第38話 一条、制圧
「あいつは、白河くんは、悪なんだ。どうしてレオンは、悪に加担するんだ!」
「大将は悪じゃねぇよ」
「そうか、レオンも洗脳されているんだね」
「お前オレの話を聞いてねぇだろ!? ちゃんと聞けよ!!」
「これだけの力があれば、西園寺さんや朝比奈さんを助け出せるはずなのに!」
「その必要がねぇって何度言やあ――ああ、もう、面倒くせぇなッ!」
レオンの動きが僅かに変化した。
次の瞬間、
「――ガハッ!!」
肇の脇腹に、大剣の腹が食い込んだ。
レオンが、目に見えぬ速度で大剣を横に振り抜いたのだ。
一体、いつの間に……。
衝撃により突き飛ばされた肇は、訓練室の壁に背中から激突した。
まるで、体がバラバラになったような気分だ。
酸素がうまく取り込めない。
平衡感覚が狂って、地面に倒れ込みそうだ。
だが、ぐっと歯を食いしばり、長剣を杖にして立ち上がる。
「ま……まだ、僕は、負けて……」
「お前、自分がどうなってるのかわかってねぇのかよ」
「なに?」
攻撃を受けたのは肇だというのに、まるでレオンが怪我をしたかのように歪んでいた。
その手から、白い巾着が放り投げられた。
緩い放物線を描くそれを躱そうとしたが――体が動かない。
巾着が顔にぶつかり、中から白い粉がパフっと飛び出した。
まさかそう来るとは思わず、うっかり白い粉を吸い込んでしまった。
「な、なんだ、これは――毒か!?」
「毒じゃねぇから。てか、なんでオレが毒を持ち出すんだよ」
「それは、レオンが……」
頭の中が徐々に濁り、大きく切り替わる。
再び鮮明になった時、肇はパチパチと目をしばたたかせた。
「……ん? レオン? 僕は一体……い、ったぁ!? い、痛い、痛いなにこれ痛い!!」
体中に激痛を感じ、肇はその場に崩れ落ちた。
これまで何度も父に、棒で殴りつけられたことがあるが、その痛みなんて比ではない。
見れば、至る所の骨が妙な方向に折れ曲がっているではないか!
なんでこんなふうになっているのか、さっぱり覚えがない。
「脇腹以外は自分で負った怪我だ。脳のリミッターでも解除されてたのか、無茶な力の入れ方をしたせいだろ」
「そ、そんな……」
戦闘中に感じた高揚感は、ただの無茶だったのか。
己の肉体のあまりの弱さに、肇はがっくりうなだれた。
「全く、見てらんねぇな。ほら、これを飲め」
「これは?」
「回復ポーションなんだとよ」
レオンが持つ瓶に入った液体は赤。
本当に飲めるのか、体に良いのか疑わしい。
一見するだけで危険な代物だが、レオンから渡されたというだけで、肇はなんの疑いもせず口を付けた。
中に入った赤色の液体が、どろりと喉を通る。
途端に、体が熱くなった。
激痛が徐々に和らぎ、折れ曲がった骨がまっすぐ戻っていく。
「こ、これはすごい!」
「お、う。まさかこんなに効くとは思わんかった」
「こんなに効くポーションがあるなんて……まるで上級回復魔法みたいだ。これはどうしたの?」
「いや、大将から『必要になりそうだから持ってけ』って言われたんだよ」
「白河くんか。じゃあ、あの白い粉も?」
「ああ、目覚めの粉っていう、洗脳を解くアイテムらしい」
「せ、洗脳?」
肇は目をしばたたかせる。
てっきり、鎮静効果のある粉かと思っていた。
「洗脳……僕が?」
「ああ。あれを使ってからオマエは明らかに変わったからな。洗脳されてたんだろ」
「そんな、一体誰に……」
「しらねぇよ。ただ、これがなかったらオマエは死ぬまで戦い続けただろうな」
「……」
助かった、とは思う。
だが、あまりに準備が良すぎる。
よもや、こうなることを予測していたのか。
そうでなければ、洗脳の実行犯しかあり得ない。
まるで手のひらで踊らされている気分だ。
「一体、白河くんは何者なんだろう?」
白河は、実技科目で突如頭角を現した。
それまでは何の取り柄もなさそうな、スクールカースト最底辺の男子だった――という話だ。
肇もレオンも、それまでを知らない。
視界に入らないような存在だったのだ。
にも拘わらず、いまや台風の中心だ。
その普通では考えられない変貌ぶりは、どうにも受け入れがたい。
「何者だっていいだろ。大将のおかげで、オレは強くなった」
「大剣を使うようになったのも、白河くんの助言があったから?」
「ああ。オヤジや、雇った家庭教師より、大将のほうが正しい。だからオレは大将につく。まだまだ強くなりてぇからな」
お前はどうだ?
そんな視線に、肇は拳を強く握りしめる。
「なれるかな? 父上よりも、強いハンターに」
「さあな。ただ、これだけは確実に言える」
腕を組んだレオンが、口を斜めにした。
「大将んとこは、今より百万倍楽しいぜ」
「ふっ。そうか」
「オマエもこっちに来いよ。謹慎させられてんだろ?」
「……知ってたのか」
「ああ。オヤジから聞いた」
「そうか。僕は、ずいぶんと白河くんに酷いことをしてしまった。許してもらえるだろうか……」
「誠心誠意土下座しろ」
「ははは。それで許されるなら、何時間でも土下座するよ」
今回、肇はそれくらいのことをしたと思っている。
無論これは、魅了に罹っていたせいかもしれない。
だが、魅了状態だったから許せというのは違う。
「あとは手土産でも付けたら喜ぶんじゃねぇか?」
「手土産?」
「今、丁度オレたちのクランは、セキュリティの高い物件を探してる。〝それ〟を手土産にしたら、今回の一件は水に流して貰えるんじゃねぇの?」
「……レオンにしては、妙案だね」
「それ、どういう意味だよ」
「変わったね、ってことさ」
これまでのレオンなら、きっと『相手が諦めるまで土下座で押し通せばいい』としか言わなかっただろう。
それが、損得の駆け引きに知恵が回るようになった。
きっとこれも、白河のおかげなのだろう。
ただひたすらに努力するだけではダメだと気づかせてくれたから、これまで考えたことのない手法にまで目を向けられるようになったんだ。
僕も、レオンのように変われるだろうか……。
自らの手をじっと見た、その時だった。
――ズンッ!!
不意に、轟音が響き、校舎が大きく揺れたのだった。




