第37話 大きな壁
瞼を閉じて精神統一していた一条肇は、訓練室の扉が開く音を聞き目を開いた。
「……白河くん、じゃないのか」
しかし、扉の向こうから現われたのは、白河颯ではなく千葉レオンであった。
このことに肇は落胆。思わずため息を吐いた。
「オレが相手だと不満か?」
「レオンと戦う理由がない」
「代理を立てちゃいけねぇってルールはなかったと思うがな?」
「白河くんが僕から逃げるとは思わなかったよ。僕が怖くなったのかな?」
「いいや、大将はいろいろと忙しいんだよ」
ほら始めるぞ、と言わんばかりにレオンが大剣を抜いた。
――大剣?
肇は眉根を寄せた。
レオンは幼い頃からずっと、鉄拳を使っていた。
逆に大剣を扱ったところは、一度だって見たことがない。
何故鉄拳よりも練度が低いだろう大剣を持っているのか、理解に苦しむ。
「……本気でやるつもりはない、と考えていいのかな?」
「試してみるか?」
「出来れば、レオンと戦うのは御免被りたい」
「逃げるのか?」
その言葉で、肇の中のスイッチが入った。
「そんなに戦いたいなら相手しよう。けれど、負けたらそこで終わりだよ。レオンは代理だったから負けじゃないという理屈は成立しないからね」
「能書きはいいから、はよ来いよ」
「……っ」
レオンの不遜な態度で、頭に血が上る。
ここまで肇とレオンの稽古の戦績は、こちらが圧倒的に上回っている。
よもや、長剣対鉄拳で間合いが違うから勝敗に偏りが生まれている、とでも思ったか?
それで大剣を持ち出してきたのだとすれば、がっかりだ。
「根本的な実力の違いをわからせてあげるよ」
肇は長剣を構え、強く、鋭く踏み出した。
上段に構え、間合いに入ったところで振り下ろす。
それは、全力の一撃だった。
もし相手が何もしなければ、体を縦に切裂いただろう攻撃だったが、しかし――、
「なっ!?」
レオンの大剣に、あっさり受け流された。
受け止める、ではない。
一切の手応えなく、するりとパリィされたのだ!
これが偶然であると思うほど、肇はバカではない。
すぐさま足を使い、間合いを取る。
「なんだ、もう終わりか?」
「……小手調べが済んだだけだよ。一撃で終わらず、ほっとしてるくらいさ」
「そうかい。じゃあ、オレからも小手調べをさせてもらう――ぜっ!」
「――ぅ!?」
レオンの踏み込みのあまりの速度に、肇は目を剥いた。
困惑したのはコンマ一秒。すぐさま剣を構えてガードの姿勢を取る。
――ギャリッ!!
「ぐッ!!」
目の前で飛び散る火花。
剣がちぎれるかと思うほどの衝撃。
踏ん張った足が、滑って後退する。
まるで、車に衝突されたような一撃だった。
こんな攻撃を、よもや父親以外から受けるとは想像もしていなかった。
「小手調べ終了だ。それじゃ、本番と行こうか」
「……あ、ああ」
そこから、レオンの苛烈な連続攻撃が始まった。
あまりの力に、剣を取り落としそうになる。
だが、そのような終わり方はプライドが許さなかった。
戦場では何の成果も出せず、父親からは落胆された。
その上、少し前まで自分よりも確実に弱かったレオンが、いまや自分を圧倒するまでに成長している。
おまけに今は、敵同士ときた。
敗北を素直に受け入れられるほど、肇には余裕がない。
何が何でも、それこそ命を賭してでも、負けるわけにはいかなかった。
手のひらの皮膚が破れ、グローブの中がどんどん湿っていく。
すでに手の感覚はない。気力だけで長剣を支えていた。
「どうして――」
肇はレオンの攻撃をギリギリ躱し、なんとか死線から離脱した。
「どうしてレオンは、短期間のうちにこれほど成長したんだ」
「そりゃ、アイツのおかげだよ。大将がいなかったら、オレは今も弱いままだった」
「そんな……。レオンはあいつに、無理矢理従わされているんじゃないのかい!? 西園寺さんと朝比奈さんもそうだ。無理矢理ダンジョンに連れて行かれて、使役されてるんじゃ――」
「ちょっと待て、誰がそんなこと言ったんだよ」
「誰って……クラス中で噂になってたから」
「だから、言ったのは誰だよ?」
「それは……くっ!」
思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われた。
キィーーン。
耳鳴りがボリュームを上げ、頭痛と共に徐々に遠くに消えていく。
痛みが消えた後、肇の思考は不思議とクリアになっていた。
「……誰が言ったかなんて関係ないよ。白河くんは悪で、僕が正義。これは、疑い用のない事実だよ」
「くそっ。完全に■■■■てやがる!」
「さあ、勝負を再開しよう」
とても気分がいい
先ほど感じていた苦痛がすっきり消えてしまっている。
今ならレオンとだって、互角に渡り合えそうだ。
長剣を構え、力一杯踏み込んだ。
先ほどよりも鋭い加速。
慣れない速度に、長剣が遅れる。
――チッ。
動きがぎこちない。
だが、いける。
これならレオンにも勝てる!
長剣を振り降ろす。
それをレオンは、正面で受け止めた。
――キィィィン!
腕に伝わる激しい衝撃。
ビリビリと、手が痺れる。
お互いの武器が、破損しないのが不思議なくらいだ。
「これを受けても、崩れないのか」
「ハジメ、お前……」
「ならコレはどうだい?」
「待て。それ以上やると――」
「待たないよ」
切り上げ、横薙ぎ、正中突き。
流れるように、攻撃を繰り出していく。
一撃ごとに散る火花。
もしこれがかすめれば、風圧だけで腕が落ちそうだ。
十度、二十度。
相手が根を上げるまで、攻撃を重ねていく。
これまでの肇ではありえない、強力な攻撃だ。
なのに、なぜ……。
「どうして墜ちない!?」
「いいから攻撃を止めろ!」




