第79話 同族からの勧誘
フードの向こうから現われたのは、シャドウと同じ赤い眼に尖った耳、そして病的なまでに白い素肌だ。
『同族であった、か』
「はい。わたしはナウロと申します。たしか、シャドウと申しましたね?」
『うむ』
「今は一人でも多くの同胞の助力がほしい。我々の魔王様――ドラギュス・カーミラ様の召喚に力をお貸しいただけませんか? 魔王様を召喚し、この世界の人間を一人残らず家畜にしようではありませんか!」
『くっくっく。そなたは良いことを考えていたのであるな』
全人類を家畜化すれば、渇きによる強烈な飢えへの不安がなくなるし、なによりこの地にはまだ他の魔王がいない。
他の魔王による侵略や妨害行為に怯えなくていい。
ここは吸血鬼が安心して生活出来る、最高の土地だった。
「では、我々と共に――」
『だが断るのである』
シャドウは血を硬化させた爪でナウロを切裂いた。
ナウロの肩口がぱっくり割れた。
「ぐっ、何を!?」
『ナウロはわかっていないのである。この世界には――魔王よりも恐ろしい存在がいるのである……』
「なにを馬鹿な。カーミラ様が復活すれば、人間ごとき下等種などあっという間に八つ裂きになるでしょう」
『そなたは何も知らないからそう言えるのであるッ!!』
うっかり殺そうとしたり、『つい』で潰そうとしたり、命を掌握しつつ使い勝手のいいコマとして使い、使い終わればインベントリにポイっと放り込む。
そんな鬼畜で冷血で、凶悪な人間が、この世には存在しているのだ。
現状、魔力をたくさん注がれて位階がⅦ程に達したシャドウでさえ、隔絶した力の差を感じているのだ。
おまけに、吸血鬼と長年敵対関係にあった不死の魔王すらもあっという間に滅ぼしてしまった。
そのような存在に、何故刃向かおうと考えられよう?
そもそも――自分を倒した相手が見くびられるのは最高に気分が悪かった。
(まさか、人間が見下されて、我が輩が苛立つ日が来ようとは……)
「よもや、人間に弱みを握られているのですか?」
『いいや。我が輩、今の主が結構気に入っているのである』
「……はっ? か、下等種をですか!?」
『うむ。我が輩を雑に扱うところは、もう少しなんとかしてほしいのであるが……』
「あ、あの……騙されてません?」
『い、いいところもあるのである! 仲間に対しては、すごく優しくなるところなど、他の魔王にはない温かみが――』
「絶対騙されてますって」
『でも、でも……」
「どんなに頑張ってもマイナスがプラスにならないですから……」
『ぐぬぬ……』
シャドウは歯ぎしりをする。
ああいえばこういう!
「話を聞く限り、カーミラ様の方が慈悲深く、お優しいと思います」
『ふむ。では、不死の魔王は倒せるのであるか?』
「それは……」
『我が主は不死の魔王をあっという間に滅ぼしたのである』
「そ、その程度、カーミラ様とて――」
『出来ないであろう? 純血の魔王は、不死の魔王と一体何年殺合っていたのであるか?』
「……」
『圧倒的な強さは正義である。我が主こそ、真の魔王に相応しいのである』
「し、しかし、奴は人間ですよ!?」
『圧倒的な強さの前には、種族など関係ないのである。あと――』
シャドウは血爪を構えながら、口元を歪めた。
『我が輩、昔からカーミラのことが気に食わなかったのである』
「――ッ!」
シャドウは傲慢だ。
己が頂点でなければ許せない。
カーミラとは毛色が合わず、力を付けて下剋上をしてやろうと考えていた。
己とカーミラとの実力差は、いずれ埋まるだろうという距離だった。
だが、白河は違う。
圧倒的すぎて、挑む気力すら湧き上がらない。
だが、決して頂点になれないとわかったらどうするか?
頂点を規格外にして、二番目が頂点と言い張ればいい。
故に、傲慢。
「カーミラ様に、なんたる不遜ッ!」
『我が主よりも劣った魔王に興味はないのである』
「ぐ――ッ!!」
血爪で攻撃。
ナウロが避けるが、遅い。
研究ばかりで体が鈍ったか。
シャドウの爪を受けて、右腕がちぎれ飛んだ。
その腕を掴み、シャドウは中に残った血を食らう。
「カーミラ様がこの世に召喚された暁には、一番に滅ぼしてやるッ!!」
『やれるものなら、やってみればいいのである。まっ、我が主に滅ぼされるのがオチであろうがな』
「くっ。覚えてなさいッ!」
ナウロが胸元から、何かを取り出した。
次の瞬間、彼女の姿が煙のように消えた。
『ふむ。逃がすつもりはなかったのであるが……』
いずれ彼女は、主の前に立ちはだかる。
その露払いを今からしておきたかったが、シャドウも知らない術理により逃亡を許してしまった。
後を追うか?
逡巡するも、背後から主の接近を感じ、血爪を消した。
『残念、時間切れであるな』
この見逃しが吉と出るか凶と出るか。
いずれにせよ、白河颯の前では同じ結果になるはずだ。
シャドウが見初めた人間は、尻で椅子を磨く魔界の王などより、圧倒的に強いのだから。




