第36話 副委員長、制圧
「そうだ。エマさん、あの紫の宝石は絶対に見ないでください」
「わ、わかった」
「副委員長さん。今すぐ自首してください! 自首すれば、たぶん、あまり刑は重くならない……と思います」
自信はない。
法律にそこまで詳しくないので断言出来なかった。
萌木の呼びかけに、しかし副委員長は拒否の姿勢を見せる。
「何を言っているのかわかりませんわ。わたくしは、一条様がお二人を救おうとしているから、交渉しにきているだけですのよ? それを犯罪とは、無礼ではなくて?」
彼女の顔には憤懣が浮かんでいる。
自分の犯罪を指摘されて開き直った、という雰囲気は一切感じない。
どちらかといえば、自分の正義を微塵も疑っていない、という顔だ。
「エマさん、もしかして……」
「ああ、おそらく、そうだな」
この副委員長も、操られている。
よくみれば確かに、彼女の瞳にも濁りが窺えた。
「一体誰に操られてるのだ?」
「一条さんでしょうか」
「一条がそのような真似をするとは思えぬが……」
「どうしますか?」
「自分の意思で動いたのなら、力任せに押し通るのだが、洗脳されてるとなると話は別だな」
「さすがに、怪我をさせるのは申し訳ないですね」
「わたくしがいる前で、こそこそとお話になるのは無礼ですわよ!」
副委員長が一歩前に踏み出した。
その時、手に乗せた宝玉が輝きを放つ。
マジックアイテムに魔力を込めることで、出力を上げたのだろう。
だが、これほどの力が、副委員長にあるとは考えにくい。
「あ、あれは?」
「魔道具が暴走して生命力を吸い出したのかもしれんな……」
「どど、どうしましょう!?」
「副委員長、今すぐやめるのだ! このままじゃ死ぬぞッ!」
「冗談はおよしになって。わたくしは死にませんわ。だって、こちらには一条様がいる。正義は我らにあるんですもの!」
「くッ……」
萌木とエマが目の前に手をかざす。
しかし、光の勢いが強すぎて、どうしても視界に入ってしまう。
このままでは二人とも、洗脳されてしまう。
「萌木、副委員長に浄化魔法は可能だろうか?」
「杖があれば、出来ると思いますけど……」
杖のような発動体は、魔法を増幅する役割がある。
同じ《身体清浄化》でも、素手と杖使用とでは、魔法の強度がまるで変わってくる。
たとえ手元に洗脳魔道具があろうと、杖さえあれば洗脳を解除出来る。
だが今は、その杖の入ったインベントリが取り上げられてしまっている。
「どうしましょう……」
「く……仕方ない。副委員長を力で止める」
まだ慣れない体で、格下の相手に力を振るおうものならどうなるか……。
下手をすれば命を奪ってしまうかもしれない。
だがこのままでは、こちらが自由を奪われる。
――白河颯に迷惑をかける。
ならば、答えは簡単だ。
彼に迷惑をかけるくらいなら、自分の手を汚そう。
二人が決意を固めた、その時だった。
――パリン!!
窓硝子が割れる音。
それとほぼ同時に、紫の光が消えた。
「あっ……」
紫の宝玉が粉々に砕け散った。
副委員長の見開いた目が、ぐるんと裏にまわる。
そして、背中から床に倒れ込んだ。
「生きてますよね?」
「お、おそらく」
何が起ったのかわからず、二人は副委員長に近づけない。
だが遠目で見ても、胸が上下しているのがわかった。
「……えっと、これはどうしたのだ?」
「マジックアイテムが、出力に耐えられずに壊れちゃったんでしょうか?」
『いいえ。ワタシのせいですね』
「なッ!?」
「ひっ!」
突如真後ろから聞こえた声に、萌木とエマが飛び上がる。
慌てて振り返ると、
「な、なんだエルドラか。脅かさないで欲しいな」
『失礼いたしました。お二人とも無事でなによりです』
「エルちゃんが助けてくれたんですか?」
『はい。あの魔道具は使用者の生命力を吸い取り大変危険でしたので、破壊いたしました。マスターからの許可は得ておりますので、怒られる心配はありません!』
怒られる心配はない。
その一点だけ、やけに感情がこもっている。
「ところで、どこから侵入したのだ?」
『窓から入らせていただきました』
「ほう? エルドラは鉄格子が切断出来るのだな」
『はい。ただ、すぐにお救い出来ず申し訳ありませんでした』
「いやいや、場所を割り出すのも大変だったのではないか?」
『いえ。お二人の居場所はすぐに見つかりました』
「へ?」
「えっ?」
『閉じ込められた時から、すぐにお救いすることも出来ましたが、しばし状況を把握させていただいておりました』
「な、なぜすぐに助けてくれなかったのだ……」
『マスターからは、徹底的にやれと言われておりましたので。すべての条件が整うのを待っておりました』
「条件? ……ああ、洗脳のことか」
『はい。普段は穏便にコトを収めようとするマスターが、〝徹底的にやれ〟と言うほどです。お二人を連れ去った相手に、よほど怒り心頭だったに違いありません。ですので、ワタシは一切手を抜かず、相手に痛打を与えるために行動いたしました』
「颯、そんなに怒ってたのか……」
「白河くん……」
ほっとすると同時に、胸が温かくなる。
自分が迷惑をかけたというのに、こうして守ってくれたことが嬉しい。
反面、恥ずかしくもある。
「今回も、颯の手を借りてしまったな」
「そうですね」
「ハンター界隈では、颯は注目の的だ。重箱の隅をつつくようなネタや、揚げ足取りの噂もたくさん流れるだろう。そんな時に、足を引っ張りたくはないな……」
「そうですね。エマさん、お互い頑張りましょう」
「そうだな。今回私は萌木にも助けられた。私こそ、頑張らねば!」
『……先ほどから思っていたのですが、お二人とも、名前で呼び合うようになられたんですね』
「あっ」
「それは……」
萌木がエマと目を合わせる。
緊急時だった、ということもあって、自然と名前で呼んでしまっていた。
「ご、ごめんなさい。勝手に西園寺さんのこと名前で呼んでしまって」
「いや、私こそ呼び捨てにして申し訳ない!」
「いえいえ。あの、出来れば……その、これからも名前で呼んでいただけると、嬉しいです」
「そ……そうか。ならば、私のことも名前で呼んでくれ」
萌木が伺うように見上げると、エマが気恥ずかしそうにはにかんだ。
『ふぅむ……』
そんな様子を、じっくり見つめるエルドラ。
平和な空気が漂い始めた、その時だった。
――ドッ!!
大きな音と共に、建物が大きく揺れた。
「――地震?」
『いえ、マスターの攻撃です』
「攻撃!?」
『はい。条件が整うのを待っていた、と申し上げましたが、既に条件が整い、現在制圧を行っております』
「こ、これほどの攻撃をするとは、とんでもないことをしでかすのだな……」
『おっと、こうしてはいられません! ワタシはマスターをサポートしに向かいますね』
「ちょ、ちょっと待ってほしい。私たちはどうすればいいのだ?」
部屋の扉にはまだ鍵がかかっている。
窓は……エルドラが格子を外したといっても、人が抜けられる隙間ではない。
『失礼いたしました。こちらをどうぞ』
体から伸びた細い管を手のように扱い、体の中からデバイスを二つ取りだした。
「あっ、私の携帯!」
「ずいぶんと用意がいいのだな。どうやって手に入れたんだ?」
『姿を見せずに侵入するのは得意ですので。こっそり回収させていただきました』
「な、なるほど」
デバイスがあれば、インベントリから武器が取り出せる。
武器さえ手にすれば、この部屋ともおさらばだ。
『それでは、ワタシはこれで!』
「あ、あのっ! 制圧対象って、まさか一条君ですか?」
『いえ。制圧対象者は――』
そのまさかの言葉に、二人は息を呑むのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
副委員長「えっ、わたくしの出番ここで終わりですの!? まだ名前を名乗っておりませんのにッ!!」




