第48話 この世の春はドクペ味
「話は変わるが、なんか空気が変じゃないか?」
さっきから気にしないようにしてはいたが、教室の空気が妙だ。
これまで、教室に入ると敵意というか、俺を無視するような雰囲気があった。
一条たちがクランメンバーになってからは、それが少しだけ緩和されたが、仲間って意識を向けられたことはなかったはずだ。
だが今日はなんか、肉食獣がたくさんいる平原にうっかり迷い込んだみたいな、背筋がそわそわする空気を感じる。
「たぶんそれは、アレのせいだね」
「アレなあ……」
頭ががくっと垂れ下がる。
アレ――『日本初! ハンターランクD級昇格オメデトー!』横断幕だ。
誰の差し金だ? 校長か? 理事長か?
ともかく、校門に入ったら一番目に付く、校舎の正面にでかでかと掲げてやがった。
しかも一年C組某って、全員のクラスと名前入りで、だ。
羞恥心で(メンタルを)殺しに来てんのかと思ったわ。
「Dランクって、ベテランハンタークラスだからね。定番のルートだと、クランに即戦力として入団して、一年目から家族を養えるだけの収入が得られるよ」
「ええと……いわば、エリートコースってことか?」
「そうそう。白河くんはいろいろ結果を残してきたけど、クラスメートにとってはハンターランクが一番わかりやすくて、将来を想像しやすい結果だから――」
――狙われてるんだよ。
にこっと微笑む安達の台詞で、ぞわぞわっと鳥肌が立った。
「ね、狙うって、何を?」
「お金」
「おぅ、しっと!」
身も蓋もない。
だが、なるほど。ここまで言われて、この嫌な雰囲気がやっとわかったわ。
あれか。
俺を彼氏にして、あわよくば旦那(ATM)にしようって視線だったんだな。
「いつの時代も、高収入男子は強いから」
「人を収入でしか判断出来ない奴とは一緒になれないな」
「白河くんがそう思っても、周りはそうじゃないからさ」
「というと?」
「無理矢理既成事実を作って、半ば強制的に結婚」
「っていっても、気をつければ大丈夫だろ」
「そう? 差し入れの水を飲んだら睡魔に襲われて、気づけば裸でベッドの上に。隣には裸の女性がいたって話、よく聞くよ」
「なにそれこわい」
「白河くん、これから差し入れの水には気をつけてね。ふふふ……」
「お、お前、俺を怖がらせるために嘘ついてるんだろ? そうなんだろ!?」
マジ怖いから止めて?
「おっすぅ二人とも!」
怯えてると、明らかにテンションのおかしい大斗が出現。
なにお前どうしたんだよ。
危ないオクスリ、キメたわけじゃないだろうな?
「お、おはよう大斗」
「今日はいい天気だなッ!」
「いや雨だぞ」
しかもざんざか降りだ。
「まさにこの世の春って感じじゃん!」
「もうすぐ梅雨だ」
「お、おはよう三浦くん。今日はご機嫌だけど、どうしたの?」
「あー、やっぱわかっちゃう? ぐふふ。実はさ……あー、でもさすがにすぐに言うのはなあ。ぐふ。やっぱ秘密にしておいたほうが――」
「はよ言え、殴るぞ?」
ものっすごい気持ち悪い。
とりあえず殴ってから血液検査に連れてくか。
「ちょ、待て待て。暴力反対!」
「じゃあさっさと言え」
「じ、実はさ……」
大斗が小声になって、爆弾を投下した。
「おれ、彼女出来たんだ」
日曜日にサンシャイン通りでナンパを試みた。
しかし女性は釣れない。
いつものことだ。
非モテだから仕方がない。
諦めかけた時だった。
――へい彼女、今暇してる? おれと一緒にお茶しなーい?
しょうもない大斗のナンパに、引っかかる(バカな)女がいた。
「初めて見た瞬間から、なんかこう、びびっと来たんだよ。その時おれは思ったね。これが運命ってやつじゃんって……」
「安達、吐き気止めの薬ないか?」
「白河くん、さすがにそれは三浦くんに失礼だよ」
「えっ、おれなんか失礼なこと言われてんの?」
「気にするな大斗。話を続けていいぞ」
「おう。とりあえずその日はカラオケいって、お茶飲んで、連絡先交換して別れたってかんじだな」
「……ヤッてないんだな?」
「そんな爛れた関係じゃない! おれたちはピュアなの!」
ゲロゲロ。
真面目な顔してよくそんな台詞言えるな……。
「もしかしてハヤテ、おれが先に童貞卒業するのが悔しいのか?」
「そうじゃない」
どっちが先なんて興味ねぇよ……。
そもそも競争することか。
「さっき安達とも話してたんだが、金目当ての女子に気をつけようって」
「ふぅん? でも安心しろ。おれの彼女は、絶対に金目当てじゃないから」
「なんで絶対なんて言えるんだよ」
「それは…………あー、あれだ、言えない。言えないが、間違いない」
「なんだよそれ」
「うーん。ここだけの話なんだが……」
再び大斗が、大真面目な顔を寄せてきた。
聞き取れるかどうかの小声で、
「同じ学校の生徒なんだ」
「……まじか。そんな偶然あるんだな」
「な? 運命だろ?」
「知らんがな」
「で、おれの彼女さ、恥ずかしがり屋だから、いまはまだ付き合ってることをおおっぴらにしたくないらしい」
「何でだ? よくわからんが……」
「ほら、おれたちってカースト底辺じゃん?」
「うむ」
一条たちと仲良くなっても、まだクラスカーストはクソ雑魚なめくじなんだよなあ。
なんでだろ?
「それが恥ずかしいのかもって、おれは納得した」
「なるほどなあ。ってことは、身分違いの恋愛か」
「…………ノーコメント」
しまった!
って顔してる時点でノーコメントじゃないんだよなあ。
たしかに、カースト中位以上の女子が底辺男子と付き合ってるって周りにバレたら、自分のランクが下がるかもしれないか。
さらに推測すると、相手は金持ちの子女ってところかな。
それなら『金目当てじゃない』って大斗の台詞にも納得出来る。
「そんなわけで言えないけど、金目当てじゃないって理由はちゃんとある。そこは安心しろ」
「なるほどな」
俺と大斗が話す横で、安達が真面目な顔をしてじっと空中を睨んでる。
「安達、どうした?」
「えっあっ、ううん。なんでもないよ」
「そうか。んじゃ大斗、とりあえずおめでとさん。彼女出来てよかったな」
「くやしいのぅ、くやしいのぅ!」
「べべ、別に悔しくねぇよ」
悔しくなんてないからな?
ほんとほんと。
「さて、そんな大斗くんに朗報だ」
「な、なんだよ……」
「クランの昇格試験が今週末土曜日に決定した」
「はっ!? 一昨日は、かなり時間かかるって言ってたじゃん」
「今回は運が良かったみたいだ」
「う……ぐ……」
これからビシビシしごいてやる……って思ってたんだが、大斗の様子がおかしい。
「どうした?」
「ハヤテ、ほんとごめん。土曜は、彼女とデートの約束しちまった」
「あー……」
なるほど。そういうパターンもあるか。
これは予想外だ。
いや大斗に彼女が出来たってところからして予想外だが。
「てっきり、メンバーは全員集まるものだと思ってたな」
「ぐ……。い、今から彼女にメールして、リスケしてもらうわ」
「いやいや、そこまでしなくていい。テスト日が予想より大幅に早かったし。なにより大斗の初彼女と、初デートなんだろ?」
「お、おう……」
「んじゃ、行ってこいよ」
「ほんと、ごめん」
「いいって。――あっ、そうだ。水には気をつけろよ」
「なんだよそれ?」
「自己防衛だよ、自己防衛」
俺と安達の話を知らない大斗は、きょとんとして首を傾げるのだった。




