらすじにも書いてある通り、ベリーズカフェさんの方に公開している作品です。
あちらの方で現在開催中のコンテストに応募している作品なんです。
「働く男子」というテーマの作品募集でして。
このテーマを見た途端、『宝石鑑定士』という職業が、突然ポンッと頭に浮かびました。
そして、あれよあれよとキャラの形や話の流れがスイスイと・・・・・・。
こりゃー書かねばなるまい。よし書こう。
と、決意したまでは良いのですが。
当時、『タヌキの騎士・・・』の連載真っ只中。
タヌキを途中で放り投げるわけにもいかず、でも大賞募集の締め切りは迫る一方。
結局、『天然ダイヤ・・・』を書き始めたのが、コンテスト参加締め切りの三分前。
そして完結できたのが、完結締め切りの四分前。
・・・手に汗握る、非常にサスペンスな作品となりました。
お蔭で完結できた時には、全身脱力状態で燃え尽きてしまいました。
・・・でも楽しかったです。
コンテストは、まぁ、たぶん予想通りの結果になるでしょうけど(笑)
それが分かってても参加したかった。こういうお祭りは楽しいし、張りがありますよね。
また機会があったら、果敢にチャレンジしたいです♪
諸々の思い入れのある作品ですので、なろうさんにも公開させていただきました。
二~三人の方にでも読んで頂ければラッキーだなー。と思って公開したんです。
それが予想外にも、どうやらそれ以上の読者さまに読んでいただけたようでして。
嬉しくてホクホクしております。
皆さま、読んで下さって、本当に本当にありがとうございます。
皆さまの心に、元気をお届けできれば幸いです。
機会がございましたら、また岩長の作品でお目にかかれますように・・・・・・。
岩長 咲耶




