第39話 背乗り
エルドラの子機に案内されてきたのは、だだっ広い学校の校庭だった。
手前側に校舎があって、向こう側にはたしかダンジョンがあったはずだ。
この広い校庭は持久走用だ。
新入生がここで手厚い歓迎を受けたそうだが、俺の記憶には一ミリも残ってない。
記憶が入れ替わる前のことだしな。
大斗は時々、『あれはもう二度とやりたくない』と口にしている。校庭を見るだけで吐きそうな顔をするほどだ。実際吐いたのかもしれない。
そんな校庭の真ん中に、一人の少年がいる。
装備の具合を確かめながら、少年に歩み寄る。
「よう。今回はずいぶんとやってくれたな」
「……なんのことかな?」
「しらばっくれんなよ、畠山」
振り返った畠山の顔には、困惑が浮かんでいた。
「お前が、俺のやってもない噂を流したんだろ」
「いいや。噂については、ボクも耳にしただけだよ。それを広めたというのなら、あながち間違ってはいないだろうけど、すべてをボクのせいにされても困る」
「とぼけても無駄だぞ。エルドラが、ここ数日の全記録をチェックした。AIでデータ解析すると、お前が発信源だったことがすぐにわかった」
俺はレギオンを抜き、水平に構える。
「お前、何がやりたいんだ?」
「野蛮だね。銃口は人に向けるなと、小学校で教わらなかったのかな?」
「答えろ。お前は〝何者〟だ?」
「畠山修だけど?」
「聞き方を変えよう。お前はいつ〝畠山修になった〟?」
「…………言っている意味がわからないな」
「畠山修は、【払暁の光剣】の後ろ盾になってる、畠山グループの息子だ。その子がハンター養成学校に入学したのは、自らもハンターになりたいと思ったからだ」
――という設定だった。
確信を得るためレオンにも聞いたが、間違いない。
畠山は一条、千葉の二人と仲良くなり、いずれ【払暁の光剣】に入団する腹づもりだった。
「だが、そうなると妙な話が一つ出てくる。お前、ダンジョンに行こうって誘いをずっと断ってたそうだな」
新入生は、実際のダンジョンに潜ることを第一の目標にしている。
まるで恋人を作ることが高校生の至上命題みたいなノリで、だ。
実際にエマや萌木は俺を頼ってきたし、レオンだってずっとダンジョンに連れて行けとうるさかった。
「なんで、ダンジョン行きを断り続けた?」
「実家の仕事がいろいろ忙しいからさ」
「ダンジョンに行けない理由があったんじゃないか?」
「だから、仕事が立て込んでいて――」
「ハンター協会で、学生証を確認されると困るからだろ?」
「…………」
それまで浮かべていた余裕の表情が、一瞬にして消えた。
いまの畠山の顔には、なんの感情も浮かんでいない。
深淵の悪魔の中には、人間になりすませる奴が当然のように存在する。
この前倒したウツロビトもそうだったな。
それは、人間の衣を被った便衣兵のようなものだ。
なんの対策もしなければ、背乗りした悪魔に人間社会が乗っ取られる。
背乗りした奴がハンターだったら、人類にとって致命的なタイミングで蜂起され、人間社会が内部から悪魔に食い破られる。
当たり前だが、何十年と悪魔との闘争を繰り広げてる人類が、背乗りにノーガードなわけがない。
ハンター協会は、いくつもの背乗り対策をしている。
その一番簡単なものが、ハンター証だ。
「学生証を出せ」
学生証は、ハンター証と同じ作りになっている。
一見すると普通のカードだが、悪魔が持てばカードが濁る。
「沈黙は、肯定と見なす」
「……貴様は一体、何者なんだ?」
畠山が首を傾げた。
人間じゃあり得ない首の角度だ。
もはや、人間かどうかを問うまでもないな。
「入学当初は雑魚だったのに、ある日突然、手が付けられなくなった。深度Ⅲの深淵を攻略? 普通に考えてあり得ない。何故、お前は深淵をクリア出来た? よもや、我々の仲間かと思っていたのだが……違うのか?」
「我々、ね」
単独行動じゃないのか。
とすると、あの似非教師の深淵騒動も、こいつらの仕業だったのか?
でも、俺への名誉毀損行動と、深淵騒動は全く関係なさそうだけど……。
「お前の目的はなんだ?」
「さてな。素直に教えるとでも?」
「そうかい」
だったら勝手に考えるまでだ。
たとえば、この世界とゲームの差異がこいつらのせいだったら?
レオンや〝一条〟が、不得意武器を持っていたのが、こいつらの狙いだとしたら?
戦闘力すっかすかの名ばかりハンターが増産され続けるだろう。
悪魔が一斉に侵攻してきても人類は打つ手なしだ。
鉄拳のレオンとか長剣の一条に、悪魔を倒せる未来が見えん。
まあこれはあくまで俺の想像だけど。
あながち間違ってないような気がする。
「さて、それではこの辺で失礼させていただこう。喜べ人間。今回は見逃してやる」
畠山もどきの背中から羽が出現。
空に舞い上がった。
こんなこともあろうかと――インベントリから課金アイテムを取り出し、宙に浮かべる。
赤い宝玉が一瞬にして空に展開。
ドーム状になって校庭を覆い尽くした。
その壁に阻まれ、畠山もどきが停止した。
「……貴様、一体何をした?」
「ちょっくら悪魔が通れない結界を張った。気に入ってくれたかな?」
『緊急結界石』
これを使うと悪魔だけを閉じ込める結界を展開出来る。
時間制限はあるが、普通の悪魔じゃ突破は出来ない。
魔王クラスなら破れるかもしれんけど。
課金クジから出てくるゴミアイテムだが、今はこれが役に立った。
「今すぐこの壁を解け」
「解くわけねぇだろ」
「ならば力尽くで破る!」
畠山の姿が、やっと悪魔に変わる。
角に赤い目、燕尾服に翼となると、バフォメットか。
たしか深度Ⅵの悪魔だったな。
思わず舌なめずりをする。
ここなら思い切り戦える。
レギオンの引き金を連続で引く。
初級の小手調べはなしだ。
一気に上級をブッパする。
灼熱の炎が悪魔をかすめる。
天空から飛来した雷が、マナシールドに弾かれた。
氷の刃が悪魔を襲うも、炎の魔法で対消滅した。
凶悪な魔法の連打に、さしものバフォメットも額に脂汗を浮かべていた。
(こいつ、何故これほどの魔法を連発出来るんだ!?)
一撃に、初級魔法士なら昏倒するレベルの魔力が込められている。
それを数発、一気に撃ち放った。
いまので終わり、というわけではないだろう。
表情から余裕が見て取れる。
(この男、なんとしてでも我が組織に組み入れたいが……)
いまさら勧誘をしても、断られる未来しか見えない。
こちらが散々敵対行動を取ったのだ。
これで勧誘が成功しても――逆に組織を崩壊させるために乗り込んできたとしか思えない――到底歓迎など出来まい。
「仕方がない――殺すか」
バフォメットは魔力を励起。
己の魔力波を鍵にして、魔界の次元を無理矢理こじ開ける。
「疾く来い。我が眷属よ!」
――《次元解放》。
深淵により行われる次元移動を、魔力で強制的に行う魔法だ。
深淵との大きな違いは、個が世界に定着しないこと。
時間になるか、あるいは倒されると魔界にも戻れず消えてしまう。
バフォメットは手下の命を使い捨てるようなこの魔法があまり好きではない。だが対白河戦を安全に切り抜けるには、これがもっとも最適だった。
ぽっかりと開いた次元の口から、五十体のシャドウストーカーが出現した。
見た目こそ犬に似ているが、サイズは人間よりも大きい。
自らの気配を消し、影を巧みに利用して移動する。
そして狙った相手を執拗に追い回す習性から、その名が付けられた。
シャドウストーカーが一斉に白河に襲いかかる。
あるものは正面から、またあるものは背後に回り込み、影に隠れ、隙をうかがう。
社会性のある悪魔らしく、連携が美しい。
いくら白河とて、数分後には骨すら残っておるまい。
バフォメットは、彼が奇妙な動きをしないか見張りつつ、シャドウストーカーによる狩りを眺める。
白河が、必死になって攻撃を回避し続ける。
この様子だと、予想よりも時間がかかりそうだ。
「ふむ、これではあまり面白くないな。どれ、少し手を貸すか」
そう呟き、バフォメットは一つ、魔法を放った。
《制御妨害》
対象者の身体的、魔力的制御をほんの僅かだけ狂わせる。
同格以上には通じないが、格下の白河には抵抗すらできまい。
事実、魔法が弾かれた感覚はなかった。
先ほどまで順当に回避していた白河の動きが鈍った。
すると、あっという間にシャドウストーカーの群れに飲み込まれた。
「あー、命乞いの言葉を聞くのを忘れていたな。残念だが、あれではもう手遅れよな」




