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ダイヤモンドの価値

 次の日、グッタリと疲労しながらあたしは出勤に備えてメイクをした。

 心も体も両方重くて重くて、メイクブラシを持った腕を顔まで上げるのもひと苦労。

 正直、仕事を休みたかった。だって・・・・・・


 今日は晃さんの講習会の日。


 晃さんからは、あれから何度も何度も着信があったけれど全部無視をした。

 どんな顔をして会えばいい? あわす顔も無いとはこのことだ。


 でも融通のきかない性格が邪魔をする。ズル休みなんてできない。周囲にも迷惑をかけることになる。

 こんなあたしが、人様に迷惑までかけたらと思うと・・・・・・。


 はぁっと重苦しい溜め息を吐きながら玄関に向かうと、横から同じような重っ苦しい溜め息が聞こえてきた。


「・・・・・・お母さん? どうかしたの?」


 洗濯物を抱えながら、浮かない顔をしている。

 どうしたんだろう? お父さんとケンカでもしたのかな?


「あぁ、聡美。・・・満幸ね、また付き纏われてるのよ」

「え? また?」


 お母さんの言葉にあたしも眉をひそめた。

 やだな、またなの? 今度は誰よまったく。


 お姉ちゃんは当然のことながら、子どもの頃から男性に言い寄られ続けてきた。

 女性の視点からみれば、それはとても栄誉で羨ましい限りのように思えるけれど。

 実は、そうそう良い事ばかりでもない。


 幼児の頃から、どうもヘンな趣味っぽい男の人に物陰から粘っこい目で見られたり。

 女性らしさを匂わせてくる小学生の高学年くらいの頃から、盗撮の対象にされた。

 中学生ぐらいの頃から知らない人に追いかけられたり、しつこく迫られたり。

 高校生の頃から男子生徒はもとより、モラルハザードな教師からまでアプローチされ始める。


『過ぎたるは猶、及ばざるが如し』っていうけど、まさにそれだと思う。

 神レベルで美し過ぎる女性って、どこか現世では適応しきれない。

 変な言い方だけど、はみ出してしまう部分があるんだ。本人には全く責任ないのに。


「心配だわ。最近の若い男の子ってホントに暴走しやすいから」

「うん・・・でも大丈夫だよ。お姉ちゃんも対処には慣れてるから」


 日を追って輝きを増す、美しいわが娘。

 物騒な世の中だし、親にしてみれば心配で仕方ないから、平凡な次女に目が向かなくなってしまうのも当然かもしれない。

 あたしの恋愛トラブルだなんて、お姉ちゃんのトラブルに比べたら気にする余地も無いだろう。


 自分の事くらい、自分で何とかしなきゃな・・・。


「行ってきます」

 あたしはそう言って、自宅を出た。


 職場に向かい、定刻通りに到着。挨拶をしながら店内の掃除を始める。

 いつも通りに決められた事をこなして、いつも通りに講習の時間が始まる。

 でもあたしの心はいつもと全然違って、ひどく沈んで落ち着かなかった。


 会いたくない。晃さんに会いたくない。

 会議室で席に着きながら、逃げ出したい気持ちで一杯。

 ここから逃げられる正当な理由がないか懸命に頭を廻らせたけれど、そんな理由なんてどこにもあるはずもなく・・・。

 無情にドアがカチャリと開く音がした。

 あたしの心臓の音も同時に高く跳ねあがる。


「おはようございます。聡美さん、詩織さん」

「おはようございますー! 晃さん!」

「おはようございます」


 深く頭を下げ、ぼそぼそと小声で挨拶する。

 そのまま視線を下におろしたまま、晃さんの顔を見ないようにした。

 視線を下ろしていても感じる。あたしに注がれる晃さんの視線。


 ・・・とても顔を上げられない。身の置き所が無くて体を固くして防御するように背を丸める。

 あたしは机の上のバインダーをチェックするふりをして、必死に彼の視線をやり過ごした。


 冷や汗をかくような、ほんのわずかな沈黙の後、何事も無いように晃さんは今日の講習を始めた。


「・・・それでは今日は、ダイヤモンドについて講習したいと思います」

「やったー! 待ってましたダイヤモンド!」


 詩織ちゃんがパチパチと拍手しながら笑った。

 今日ばかりは彼女の底抜けの明るさが本当にありがたくて、心の中で拝んでしまう。

 当分の間は、こうやって詩織ちゃんに独り舞台で盛り上がっててもらおう。


「ふたり共、4Cって言葉を聞いたことがあるかな?」

「はーい、ありまっす! ダイヤモンドを評価する基準ですよね?」


 カラー (色)

 クラリティー (透明度)

 カラット (重量)

 カット (形状)


 これらの4つの評価基準の頭文字を合わせて、4Cと呼ぶ。

 これらの評価の総合点によりダイヤモンドの価値が決まる。


「まずはカラーから。ダイヤモンドはね、無色から黄色や茶色の物が多いんだ。これらは『ノーマルカラー』と呼ばれている」

「ふうん、全部が無色じゃないんですねー」

「そこはやっぱり自然の物だからね。一般的には無色ほど良いとされている。けど、ピンクやブルーのダイヤもあるのを知ってるかい?」

「知ってます。ピンクダイヤとかって有名ですよねー?」


 グレー、ブルー、イエロー、オレンジ、レッド、グリーン、ピンク、パープル、ブラウン、ブラック。

 これらの濃く美しい色合いのダイヤは『ファンシーカラー』と呼ばれて珍重されている。


「でもダイヤモンドの鑑定は『ノーマルカラー』のみが対象だ。いかに無色に近いか? が鑑定基準だよ」


 色判定の基準になる、マスターストーンという石がある。

 このマスターストーンの色味に従って判定されたダイヤが、アルファベットのDからZまでの等級に分けられる。


 Dの最高評価から、順に評価が下がっていって・・・・・・


 D・E・Fが、無色。

 G・H・I・Jが、ほぼ無色。

 K・L・Mが、僅かな黄色。

 N~Rが、非常に薄い黄色。

 S~Zが、薄い黄色。


「そんなにハッキリと黄色味って出るもんなんですかー?」

「一般的にエンゲージリングとしてよく出回ってるクラスは、D・E・Fの無色だから。黄色味の強い石は、あんまりお目にかからないかな?」


 Gカラーの無色度合いだって、なかなかのものだ。

 よほど見慣れている人でない限り上位クラスとの判別なんて無理だろう。

 K以降のダイヤモンドについては、鑑定書に色を表す記述が添えられる。


「そして次は、クラリティの透明度。インクルージョンとブレミッシュが指標となる」


 インクルージョンとは、ダイヤモンドの中の内包物やヒビ割れなどの事。

 ブレミッシュとは、ダイヤモンドの表面の引っかき傷、穴、欠け目、研磨時の傷などの事。

 当然、このふたつが少なければ少ないほどに高評価。暗視野照明の元で10倍に拡大して鑑定される。


「GIA基準の場合、クラリティは11段階評価だ」


 最高評価はFLフローレスと呼ばれる。

 10倍拡大で観察しても、内包物や表面傷が全く見つからない。


 次に高評価なのはIFインターナリーフローレス

 10倍拡大で観察して、内包物は無し。ただ若干、表面傷が認められる状態。


 次は、VVS1・VVS2。

 10倍拡大でも発見が困難な包有物がある状態。VVS1は、VVS2よりも評価が高い。


 次はVS1・VS2。

 10倍拡大で、発見がやや困難な包有物がある状態。やはりVS1はVS2よりも高評価。


 次がSI1・SI2。

 10倍拡大で、発見が容易だけど肉眼での発見は困難な状態。


 次がI1・I2・I3。

 肉眼でも発見できる包有物がある状態。


「エンゲージリングとして良く出回っているのは、VS2くらいまでかな?」

「低いクラスのダイヤって傷が多いってことですもんね。それをエンゲージリングにするのは、ちょっとなー」

「その通りだね。さて、お次はカラット。つまりこれは単純に重さだ」


 1カラットは0.2グラム。ダイヤモンドは少数第3位まで表示する。

 ダイヤモンドは大きいものほど産出が希少なので、カラット数が大きいほど高評価。


 因みに、だいたい0.1カラット以下の小粒なダイヤモンドは「メレーダイヤモンド」と呼ばれ、メインストーンを引き立てる為の飾りによく使用される。


「そして最後は、カット。形状、研磨だね」


 原石状態のダイヤモンドは、はっきり言えば全然綺麗じゃない。

 ダイヤモンドを美しく輝かせるためには、どうしてもカットと研磨が必要になる。


 カットの評価対象となるのは、あくまでもラウンドブリリアントカットだけ。

 あの一般的な、丸い形のダイヤモンド以外は評価されない。それ以外の形はファンシーシェイプと呼ばれて、評価対象外になる。


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