第58話 己の心に素直に従って
【ラグナテア】の五人がシザーキャットのボスを討伐したとき、梶原尚之は感動に打ち震えていた。
当初梶原は、『たった五人の学生が、深度Ⅲの深淵をクリア出来るはずがない』と思っていた。
過去に学生のうちにDランクに上がった者は彼らを除いて二名のみ。さらにクランを結成し、かつクラン昇格試験を受験した者はいない。
そもそも学生のみで深淵を攻略した例は、黎明期を除いては彼ら以外にないのだが……。
さておき、深淵攻略の要だろう白河は途中で離脱してしまった。
さすがに今回ばかりは攻略失敗だろうと思っていただけに、五人での攻略成功は梶原の心を大きく揺さぶった。
(まるで伝説のワンシーンを見ている気分だ……)
一条肇、千葉レオン、畠山修、西園寺エマ、朝比奈萌木。
この五名は間違いなく、歴史に名を残す。
学生がクランを立ち上げたこと、メンバー全員が一年生のうちにDランクに昇格したこと。
そして、深度Ⅲの深淵を学生のみでクリアし、Cランククランへの昇格試験を成功させたこと。
すべてが空前の偉業だった。
この歴史的快挙を前にして、感動せぬ者などこの世に居るまい。
梶原はこの一部始終を間近で目撃出来たことを今、神に感謝している。
残念なのは、ここに白河颯がいないことだ。
彼は赤い次元層の向こうに捕らわれてしまった。
深淵の推定深度は、低く見積もってもⅤ以上。
生存は……絶望的だ。
「皆、深淵攻略お疲れ様。この梶原、君たちの攻略に一切の不正がなかったことを保証しよう。もし白河が生きていれば、きっと君たちはこの世に名を残すクランに――」
「何言ってんだお前?」
梶原が話している途中、千葉が首を傾げた。
「あいつが死ぬわけねぇだろ」
「いや、しかし脱出不能の深淵に捕らわれたんだぞ? 君たちがマスターを信じたい気持ちはわからなくもない。ただ、いくらなんでも学生が単独で悪魔を滅ぼすなど――」
ありえない。
そう言いかけた時だった。
常に視界に入っていた、真っ赤な次元層が忽然と消滅した。
「――ッ!?」
梶原は慌てて戦闘体勢を取る。
額にぶわっと冷や汗が吹き出した。
「次元層が破られたか!? 前例は、ほぼない。だが、唯一あるのは魔王種のみだったはず。まさか、そんな……」
体は逃げろと言っている。
だが何が起ったのか? 情報を入手しろと理性が訴える。
それにまだ【ラグナテア】のメンバーもいる。
彼らを見捨てて逃げるわけにはいかないが、自分の命も惜しい。
梶原が葛藤していると、国技館から見覚えのある者が現われた。
「……なんだ、みんなもうクリアしてたのか」
「――馬鹿な!」
現われたのは、白河だった。
梶原はカッと目を見開いた。
「みんなお疲れ。俺が先に終わると思ってたんだが……」
「残念だったな」
「せっかく煽って楽しもうと思ったのに」
「仲間をいちいち煽ろうとすんなッ」
「でもやる気が出るだろ?」
「いけしゃあしゃあと……」
千葉が拳を握りしめ、それを一条が慌てて抑えた。
「まあまあ。お互い無事で良かったってじゃないか。ところで、そっちはどうだったんだい?」
「そこそこかな」
白河の武具には、ほとんど汚れが付着していない。
そこそこ、と言う割りには苦戦した雰囲気を感じない。
――まさかッ!?
「みんな、気をつけよ! こいつは白河颯の姿をしているが、悪魔の可能性がある!!」
「なわけねぇだろ」
「あはは。梶原さんが警戒する理由は、よくわかるよ」
「あっ、そういえば一条は前科一犯だったな」
「白河くん、痛いところを突くね……」
「事実だしな」
会話をしている様子はただの学生。
一見すると、人間のようだ。
だが姿だけでなく記憶すらコピー出来る悪魔がこの世には存在する。
会話の様子だけでは、入れ替わっていないとは言い切れない。
「……白河颯。もし潔白を証明したければ、ハンターライセンスを見せろ」
「ほい」
「――ッ!」
きっと「何故だ?」とか「信用してないのか?」とか会話を長引かせるだろう、と身構えていた。
それだけに白河がライセンスをすぐに取りだしたのには、完全に虚を突かれた。
ハンターライセンスには、悪魔が持つと濁る特殊加工がされている。
しかし白河が取り出したライセンスには、一切の曇りがない。
間違いなく、目の前に居るのは白河本人であり、悪魔が入れ替わっているわけではない。
「本当に……本物、なのか……?」
「そうだと言っている」
「じゃ、じゃあ中の悪魔はどうやって討伐したんだ!?」
「ええと……普通に? あっ、疑うなら証拠を見せるわ」
そう言って、白河はインベントリから悪魔の素材を取り出した。
灰に牙、それに赤い塊。
この素材がドロップする悪魔を、梶原は資料で閲覧したことがあるが……。
「まさか、これは……ッ!」
「一応純血種の吸血鬼、だとか言ってたかな」
「やはりッ!!」
予想が的中したことで、梶原の体がブルブルッと震えた。
「じゅ、純血種は最低でも、深度Ⅵの悪魔。それを……単独で討伐した、のか……?」
「そうなるな」
「――そういえば、堤さんはどうした!?」
「あー、順を追って説明するわ」
聞かされた話は、想像を絶するものだった。
普段ならば、与太話だと足蹴りにする内容だ。
だが目の前に悪魔の素材があり、ドローンによる証拠映像も残っていた。
(……信じるしかないな)
素直に認めると、今度は白河颯という男の存在がにわかに恐ろしくなった。
堤に填められてなお、悪魔ごとその企みを返り討ちにする強さが、だ。
(本当に、学生なのか?)
梶原はこれまで、日本最強のハンターは【払暁の光剣】の一条亘だと思っていた。
何があろうと、彼が死ぬまで決して揺るがないと確信していた。
その亘は学生時代に――それも一年生だ!――これほどまでに強かっただろうか……。
この男こそ、未来の日本に無くてはならないハンターではないだろうか?
その未来は、きっとすぐそこまで来ている。
にも拘わらず、その芽を潰して良いものだろうか?
――いや。良いはずがない!
(この白河が秘めた力は、日本の将来に資するものだ。それを、たかがクランの権力争いで潰させてなるものか!)
昇級試験官として着任した当初抱いていた疑念などころりと忘れ、梶原は脳内で計算する。
「白河。お前はこれまでいくつの深淵を攻略した?」
「これで三つ目だな」
「全部ソロで討伐したのか?」
「ああ。映像を見るか?」
「いや、今はいい。それで、討伐した深淵で、最高深度はどれくらいだ?」
「今回の深度が一番じゃないか?」
「……わかった」
聞き取ったことを、簡単にデバイスにメモをし、白河をまっすぐ見る。
なんの特徴もない凡庸な顔つき。覇気だって、ほとんど感じられない。
これまで梶原が白河たちに対して疑念を向けていたのは、その実績があまりに常識離れしていたからだ。
これまでの歴史を考えれば、不正を働かなければ不可能だと思えるようなことばかりだ。
もし不正を働いているのなら、ここでしっかり対応しなければ、ハンター協会の信頼が揺らぐ。
梶原は彼らに対して厳しく接していた。
それがここへ来て、彼らの実力が本物であることがわかった。
目の前で結果を出されて、さらにドローンによる映像を見て、本物だと確信した。
当初の疑念などもはやひとかけらもない。
ならば、自分がやるべきことは一つ。
「白河、これから忙しくなるぞ」
「……? まあ、学生クランがCに昇格するのは、日本で初めてらしいからな」
「そういう意味じゃないが……まあいい。皆、ひとまずハンター協会に戻ろう。そこで昇格試験の合格を認定し――俺は協会にとびきりの爆弾を落とす」
ハンター協会職員の致命的な裏切り、そして――白河を特別ランクへの推挙をする。




