第67話 反撃すら出来なかった敗者
ひたひた宝石に近づき、剣斗は手をかざした。
白河にされたことを思い出し、胸中で憎悪をあおり立てながら、そっと宝石に向かって魔力を放った。
ぴたり、宝石が剣斗の手のひらに吸い寄せられた。
「うん?」
不審に思った、次の瞬間だった。
宝石から無数の管が出現し、一斉に剣斗の右手に突き刺さった。
「――あ゛っ!!」
激痛を感じ宝石を取り除こうとするも、それよりも素早く管が体の中を突き進む。
剣斗の全身が宝石の管で侵食されたのは、一秒にも満たない僅かな間の出来事だった。
体が動かない。
どこかから、パキパキと不気味な音が聞こえる。
「アガッ!!」
突然、剣斗を激しい痛みが襲った。
目だけで見れば、足のつま先から、体が小さくなっていくではないか!
「アァァァァア!!」
その不気味な光景に絶叫。
逃げ出したいのに、逃げ出せない。
体が動かない。
何も出来ないまま、足の先から徐々に上に向かって〝体が小さくなっていく〟。
恐怖のあまり、剣斗の股間が水浸しになった。
口からは止めどなく唾液が流れ落ちる。
非常に情けない姿だが、今の剣斗には醜態に思い至る余裕が一切なかった。
痛い。死にたくない。怖い。嫌だ。誰か助けて。
助けを呼びたいのに言葉が出ない。
恐怖から逃げるための気絶すらも、許されなかった。
宝石の管が骨盤を砕いた時、もはや剣斗は呼吸すらままならなかった。
(なんで、どうして……俺がこんな目に……)
懇願するように、剣斗はローブを見た。
ローブは、小刻みに体を震わせながら、フードを降ろした。
出て来たのは、人間とは違う顔だった。
長い耳、白い素肌、赤い瞳。
それは教科書に載っている悪魔の姿と、あまりに類似している。
「ほんの少し心をくすぐっただけで、自ら深淵石に命を捧げるとは。人間とはかくも御しやすいものなのか……あるいはこの者がただの大馬鹿者なだけか」
「あ……ん、え……」
これまで感じていた高揚感が、一瞬にして絶望に変わった。
体を温め続けていた復讐心も消え、震えるほどの悪寒に襲われる。
「安心していいぞ人間。お前の復讐心は無駄にはならない。その深淵石の中で生き続けるだろう。これが巨大な深淵を生み出せば、お前の復讐も果たされよう」
「いあ、あ゛っ! あ゛あ゛っ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
嫌だ、死にたくない、助けてくれ。
必死の懇願は、しかし剣斗の肉体を破壊せんとする宝石には届かない。
恐怖と激痛、そして絶望の中、剣斗の意識はこの世から完全に消え去った。
ローブの魔族が、後に残った宝石――深淵石を拾い上げる。
「ふふ……やはり、彼は最高の逸材だったようですね」
大庭剣斗の憎しみを吸収した深淵石は、以前にも増して毒々しい色に染まっていた。
深淵石は負の感情を吸収し、人間の命を力に変えて成長する。
負の感情が強ければ強いほど、命を注げば注ぐほど、より深い深淵を生み出せる。
とはいえ、利用する人間は選別する必要があった。
万一負の感情の薄い人間を用いれば、せっかく成長した深淵石が浄化されてしまいかねないからだ。
その点でいえば、今回の人間は最高だった。
これまで注いだどの命よりも深く、醜悪に染まった。
「この様子なら、偉大なる御方をお呼びすることも出来そうですねえ」
とはいえ、狙って呼び出せる代物ではない。
使用した結果、敵対相手だった場合、自分は即座に滅ぼされるだろう――そういう可能性もある。
「……誰かに使って頂かなければなりませんねえ」
さすがに、敵対相手を呼び出して死ぬのは馬鹿馬鹿しい。
誰かを利用して、深淵石を使わせたいが……。
「さて、誰が良いでしょうねえ?」
己の〝魅了〟に罹りそうな人間を頭に浮かべながら、悪魔は闇に同化し消えたのだった。




