第66話 反撃したい敗者
深夜の東京都内の一角。
大庭剣斗は街の喧騒から逃れるように、路地の暗がりに身を隠していた。
「なんで俺が、貴種の俺が、平民にならねばならんのだ……ッ!」
つい数時間前のことだ。剣斗は自らが売った喧嘩で完敗した。
家に多大なる被害をもたらしたことで、大庭家から廃嫡され、現在はただの剣斗に成り下がった。
自らが散々下等種と見下してきた平民になったが、剣斗はまだそれを認めていない。
にも拘わらず、この姿を誰にも見せないよう人通りの少ない場所を選んで動いていた。
内心は、平民になり恥辱に染まった自らの姿を見られたくないのだ。
また彼の顔についた大きなアザも、隠れ潜む理由の一つであろう。
白河のドローンに捕縛され実家まで運ばれた剣斗は、怒り狂う父の拳を何度も食らうことになった。
父に殴られるのは初めての経験だった。
殴られた痛みよりも、殴っている時の父の、剣斗を見下す冷たい瞳がなにより堪えた。
「今に、見てろよ……白河颯ェッ! 俺を生かしておいたことを必ず後悔させてやる」
貴種である自分を、このような境遇に追いやったのだ。
何度殺しても殺したりない。
白河のことを考えると、怒りのあまりおかしくなりそうだ。
今すぐにでも反撃に移りたいのだが、実際のところ再起の目処は一切立っていない。
これまで自分が使ってきた権力はすべて父からの借り物であり、自らが構築した力は何一つない。
――自分はなにも持っていなかったということに、今更ながら気づかされた。
ツテもなければ、切れるカードもない。
お金もない。つい先ほど父に――関係者への賠償金の足しにと、全額抜き取られた。
「くそっ。どうすればいいんだ!」
ふらふらと路地裏を歩いていると、ふと目の前にローブを纏った人間が現われた。
見るからに怪しい。
なるべく拘わらぬよう、道の端まで避けて通り過ぎようとした。
「白河颯に、復讐をしませんか?」
「――ッ」
その言葉に、剣斗の足が止まった。
うっかり相手の胸ぐらを掴みそうになるのを、ギリギリ自制心で押さえ込む。
「……誰に、復讐だって?」
「白河颯です。興味ありませんか?」
「ある。が、まずお前は誰だ」
普段ならば、一切を聞き流していただろう。
これほど怪しい人物だ。たとえ話を聞いたところで、真っ当な方法が出てくるとは考えにくい。
だが復讐心に捕らわれた剣斗は、相手に興味を持ってしまった。
「あなたと同じ、白河颯から被害を受けた……いわば、被害者の会のようなものです」
「へぇ……?」
「あなたのような尊い御方が、何故ここにいるのでしょう? すべては、白河のせい。違いますか?」
「……」
ローブ姿の人間の声には、不思議な響きがあった。
失われていた自尊心が満たされ、復讐心がより増幅させられる。
初めは不審に思っていたが、声を聞いていると親しみを感じてきた。
「その白河に、我々と共に復讐しようではありませんか」
「だが、どうやって」
「方法なら、一つだけあります。我々が開発した、とっておきの方法が」
「それはどんな方法だ?」
「知りたいですか?」
「……」
剣斗の答えは、決まっていた。
復讐のチャンスを、逃すわけにはいかない。
この者は顔が一切見えないが、不思議な魅力があった。
会話を始めてから一分ほどだが、まるで幼い頃からの親友だったかのような親近感を覚えていた。
「では、わたしについてきてください」
剣斗はローブの人間の背中を追う。
この人物は、男なのか女なのか……。
声は中性的で、体つきも身長もどちらともつかない。
とはいえ、今はどちらでもよかった。
男だろうが、女だろうが、剣斗がいま感じている親近感は変わらない。
しばらく歩くと、普通の雑居ビルに行き着いた。
その奥にあるESPと書かれた小さな扉を、ローブの人間が開いた。
「この中です」
ESPとは通常、配線や配管を通すスペースだが、ここは違った。
すぐに下に向かう階段があり、その先の地下には広々とした空間が広がっていたのだ。
その空間には、大小様々な機械が整然と並んでいる。
ざっと眺めるが、剣斗にはこれらの機械がなにに使うものかがさっぱりわからなかった。
「ここは……」
「我々の研究所の一つです」
「研究所?」
「はい。ここで日々、×××の力を研究しています」
「う、ん?」
上手く聞き取れなかった。
なんの力、といった?
剣斗が聞き返すより早く、ローブが言う。
「あの力を使えば、白河颯に対抗出来るでしょう」
指をさした先には、上下左右を機械に固定された宝石があった。
宝石は黒紫色で、内面ではその濃淡がどんよりと変化し続けている。
「これは、なんだ?」
「すべての力の源、ともいうべき宝石です」
「力の源……」
「はい。その宝石にむかって、あなたがいま抱いている復讐心と共に、魔力を流し込めば、白河ごとき軽くひねり潰せるほどの力が得られるでしょう」
剣斗は僅かに眉根を寄せた。
世の中、そのようにうまい話があるものか。
そもそも、このローブも被害者ならこいつこそ宝石の力を使うべき。
何故自分が使わなければならないんだ?
そんな疑念はじわじわと、己の理性とは無関係に、信頼の二文字に塗りつぶされていく。
白河を殺すのは誰でもない、自分であるべきだ。
「これを使えば、確実に白河に勝てるんだな?」
「間違いなく」
「そうか……」
ひたひた宝石に近づき、剣斗は手をかざした。




