第70話 意味深な拒絶
「今後、深度EXの深淵が発生した場合は、俺のクランが陣頭指揮を執ることになるだろう」
「ふむ……」
「こちらは最大で八人パーティ。君が加われば九人で魔王討伐に当たれる。白河くんは是非とも、魔王討伐の際には【払暁の光剣】のパーティに加わり力を貸して欲しい」
「――断る」
思いも寄らない言葉に、ぴくり亘の眉が動いた。
「何故断る? こちらは八人、そちらは君一人だけ。ならば【払暁の光剣】に臨時加入し、力を合わせて魔王を討伐するのがセオリーだと思うが?」
「……」
「分配が不安かな? それについては、きちんと人数割りで行う予定だ。丁度協会職員もいることだ、覚書を交わしてもいい」
「そういうことじゃない」
分配ではないのなら、何故断る?
訳がわからず、亘は首を傾げた。
「君はこれまで、かなり高ランクの悪魔をソロで倒してきたようだが、魔王は次元が違う。前回の魔王出現時は、Aランク超のハンター百名で挑み、生き残ったのはたったの六人だった。
そのうちの一人が、俺の父だ。その父から魔王の恐ろしさを直接聞いている。最精鋭のハンターが、一瞬のうちに何人も、惨たらしく殺されたと」
「だろうな」
「ならば、我々が力を合わせることを、何故拒む?」
これが若者の無鉄砲というものか。
亘は自身が若い頃、全能感に酔っていたことがある。
何をやっても上手くいき、誰も達成出来ない実績を達成した。特にハンター養成学校在学中、Dランクハンターへ昇格した頃が最もピークだった。
他人が出来ないことでも、自分には出来る。
自分の思うとおりにやれば、すべて上手くいく。
そう、思っていた。
今思い返すと喉を掻きむしりたくなるほど、恥ずかしい過去の記憶だ。
結局プロハンターとして【払暁の光剣】に正式加入してからすぐ、長く育った鼻っ柱をへし折られた。
悪魔との戦いで、三名の部下を失ったのだ。
自分の指揮が未熟だったが故の失態だった。
白河の姿が、当時全能感に酔っていた自分とダブり、亘は思わず顔をしかめた。
「君がいなくなれば、クランはどうなる? 悪いことは言わない、俺の指揮に入れ」
「断る。【払暁の光剣】に入るくらいなら、ソロで挑む」
「いい加減にしろ!」
亘は思わず立ち上がり、拳をテーブルめがけて叩き降ろす。
ギリギリ理性がおいつき、天板寸前で拳が止まる。
破壊は、免れた。
だが拳が生み出した風圧が、テーブルを大きく軋ませた。
「ソロで挑む? 君は、自分の命をなんだと思っているんだ!」
無鉄砲は若者の特権だ。
誰しも無茶をして、加減を知り、大人になっていく。
だが魔王だけは違う。
あれは、人類にとって絶望でしかない。
常に明るく何でも教えてくれた父が、唯一魔王戦のことだけは一度しか口にしなかったことからも、どれほど過酷だったかが窺える。
そんな深淵に、若者一人だけを向かわせるわけにはいかない。
特に彼は、十六才でEXに認定されるほどの才能溢れる少年だ。
ゆくゆくは日本の将来を背負って立つといっても過言ではない。
それほどのハンターを、単なる子どもの無鉄砲で失わせてなるものか!
そんな意気込みは、白河の言葉で躓くこととなる。
「お前は何故、深度EXの深淵から生還出来たのが六人だけだったのか、考えたことはあるか?」
「……む?」
「これは助言だ。部下を失いたくないなら、必ず正しい答えを見つけ出せ」
白河の表情に、亘は息を呑む。
これまで一切力強さを感じさせなかった少年が、いまはまるで巨大な壁のような圧迫感を放っている。
これはただ虚勢を張ったり、無闇に威圧的な態度を取っているわけではなさそうだ。
白河には、亘にそう思わせるだけの雰囲気があった。
だが、何故六人だったのか?
……考えたこともなかった。
強かったから、あるいは偶然、生き残っただけではないのか?
そこに隠れた答えがあるとは到底思えない。
だが、ここで正しい答えを出さねば、自分は再び大きな間違いを犯すのではないか?
白河の瞳にはそう思わせるだけの真剣さがあった。
また己のハンターとしての勘も、無下にするなと訴えている。
戸惑っている間に、白河は席を立ち会議室から出て行ってしまった。
一人残された亘はぽつりとこぼす。
「……一体、どういうこと、なんだ?」
いつもの威厳は消えた情けない声が、誰もいない会議室に空しく響き渡った。




